現場に突入しまーす
マッシュルームベア討伐。
一体だけならともかく複数体が確認され、それらを全て倒すとなると一体どれだけの労力が必要になるのだろう……? と思えるもの。
本来ならば死人が出てもおかしくはないほどのもので、だからこそ出発前は全員気を引き締めていた。
一歩間違えば呆気なく簡単に死んでしまうのがわかっているのだから、そりゃそうだ。
それはそれとして、暇です。
いや、回復要員として参加してほしいって言われたし、それを了承したよ?
何かもっとこう……激戦を想像していたし、ひっきりなしに怪我人が運び込まれたりしてくるんじゃないか、とも思っていた。
いたんだけど……事前にちょっと改良した治癒魔法のせいでその予想は簡単に裏切られたよね。
裏切ったのが自分で裏切られたのも自分という、マッチポンプにすらなってないような状況だけど。
いや、確かに私無詠唱で治癒魔法発動できるけど。できますけど。
でもあくまでそれって見える範囲に限定されるのよ。まぁそうだろって話だけど。
見える範囲で怪我人がいたらそりゃサクッと発動できるけど、見えないとなればそれは難しくなる。そりゃそうだ。だって見えないんだもの。そこに怪我人がいるかどうかもわからないのに発動なんてできますかって話よ。
見えないのに発動出来たらそれこそ世界中の人間の怪我を治せてしまうな……しかも治された相手は誰が治してくれたのかもわからないままに。
それはそれで面白いかもしれないけど、怪我をしても勝手に治ると思われて無駄に怪我をするような事になられてもな……と思うので仮にできたとしても実行はしない。
治る前提で危ない事に突っ込んでいかれてもさ、たまたまその時私が寝てて対処できませんでした、とかなったらその謎の奇跡ありきで行動してた人とか多分一杯死ぬからね。
原因の一端を担う結果になったのが私、とバレる事はないだろうけど、わけのわからん恨みを買うのは得策じゃない。
けど、毎回怪我をしました、でここまで引き返せる人ばかりであればいいけどそうじゃなかったら戻る手前で他の魔物にやられる可能性は出るわけで。
だからこそ私は考えたわけですよ。
広範囲に治癒魔法を届かせるにはどうするべきか……と。
勿論怪我をしないのが一番なんだけど、だったら皆に結界を、って方がもしかしたら確実かもしれないけど、相手の攻撃を防ぎつつこっちの攻撃を通す結界となると、作るのが難しかったりする。
それなら結界纏わせたままの結界アタックとかいって突進してもらった方が……とは思うけど、クマ相手に人間の突進がどんだけ効果あるかって話よ。下手したら子熊の方が威力ある。それなら普通に最初から武器もって襲い掛かった方が攻撃力は高いのよね。
首とか心臓とか付近だけ結界で覆うとか部分部分での防御力を上げるくらいは可能だろうけど、それだって今回討伐戦に参加してるギルダーの皆さん全員にできるかって言われると……ちょっと無理かなぁ……数が多すぎるんだもの。
これが薬草採取に行く時みたいにマトハルさん一人だけ、とかならやろうと思えばできると思う。
思うけど、まだ試した事がないので流石にいきなり実践しろ、はちょっとな……と思うわけで。
やるにしてもこんな大掛かりな討伐戦の前に弱めの魔物相手にマトハルさんにちょっとお試しで……とか話を通して実験してからとかならまだしも、本番一発勝負はないわ……
もう方法がこれしかないんだ、みたいな切羽詰まった状況ならともかく、そこまでではないところにそんなギャンブルまがいの手段はさぁ……一発逆転がかかっている、くらいのピンチならともかくそうでもないうちにそんなんやらかす奴ぁいない。
仮にやるとしても、魔物が弱くてとりあえず失敗してもこっちも特に深手を負う事はない、くらいの安全な実験くらいのノリじゃないと気軽に実験に参加してくれる人とかいないんじゃないかな。いきなりこれじゃあハードルというか難易度が高すぎる。
とりあえず結界の新たな可能性についてはまた別の時に模索するとして。
今回私が改良した治癒魔法陣は、一定の範囲内でマーカーをつけた相手が怪我をした場合自動的に回復してくれるという代物だ。
