勧誘以外の選択肢が存在しなかった
元々興味が無かったと言えば嘘になる。
無詠唱の魔法の使い手。使える魔法に偏りはあるけれど、それでもその力は本物だ。
魔法の研究をしている家からすれば、彼の手を借りる事ができればいくつかの研究が進むのではないか……と思うような事も確かにあった。
とはいえそれはこちらの事情。
一方的に、同意もなく巻き込むつもりはない。
けれど、少し前の魔物討伐の際に少しだけその考えは変わった。
まさか自分の腕が取れそうになる、なんて事があって。
あぁこれもう駄目だろうなと思っていたのだ。
家にも回復魔法を使える者がいないわけではないが、彼ほどの使い手ではない。くっついたとして、多分前程自由に動かせる事もないだろうし、そうなればギルドに身を置くのも難しくなる。
となれば、後は自分の使い道としてはお飾りでも構わないと言えるだけの力を持つ家、ついでにうちとの繋がりを求めるようなところとの政略結婚。
そういった家に心当たりがないでもないが、正直気乗りはしなかった。
というか、本当にそれは最後の最後、最終手段すらなくなった後の、どうしようもないところまできた時の案、といった感じのものだ。つまり、現実的に考えるとあり得ない。
それやるくらいならいっそ大人しく没落を選ぶとかそれくらいのもの。
だが、自分以外は問題の無い状況でそれを選ぶのもあり得ない。
先延ばしにするくらいは可能だろうけれど……とあの時、怪我をして、意識を失っていた中でも時折浮上した意識はそんな事を考えていたと思う。
まぁ起きたら何事もなかったかのように腕が治っていたのでその考えは無駄に終わったのだけれど。
あの時から、わたしの中の彼というものは大きな存在になったのだと思う。
是非ともうちに欲しい人材だ。
それに関しては元からだけど、より一層強くそう思った。
どうにかして距離を縮めて、うちで働くのも有り、とか思ってもらえないだろうか。そう思ったからこそ、わたしはエルテと積極的に関わる事にした。
とはいえ、魔法関連の話題ばかりを振ればそれ目的だと誰だってわかるだろうし、そうなればエルテは更に距離を取るだろう事も想像に難くない。
こういう時、よく聞く言葉を思い出す。
まずはお友達から……と。
それを兄であるルーウェンに話せば「本気で言ってるのか?」と問われたが、わたしは大いに真面目に本気である。
そもそもわたしには家の事情などもあって友と呼べる存在はいないといってもいい。幼い頃はいたんだけど……今はもういない。
ともあれ、まずはエルテと友と呼び合えるような関係にならねばなるまい。
そう思ったわたしは早速行動に移る事にした。
最初のうちは一緒に出掛けないか、と誘っても断られる事の方が多かったが、それでも誘い続けた結果何回かに一回は応じてくれるようになってきた。大いなる前進。
そうやって、こちらが誘って出かける事が別に突然とかでもなくエルテの中でも普通の事、と思えるようになるまでに、それなりの日数が経過した。
気付けば春も大分過ぎ、そろそろ夏の気配が漂い始めた頃だ。
共にでかけたカフェでエルテは何のためらいもなくフルーツたっぷりのケーキなんかを注文していた。
甘い物が好きな男性でも、割と周囲の目を気にしてかこういったところでは頼まない事の方が多い。というのにエルテは何の躊躇いもなくケーキを注文していたので、周囲がどうとかいうのも気にしないくらいに甘い物が好きなのだろうか、と思ったのだ。
答はまぁそれなり、といった感じだった。
う、羨ましい。
家で甘い物が出ないわけじゃないけど、うちで雇っている料理人は菓子作りに関してはそこまで精通していない。出てくる物は割とパターンが決まってしまっている。
たまに違う物が食べたくてこうして店に来るけれど、自分が周囲からどう見られているか知っているので大っぴらに好きな物を頼めない。以前街の女性に「これ、良かったら……!」と差し入れされたお菓子は、もらった時は嬉しかったのだけれど、中から髪の毛出てきた時は戦慄した。それもうっかり一つに入ってしまった、とかではなく全てに含まれていた。
食べる前に気付いたからよかったものの、うっかり口にしていたらどうなっていた事か……
