幸せな時間が長続きしない
故郷を焼き払われたりしたわけじゃないけど両親は殺されるし、新しく親戚の家で暮らす事になったはずが肝心の親戚の名前はわからないし馬車でお迎えが来たものの目的地もわからないし、そしてそんな中で盗賊に襲われて馬車は崖道から落下して馬も御者も死ぬし、行く当てなくなった十歳の少女の今後の身の振り方をこたえよ、ってなったらもうさ、野垂れ死にするか犯罪者になるかの二択みたいなものじゃん?
いや、一応自分の名前から知り合い探す事も可能だとは思うんだけど、それってまず自分が住んでた町からならともかく、他の土地だとそこまで知られた名でもないから無謀よね。
一応家名持ちだから、もしかしたらどっかのお偉いさんが知ってる可能性はあるかもだけど、望みは薄い。
さて、そんな中、どうにか私は住む場所を確保しました。
あの後、暗い中をどうにか進んでいくと何と! 人が倒れているのを発見した。
てっきり御者の人の所に戻ってきたかと思ったけど、倒れていたのはおばあさんだった。
えっ、死んで……!? と思わず最悪の想像しちゃったけど、生きてた。
何でもこの辺り、薬草採れるらしくてちょっと遠出して採取しに来たのはいいけど転んだ拍子に転倒してそのまま気を失っていたのだとか。
……その間に魔物に襲われたりしなかっただけでも運が良いのでは? と思いつつも、私は回復魔法も使えるので治したよね。だって情報が欲しい。
ここがどこで、どう行けば人のいる場所に出るのか、とかさっぱりだもの。
そういう思惑もあっておばあさん治して色々と聞いてたら、むしろこんな遅い時間に子供一人でどうしたのか、って聞かれたので大雑把に今まであった事を話したら何かものっそい同情された。
仮に私がおばあさんだったとして、実際そんなお子様いたら確かに「可哀そうに」ってなるわ。
むしろそんなちっさいうちから人生ハードモード過ぎでは? ってなるわ。
というか自分でもそう思うし。
遠出したから戻るのに少しばかり時間はかかるけど、行くアテがないなら家においでと言われたので遠慮も何もなく付いていく事にした。野宿は無理なの確定してたし、最悪このまま朝になるまで彷徨い続けるかとも思ってたし、徹夜の可能性もあったからそりゃ屋根のある場所で休めるなら付いていきますとも!
ところでとても今更ではあるが、私の名前はエルティリア・ベルトリッドと言う。
家名持ちなので誰かしらベルトリッド家の事知ってる人はいるだろうとは思うけど、そこから私を引き取ろうとしてくれた親戚の人とか探すにしても手掛かりなさすぎるし、そもそも本当にその親戚の人を頼って大丈夫なのかもわからない。
いや、引き取ってくれるとはいえ、こっちの財産だけとってあとはポイとかいう話あるじゃん。前世でそれなりに見たよその手の話。
世界的有名童話でだってあったじゃない。お父さんの再婚相手の義理の母と義理の姉にいびられるお話。仮に引き取ってくれるからってお家に行ったらそこの他の家族にはいい顔されなくて、なんて展開だって無いとは言い切れないからなー。ポジティブに物事考えたとしても、実際そんな感じだったら気分的に上がってた分落とされるわけだから余計キツイだろうし。
ベルトリッド家がどういう家だったかもよくわからないし、おばあさんには名前だけ名乗ろうとしたんだけど念の為ちょっと省略してエルテと名乗る事にした。どっか別の場所で更に偽名を使う可能性が出たら後ろの三文字使ってイリアって名乗ろうかなとか思い始めている。まぁそんな機会ないに越した事はないが。
ちょっと時間はかかったけれど、途中盗賊だとか魔物に遭遇する事もなくどうにかおばあさんの家がある村へと辿り着いて、今日はもう遅いからって事で簡単な食事を出された後は用意された部屋で寝た。
もうぐっすりだった。思った以上に気を張り詰めてたし、疲れてたんだなぁ。
で、次の日に起きておばあさんと色々話してたら、何か知らんうちにこの家の子になってた。
いや、行くアテないから助かるけれども。