とりあえず私が治癒魔法を発動できる範囲内――だととても限られた範囲になってしまうわけだ。それこそ今自分がいる拠点となってるテントのある場所が精々。
でもそうなると怪我人が運び込まれるのを待つだけになってしまう。流石にそれは効率が悪いと言えるし、何より皆が皆怪我をしたからってきちんとここまでやって来れると思うのも微妙なところ。
よくあるパターンだよね、あとちょっとで……! みたいな希望がチラついたところでバッサリ、なんていう絶望オチ。
マーカーと魔法陣とを紐付けて、私の視界の範囲内じゃなくてもどうにかできるようにしたわけだ。例えば私がこのマーカーを打ち込んだ相手が、マーカー解除しないまま世界の裏側まで行くような事になれば流石に範囲が広すぎて治癒魔法陣もそこまでは移動できないけれど、ある程度マーカーを打ち込んだ人の一定の範囲内に近づくようにする動きとかはどうにかなったんだよね。
なのでとりあえずこの森の範囲内であれば魔法陣は移動できるはず。
あまり奥深くに行かれるとちょっと自信ないけど……
ただ、森の奥で怪我をしたとしても、私のいる場所まで引き返すのと魔法陣が飛んでるところまで引き返すのとでは、確実に後者の方が早い。森の奥手前くらいまでなら多分魔法陣も移動できてるはずなので。
一応この治癒魔法に関しては、以前コフ退治の時にもぼや~っとではあるけど構想を練ってはいたんだよね。
あの時だってギルドまで引き返さなきゃいけないギルダーが一体何名いた事か……
いくら若くて体力有り余って元気のある若人といえど、ギルドからコフの巣があったとかいう所までの往復は流石に何度もやるとキツイと思ったんだよね。
だからってあの時点で私がコフの巣の近くまで行く事はなかったし、するつもりもなかったけれど。
けど今回みたいにどうしても参加しないといけない時はいずれやってくるんじゃないだろうか……とも思っていたわけで。そうなった時、自分が回復できると相手に知られるのは必然的に私が狙われやすくなるのでどうにか誤魔化す方法を、とか、色々考えた結果がこれです。
治癒魔法をちょっと改良したとはいえ、これも無詠唱で発動できるからある程度治癒魔法が発動して力を使い切った魔法陣が消えても次の魔法陣を増やす事も可能。
あまり最初から大量に作りすぎると制御できない気しかしないからね……
改良したとはいえ、だからって一度に大量に魔法陣発生させていくつまでなら制御可能なのか、とかそういうのまでは実験してないんだ。
ある程度魔力消費の具合から察していくしかないかな、というほぼ感覚だけでやってる。
このマーカー、相手に打ち込むのに使う魔力はそこまで多くない、というか下手したらぶん殴るために出す結界よりも少なく済むとはいえ、あまりにも大量に打ち込むと塵も積もればで魔力消費もそれなりになってしまうけど、今回はどうにかなった。
ギルダー総出だけど、これくらいならどうにかなる、というのは自分で理解できた。
まぁ、ここに更に自警団かアニーティカギルドの人もいたら、となるとどうだったかな、とは思うけど。
マーカー打ち込むだけなら別にいいんだけど、マーカーだけあってもね……それに対応する術となる治癒魔法陣が出せなくなったら意味がない。
とりあえずコレ、魔物相手にも応用できればルーウェンさんとかの攻撃魔法が使える人たちの攻撃の幅も広がるんじゃないかなぁ、とは思うけど、そこら辺は今回の件が解決してからだろうな。多分今回の件が終わったらルーウェンさんかディットさんは間違いなく突っ込んでくる。
とか考えたりしてはいたものの、ここまで戻ってくるギルダーが誰一人としていないので私は暇を持て余しているというわけだ。
一応私の護衛として残ってるギルダーもいるんだけど、間違いなく彼ら何もしないまま今回の件が終わるのではないだろうか、って気がしてきた。
「とりあえず……ボクたちももうちょっと奥に移動しますか? どうせやる事ないし。治癒魔法については魔法陣増やせばいけると思うんですよね。あとボクだけなら結界で身を守れるし」
一応周囲を警戒しているとはいえ、全くといっていい程魔物が出てくる様子はない。折角討伐戦に参加してるのに魔物一体も退治する事なく終わりました、じゃ彼らもギルダーとして不完全燃焼になってしまうんじゃないだろうか。
