そして舞台は物語へ
知り合いの命名方法は案外適当で、勿論時に意味を含ませる事もあったけど大体は適当にそこら辺にある物の名前をちょっともじって、とかが多かった。
多分、ベルガモットとかのハーブからこの街の名前とった感じかな? 知らんけど。
私はおばあさんの残した手紙を手に、このウルガモットへとやってきた。
……っていうか、あれ、この隣町が元は私が住んでたところか……ちょっとあの家結局どうなったか調べる事って可能だろうか?
もう五年経過してるから、家とか残ってない可能性大だろうけれど、親戚が誰だったのか、くらいは知る事もできるんじゃないだろうか。
……いや、まぁ仮に知っても……って話なんですけれども。
おばあさんの知り合いは、同じく薬師のおばあさんだった。
どうも、同じ師を持つ人だったみたいで。
彼女の名はリタ。おばあさんとは良き友であり時にライバルであったのだとか。
こちらもおばあさんと同じくにこにこしていて、人が良さそうな雰囲気だった。
とりあえず話し合いの結果、私はリタさんの所で弟子として過ごす事となった。
とはいえ、教わる事はあまりない。既におばあさんから大半の事は教わっていたし、リタさんも実際色々と私に薬を作らせてそれを見た結果教える事はないようねと言っていたからだ。
この街には他にも薬屋が存在しているので、リタさんが店を閉めたとしても困るものではないけれど、リタさんの薬作りの腕はかなりいいらしく、一定の固定客が店を閉めるのはもう少し待ってくれとか色々引き留めているのだとか。
なので今はある程度薬を作ってそちらに卸して、という感じで営業しているのだとか。
この店に直接薬を買いに来る人というのはほぼいないらしい。
今はリタさん直々に届けに行くか、それが無理そうな時は向こうから取りに来るようにしているのだとか。
なので私がするべき事は、薬草の採取とか薬を作るのを手伝ったりする事だけで、店番などはしなくてもいいらしい。
というか、お店に入ったらカウンターの所でリタさんが調合してるの見える感じだから店番とかいらないってのはわかる。
お店以外だとまぁ、家事とかするけれども。それはおばあさんの家にいた時と変わらない。
ところでその生活、一年程度で終わったんですよね。
いやあの、リタさんもほら、おばあさんだからさ。寿命には勝てなかったって意味で……
たった一年で私のこの暮らし終了か! これからどうしよう! と思う流れになるはずだったんだけれども。
リタさんがこの家を私に譲ってくれるらしく、住む場所はどうにかなった。
リタさんの死は既にご近所さんに知れ渡っていたし、そこで手伝いをしていた私の事もそれなりに知られている。けれどもお店を継続するかどうかは……ってところだったので、とりあえずしばらくは心の整理のための時間が欲しいと言ってお店は看板を下げた。
十六歳って多分人生それなりに楽しんでる年頃だと思うんだけどさ……いや、JKにはJKなりの苦労もあるのはわかるけど、でも未成年で親から世話されたりして責任とかも特に圧し掛かってこない頃だからさ、社会に出る直前じゃん? 休みの日に家事しなくても一日ゴロゴロしてたり遊びに行ったりできる年齢じゃん?
いやまぁ、私そんな気楽な生活した覚えないけど転生してから。
毎日家事はしないとだったしな。いやそれは別に苦じゃなかったけども。
というか私の転生してからの人生が若干波乱万丈してるからな……知り合いのフリゲの中でエルティリアとかいう名前のキャラはいなかったはずだから、モブだと思うけどモブの割に生い立ちがモブじゃなくないか!?
主人公の仲間になるとか仲間じゃないけどそっち側の協力者系ポジションとかにもエルティリアなんてのはいなかった。
だからこそ私はゲームのストーリーとは関係してないはず。
いや、私がプレイしてたのまだ未完成みたいなものだったし、あの後変更されまくってたら知らんけど。でもある程度キャラが固まってるところに新キャラ入れてそっちに力入れるとまーたあれこれ手直しする部分増えたりするわけだし、流石にそこまではしないはず。
前に彼女が作ったゲームはほのぼの乙女ゲームかと思いきや最終的に疑心暗鬼に満ち溢れたデスゲームになってたけど、新キャラの追加とかはほぼなかったし。
……いや、攻略対象だった男と殺し合うってどうなのとは思ったけど。え、これ新作? 前作の続き? え? 続編じゃない? そう。って虚無を宿した目で言うしかなかったあの頃よ……
知り合いの作るゲームって最初は大体ほのぼのしてるんだけど、手直ししたりあれこれ追加していくうちに大体不穏な話になりがちだからな……学校で魔法習って卒業目指してた主人公ちゃんがかつての仲間と対立して殺し合うような話になってても何もおかしくないって言えるのが恐ろしいところよ……
変更前のストーリーの流れによる世界線であれ。そう願うしか私にはできない。
あともし主人公と敵対する側に自分がいませんように、とも願っておこう。
なんていうか前世でもこんな人生ハードモードじゃなかったよ? ってくらいにはもうそこそこ重たいイベント消化したんでこの先は特に何事もなく過ごしていきたい。
平穏に暮らすために必要なものってなんだろう?