でもいいんだろうか? と思って聞けば、おばあさんはおじいさんと一緒に住んでたけどおじいさんに先月先立たれてしまったらしい。子供は元からいなくて、だからこそ、私のことは余計に放っておけなかったんだとか。
子供がいて、その子が育って孫でも産んでたらきっと貴方くらいの年になってたかもしれないわねぇ、なんて言われるとさぁ……何て答えればいいんだろうねこういうの。
おばあさんは薬師らしく、この村で細々とお薬を調合して作って売っているらしい。
物珍しくておばあさんの調合しているのを見ていた。知り合いの作ったゲームっぽい世界観、と考えるともっとこう……錬金釜でぐつぐつ煮込んだりするとか、もっと何かこう、魔法のパワーが関わってる可能性もあるかなと思ったけどおばあさんの作業を見ている限りは普通だ。
薬草を干していたやつをすり潰したり、乾燥してないやつをそのまま刻んだり。
それで煮詰めたりだとか、絞ったりだとかした汁を他の薬草と合わせたりだとか。
粉末状になるまで細かく細かくすり潰したりしているのとか、完全手作業。
見てる分には簡単そうに思えるけど、これ結構根気のいる作業だろうなぁ。
大変そうだね、なんて言えば、慣れてしまえばそうでもないわと返される。
お薬作って何年になるの? って聞けば、もう随分と昔からだからねぇ、なんて返ってきた。若い頃からやってたらしい。
住む場所を提供してもらった以上、せめて何らかの手伝いくらいは、と思ったので掃除とかから始めて身の回りの事を手伝うようにしていたけれど、それだって限度がある。
この身体になってからの自分は今まで家事なんてした事ない程度にお嬢さんだったし、前世ではそれなりにやってたけどそれだって掃除機とか洗濯機とかあったからどうにかなってたわけだ。
おばあさんの家にはそういう電化製品は勿論なかったし、そもそも思い返せば両親が生きてた頃だって少ないけどお手伝いさんがいて掃除は箒とか使ってやってた。
魔法があるならそういう力を動力としての魔法道具みたいなのないかなって思ったけど、あったとしてもどえらいお値段ですよねきっと。
個人的には掃除とかより料理の方がまだマシだった。
いや、竈に火をつけるの大変だけど、それでもまだ料理は材料前世とそこまで変わらないし、何をどうすればいいかわかる感じするから。
おばあさんは私にあれをしろこれをしろと言ったりはしなかった。むしろ率先してお手伝いする私をにこにこ笑って褒めてくれた。時として失敗する事もあったけど、そういう時にはこうしたらいいのよ、と教えてくれる。
気付けば、何だか本当の祖母のように思っていたし、向こうも私の事は孫くらいに思っていたかもしれない。
そこからは薬作りもちょっと興味があったから少しずつ教わるようになったし、薬草の種類だって大分見分けがつくようになってきた。
……多分、おばあさんは何となくわかってたんじゃないかと思う。
自分に残された時間がそう多くない事を。
だから、また一人残された私がそれでも暮らしていけるように、せめて知識だけでも……と自分が知る限りの薬の作り方を教えてくれたんだと思う。
おばあさんが亡くなったのは、私が十五歳になってそれなりに経ってからだった。
おばあさんの後を継いでこの村で薬屋をしていくべきかとも思ったけれど、亡くなる前におばあさんは自分の知り合いに私の事を頼んでいたらしく、私にその知り合いの元へ行きなさいと言ってきた。何とその知り合いが暮らしている街までの馬車代まで用意してあった。これはもうどう足掻いてもそっちに行けという事なんだろう。
勿論それを無視してここで暮らす選択肢もないわけじゃないけれど、この家はどうやらおばあさんの持ち家というわけでもなく、おばあさんの死後は村長の方で処分される事になっているらしい。あ、じゃあ私住めないわ。村長さんと交渉して継続して借りる事ができればいいけど、おばあさんは既に私がその知り合いのいる街に行くつもりで話をつけていたらしいので無理だ。
ちょっと自分の人生強制イベント発生しすぎじゃないか? と思わなくもないが、人生二度目の馬車に乗り、尻にダメージを負いつつ到着したのは――
私が知るゲーム内での本来の舞台でもある街。
ウルガモットだった。