順調に困惑
いやおかしいだろ。
思った言葉は思うだけにとどまらず口からも出てしまっていたが、それでもやっぱりルーウェンはその考えを撤回しなかった。
いやおかしい。
ディットは目を輝かせて宙に浮く魔法陣を見ている。
正直こんな状況じゃなければ自分も少しばかりは感心でもして見ていただろうとは思う。
思うのだが……
そういや前にメルドーラで何か言ってたな、とふと思い出したが、その話題を改めてするような事がなかったままだった、と今更ながらに思い直す。
周囲を見れば他の連中も治癒魔法ってなんだっけ? みたいなツラを晒している。奇遇だな俺もきっと同じような表情をしているんだろう。
とりあえず拠点としてエルテが控えている場所にも一応数名のギルダーが配置されていて、本来ならば怪我をしたやつはそこまで引き返す必要があった。
とはいえ、それだって状況次第では戻る事ができずに命を落とす可能性はある。
更に場合によっては引き返す途中で魔物に追われ、拠点に魔物を引きつれてしまう可能性もある。
だからこそ回復要員として連れてきたエルテの守りは固める必要があった。
あった……のだが。
本来予定していたエルテに割く護衛の数は実際かなり減った。
というか本人が、自分は結界の中にいるのでお構いなく、なんて言ってのけたからだ。
確かにあいつの結界は生半可な攻撃なんて通用しないだろうけれども。
むしろ一番安全なんじゃないか? という気がする。
そして拠点に戻らずとも周囲を漂う魔法陣が本当に怪我をしたと思った矢先に飛んでくるのだ。
魔法陣が勝手に治癒魔法をかけます、なんて言っていたからてっきり魔法陣から治癒魔法が発動するのかと思いきや、文字通りすっ飛んできて魔法陣が体当たりしてくる。
そして体当たりされたと思ったら怪我が治っている。
いやおかしいだろ。
何度目かもわからないくらいおかしいだろ、とルーウェンは思っていた。
いやおかしいだろってセリフをきっとここで一生分使っているような気さえしてきた。
多少知恵の回る魔物があの魔法陣にあたると怪我が治る、と理解したらしく魔法陣に突撃をかけていたが、魔物が魔法陣を通り抜けても特に治癒魔法は発動しなかった。
マーカーを打ち込んだ、と言っていた。
確かにエルテはギルドから出発した時点で一人一人背中あたりに手をぽんとやっていたけれど、あれにまさかそんな意味があったとは誰も思いやしなかっただろう。
これがバシッと勢いよく叩き込むくらいの威力があればまだしも、それこそ犬や猫が前足をぽふっと乗せる程度でしかない。
ギルドの連中はほとんどがエルテの治癒魔法に一度は世話になっているので、今更そんな行動をとっても何だお前、とはならない。
むしろ何か用でもあるのかと思って「どうした?」なんて問いかけるやつの方が多かったくらいだ。
聞かれてもエルテはなんでもないとばかりに首を振ってすぐさま他の奴の背中を叩いて回っていたが。
他の連中にも同じようにしていくのを見て、大半の連中は何となく察した。
こういった大掛かりな仕事の時は、人によっては何らかの願掛けをする事もある。
だからこそエルテのそれもきっとそういうやつなんだろう、と大半の連中は勝手にそう納得したのだ。
まさか願掛けですらなかったとか誰が思うよ。
あの時点でそのマーカーとやらを打ち込んで、あの魔法陣が命中すると同時に治癒魔法が発動するようにしてあった、とかあの時点で理解できる奴、エルテ以外には誰もいなかった。
そのマーカーとやらは打ち込みっぱなしというわけにはいかないんだろう。
結界だって大きさを変える事ができるとはいえ、小さな結界を何日も維持しっぱなしというわけにもいかない。結界と比べてそのマーカーとやらがどれくらい魔力消費するのかわからないが、恐らくは今回の討伐が終了した時点で解除されると思う。
正直突拍子も何もあったもんじゃない、と思っているがその突拍子もない治癒魔法に助けられているのも事実だった。
森に入ってすぐにマッシュルームベアと遭遇し、交戦状態に陥った挙句早速一人、胞子を吸い込んでしまったのだが、とりあえず一発強めにぶん殴って事なきを得た。
多少の刺激じゃ完全に意識を取り戻すには至らないが、それでも何が何だかわかっていない状況よりはマシだ。そしてぶん殴られた相手は早々に魔法陣が怪我を治すので死んではいない。
荒療治としか言いようがないが、それでもうっかり胞子を吸い込んだ相手の対処ができるというのも大きい。
本来なら、こんな風に殴り飛ばしてしまえばその時点で気絶されるかそのまま痛みと共に地面に転がっているうちに魔物の攻撃を食らう、なんて事もあるのだ。
だが殴り飛ばした衝撃で意識が若干戻りかけてるところに更に治癒魔法で怪我は治る。
おかげで痛みにのたうち回って何が何だかわからないうちに魔物の方へ転がってしまった、なんていう自滅もなければ周囲に意識を向ける余裕がないうちに魔物の攻撃範囲に入っていた、なんてのも今の所はない。