少なくとも当面はリタさんが残してくれた遺産があるからどうとでもなる。
というかリタさんにも子供がいなかったので、弟子の私に遺産まるっと寄越すなんて真似ができたわけで。
とりあえず家に引きこもってたとして、半年から一年くらいは生活するだけならどうにかなる……かもしれない。切り詰めればの話になるが。
けど、それだけだ。その先はどうにもならない。
となると、働かなければ。金が欲しければ働く。これ人生の道理。他人から奪うという選択肢もあるけど、犯罪者ルートは色々と問題しかないのでそれは却下だ。
大体この世界の司法どうなってるのかわかんないけど、場合によってはその場で処刑もあり得る。
というか盗賊とか騎士団がたまにアジトを発見したので討伐に赴くとかいうニュース耳に挟んだ事もあるし、そうなるとその場で交戦が予想されるわけで。
死人が出るのは簡単に想像できる。
死ななかったとしても犯罪者の烙印は押されるようだし、その後は使い捨ての労働力として服役、なんて話も聞いた。わかりやすいのはガスが発生するような鉱山での仕事だろうか。
本来はそういった場所は封鎖されるのだが、捨て駒扱いの労働力であれば普段人が入らない分まだ資源はあるだろうとの事で送られる事もあるらしい。
そういう話聞いたら流石に犯罪者ルートは選ぼうとならないわけで。ハイリスクハイリターンなんてものじゃない。ハイリスクローリターン。
あと仮に犯罪者になるにしても、私腕っぷし強いわけじゃないから盗賊とか他の人から金品だの命だの強奪するの無理だわ。
と、なるとやっぱり無難に薬屋さん引き継ぐべきかな……一応、おばあさんとかリタさんからも腕前についてはお墨付き貰ってるから大丈夫だとは思う。
リタさんが死ぬ前に作ってた薬だって一部は私も作ってたからね。ただ、納品先は知らないんだよね。お得意様とかの顧客情報はさっぱり。
残しておいてほしかった、と思わなくもないけれど、万一面倒なタイプの客だった場合無駄にしがらみが残るからな……しかもリタさんと比較されて二代目は駄目だなぁとか言われたり何か無茶な依頼とか足下見られる感じになると私の堪忍袋の緒が切れるかもしれない。
生憎私人生二度目だけどそこまで精神年齢高い方じゃないから……年の割には落ち着いてるって言われるかもだけど、あと数年もしたら年相応とか言われるはずだから……
贅沢しなけりゃどうにかなる、細々と薬売ってく事にでもしようかな。
他の仕事探すにしても、薬作り以外のスキルはからっきしだからな……ある程度それなりにできる職にしておかないと、心機一転新しい事始めるぞぅ! とかいう気持ちでやるのも有りとはいえ、思ってた以上に自分に向いてない仕事になるとそれはもう毎日叱責の嵐になりかねないからな……そうなると早々に精神を病む。
自分に何ができて何ができないのかっていうのもわからないなら色々チャレンジするのも有りだろうけど、今の自分のスペック考えるとできる事って薬屋くらいなんだよね。考えるまでもなく。
もっとこう、バンバン魔法が使える感じだったらギルドに所属して魔物退治で稼ぐとかも有りだとは思うんだけど……私に使える魔法は結界とか回復魔法とかだからな……攻撃力というものが圧倒的に足りない。
強い人と組む事ができればいいけど、そういう人と長続きできるかどうかがカギかな……
そんな感じでぐだぐだとあれこれ考えて悩んだものの、最終的に近々薬屋を再開する事にした。
細々とでも生活できればそれで良し、駄目ならその時はその時で何か他の手段を考えよう。そんな、かなり大雑把な感じで自分の進路を軽率に決めたわけだ。
なぁに、どうにもならなくなったら死ぬだけよ。