いや、人によっては楽できて良かった、とか思うのかもしれないけど、彼らはどっちかっていうと暇してます、という雰囲気がある。そりゃあ露骨に暇だなって感じは出したりはしてないけど。
そして私も暇をしている。
ある程度力を使い果たした魔法陣が消える感覚はあるので、そこそこ怪我をしてる人はいるみたいだけど、実際どうなってるのかはわからない。とりあえず魔法陣がいくつか役目を終えて消えたのを感覚で察知したら、新しく治癒魔法陣を追加してはいるけれどそれだって無詠唱でぽんっと出してるので、傍から見たら私たち、間違いなくこの場にいながらにして何にもしてないようにしか見えないと思う。
むしろこんな状況なのに空気も読まずノコノコここに足を運んじゃって、事が済むまで大人しくしてろ、とか言われて足止め食らってるんですよね、とか言ったとしても信じられてしまうと思う。
護衛としてこの場にいるギルダーさんはともかく、私どう見ても武装してないからね。
下手したらウルガモットかアニーティカどっちかに移動しようとした途中で足止め食らってます、みたいに見えるんじゃないだろうか。
この討伐に参加してるはずなのに圧倒的な部外者感……ッ!!
もーちょっとなんかこう、マッシュルームベアじゃなくても別の魔物がやってくる、とかであればそうもならなかったと思うんだけど、まーうちのギルドの人たち皆強いからね。余程の事がない限りは大丈夫、って感じするもんね。
そんな私の言葉に、同じく現場待機状態のギルダーさんもそうだなぁ……とやや思案気な顔をしてみせた。
とはいえそれだって初っ端からそうだな行こうぜ! と乗り気だとどうかなー、といった程度で、あくまでもポーズだというのがまるわかりである。
最終的にオッケー出すけどその前にちょっとだけどうしよっかなぁ……みたいな思わせぶりな態度をしていると言っちゃうと、一体何の駆け引きしてるんだ、って突っ込まれそうだけど。
ただ、もしそのまま勢いのまま突き進んで後からカイルさんとかルーウェンさんあたりにお説教を食らうかもしれない事になったとして、私もこの場にいるギルダーさんも、一応どうしようか悩んだんだけどさぁ、あまりにも状況がわからなくて調べるために行くしかなかったんだよ……みたいな言い訳ができるように、という割とどうしようもない事前準備だ。
決して後先考えずに突っ込んできたわけじゃありませんよのポーズ。
そしてギルダーさんたちもこうやって魔物が来るかどうかもわからない場所で待機してるよりは、自分たちも参加してさっさと退治しきった方がいいんじゃないか、と思ったのだろう。ロクに動くつもりのないタイプならここで何だかんだ私を引き留めただろうけれど、彼らはどっちかというと自分たちも参戦したいタイプだったので満場一致で森の奥、カイルさんたちがいるだろうあたりまで移動する事にした。
正直あまりにも状況に動きがなさすぎるのが悪いと思う。
うーん、何か上手い事魔法で少し離れた場所の状況とか知る事ができればいいんだけど……何をどうしたらそんな魔法になるのかってのがわからないからなぁ。
水とか風とか光あたりの魔法を上手く組み合わせたらいける気はするけど、私の魔法じゃどっちにしろ無理か……
なんて思いながらもいそいそと森の奥へ移動してみれば……
「ほーっほっほっほ、さぁ! 捕まえて御覧なさい! あっははははは」
「きゃーっ! ちょっ、ちょっと何なのよぉさっきから! 何でこっちにくるかなぁ!?」
ぐるるごああああああ!!
「くそっ……どっちに逃げても的確についてきやがる……! なんなんだ、なんなんだよお前ぇっ!!」
…………なんか、見なかったことにした方がいいような光景が見えたんだけど。
え、何これ。どういう事……?
という私の疑問は、多分この場にいる他の人たちもそう思ったんじゃないかな。
なんていうか、どう動くのが正解か、というのがわからなさすぎて困惑してる人の方が多いくらいだった。
とりあえず、真っ黒な毛並みのマッシュルームベアがいるんですが、黒化とかいう最悪にヤバいのがいるというのに緊迫感がどっか行ってるのは確かである。