まだちょっと意識がぽやっとした状態であっても、それでもすぐに復帰ができるというのもあって万一吸い込んでもとりあえず魔法陣がある以上殴れば問題なし、という認識が広まりつつあった。
大量に吸い込んだ場合は諦めて鼻から水を魔法で出して流し込んで強制的に洗浄する、という事も可能だしな。普通に殴られる方がまだマシだが、それでもどうにもならない場合のみやっている。
これもすぐに治癒魔法が発動するからできる事だ。そうじゃなかったらやっぱり悶絶してしばしの間使い物にならないだろう。
今回の討伐戦はギルダー総出という事もあって、マッシュルームベアと戦うのを担当とした者と倒した後すぐさまその死体に火をつける者とで分かれていた。
倒したものをそのまま放置しておくと他の魔物が寄ってくるのは常識だ。
倒した直後にその場を立ち去る者が多いのは、そもそもマッシュルームベアと遭遇する事を念頭においてない場合が大半だ。まぁそうだろう、いる、とわかっている今回のような状況ならともかく、そうじゃない場所でばったり遭遇して完璧な対処ができるかとなれば……それは無理がある。
倒してその死骸を処分しようにも、マッシュルームベアの身体は大きい。
それを一人か二人くらいしかいない状態で即座にどうにかできる者、というのは案外少ないし、それより人数が多いからといって必ずしもどうにかできるわけでもない。
死体を解体して持ち運んでどこかで処理するにしても、それを持っている間は魔物がおびき寄せられるし場合によっては街の中にまで魔物を呼び寄せる可能性もある。
埋めたところで掘り起こされるだろうし、燃やすのが一番とはいえ場所によっては火事になる。
だからこそ、大抵の場合は他の魔物に食べさせてあとは時間経過でその強化がおさまるのを待つしかない。
だが今回のような場合であれば、倒した端からその死体を燃やしていく事もできる。
というかそうしないと他の魔物が延々寄ってくるし、そいつらまでも倒すとなるとキリがない。
この辺り一帯にいるだろう魔物全てを討伐せよ、というような事態になったらいくらなんでもこっちももたない。大体どれくらいの魔物がいるか、なんてところまでは把握すらしていないのだから。
そうしてマッシュルームベアを発見次第倒していって、どれくらい経過しただろうか。
「ルーウェン、そろそろ限界だ。風魔法頼む!」
「わかった」
風魔法で胞子がこちら側に飛んでこないようにしていたギルダーの一人に声をかけられる。
風魔法を使える者が一斉に使っていたら長期戦になった時点で後半に魔力切れなんて事にもなる。そのために順番に魔法を使っていく事にしたわけだ。威力は下がるし結果として時々胞子を吸い込む者も出てしまうが、それでも対処可能な状態だ。
あの面妖な魔法陣がなければこの方法も厳しかっただろう。
胞子を吸い込んでも軽度なら殴り飛ばせばどうにかなるとはいえ、毎回エルテのいる拠点とした場所まで引き返させていたら前線がすぐに手薄になっていただろうから。
止みかけていた風を引き継ぐように魔法を発動させて少し強めに吹かせる。
マッシュルームベアは賢い。明らかに詠唱をしている相手がいたらそちらを真っ先に狙う事もある。逃げようとしている者を追う習性があるといえどもだ。だからこそ魔法を発動させるためには通常詠唱などはできない。無音詠唱だ。無詠唱ができれば一番いいのだが……そこまでできる者はそもそもそこまでの数がいない。
大抵は無音詠唱だ。
そうして風魔法を引き継いで、周囲の状況を確認する。
討伐は順調。
多少の怪我をしている者も出てはいるが、そういうのは大体即座に魔法陣が飛んできて治していく。
……いや、改めて冷静に見るとホントなんでだ、って思うんだけどな。
何あの魔法陣。
自分も既に一度お世話になっているが、やっぱりちょっとどころではなく意味がわからない。
マッシュルームベアよりも気になるってどういう事なんだろうな……
あと、ディットが相変わらず目を輝かせて魔法陣を見ているのもどうかと思う。
そっちに気を取られ過ぎてマッシュルームベアそっちのけで飛んでる魔法陣追いかけたりしないだろうか。いや流石にしないとは思うんだけど、正直気が気じゃない。
幼い頃は飛んでる虫や鳥を無邪気に追いかけたりしていた事もあったとはいえ、流石にこの年になってまで……とは思うが、いかんせん飛んでるのが鳥や虫ではなく魔法陣なので好奇心炸裂させて追いかける可能性がゼロじゃないと言えないのがなんともかんとも……
などと思っていると、森の奥の方がやや騒がしくなっている事に気付いた。
甲高い声。何やらきゃあきゃあとうるさい。
最近この辺りではマッシュルームベアの目撃情報が多発していたから、旅人がうっかり足を踏み入れました、という事はないはずだ。
こっちにも女性ギルダーがいないわけじゃないが、あんなふうにきゃあきゃあうるさくするようなのはいない。
となると……アニーティカギルドの奴、か……?