ルーウェンにはお前もう外で中途半端に愛想振りまくなと言われたけど、今までそうしていたのを急にやめるとそれはそれで色々勘繰られるじゃないか。それに、ルーウェンが不愛想な分こっちが人当たり良さそうにしている事でバランスが取れてると思う。
わたしにも甘い物が好きなのかを聞いてきたエルテにはこっそりそうだと返しておいた。その後の会話で何となく察したらしい。こういう所話が早くて助かるよ。
ついでに何を思ったのか、最初の一口目をわたしにくれるなんて仕出かした。いや、仕出かしって言い方もどうかなとは思うけれど、一口分のスコーンと交換、とはまぁ。割に合ってないんじゃないか、とは思ったけれどなんていうか、自分がそう強請ったとかではなくエルテから言ってくれたという事になんだろう。今まで懐かなかった猫が懐いてくれたような感覚に見舞われて、それがとても嬉しかった。
その後パンケーキで良ければうちでご馳走しますよ、なんて言われてしまった。
パンケーキ、と言われてちょっと微笑ましい気持ちになったのは確かだ。
それならうちでもたまに出る。庶民でも作れる簡単な菓子でもあって、別に珍しくもなんともない。けれど、その心遣いは嬉しかった。今まで話をしてもさっさと切り上げてしまおう、みたいなのが見えていたから余計に。
少なくとも家に入れてもらえる程度には許された、と思った。客として行けば店には入れるけれども、そういう話じゃない。居住スペースへの滞在を認められたのだ。
そういった色々が重なって、嬉しくて、社交辞令の可能性もあったけどそれでも遠慮も何もなくお邪魔する事にした。
そして出されたパンケーキは――
え、これ、うちの料理人が作るやつより断然美味しそう……!
と見た瞬間に思うものだった。
我が家で出されるパンケーキというものは、別段珍しいものではない。普通に焼いたやつにバターとシロップ、たまに果物を添えて出される程度の恐らくは平民の家でも作ろうと思えば作れなくはないだろうと言えるものだ。
だがまずエルテが出したパンケーキは、厚さが違った。
家で出てくるやつの倍以上の分厚さ。これ、中ちゃんと焼けてる……? と思ったが、それ以上に見た目がすごかった。クリームがたっぷり、フルーツソースもかかってるし、砕いたナッツも散らされている。更に極めつけは滅多に採れないと言われているメイプルベリーが添えられている事だ。
うちで出されるやつより豪華……!
どうぞ、と言われてフォークとナイフを手に取って、クリームたっぷり乗っかったパンケーキにナイフを入れる。これだけ分厚いと中までちゃんと火が通っているのか疑問だったが、それは杞憂だった。すっと刺さるナイフ。そして断面を見る限り中もきちんと焼けている。というか、柔らかいな……
フォークで口に運んだ瞬間、目を瞠る事になった。
ふわふわの、シュワシュワ……!
とろりと口の中で溶けるようにして消えるパンケーキ。え、あれ? パンケーキってこんな……!? わたしの知ってるパンケーキと違う。確かに幼い頃に本で見たパンケーキは生地が分厚いやつが挿絵に描かれていたけれど、実際作るとなると表面は焦げるし中は生焼け、なんて事になっていたからあれは本の中だけのやつで、実際には存在しないんだとばかり思っていたのに。
たっぷり乗ったクリームも、クリームそのものは甘さだけならそうでもない。けれどフルーツソースやメイプルベリーと共に口に運べば、あぁ、幸せとはこういうものなのだな……と思えるもので。
いや大袈裟だと思う。我ながら。でも大袈裟でもないと思う。
最初見た時は皿の上にこんもりと盛られたクリームを見てうわぁ、と思ったのだ。いやこれいくら甘い物が好きって言ってもどうなんだろうと。食べきれるだろうかと。
だがしかしいざ食べてみれば、クリームもそう重いものではなく食感が軽めで、パンケーキと合わせてすいすい入っていくのだ。
まさに予想外としか言いようがない。
だって言ってしまえばエルテは平民だ。だからこんな、見た目から圧倒してくるものを出してくるなんて思ってすらいなかった。
そして気付いたら綺麗に完食していた。
えっ、あれ結構ボリュームもあったと思うんだけど、これわたし全部食べたの……? いや食べたからなくなってるんだけど。
なんだかまるで夢から醒めたような気持ちだった。食べていた時の幸福感。そしてそれがもうないという、なんとも言えないもの寂しさ。けれど、思い返せば食べていた時の記憶がないわけじゃない。
ナイフとフォークを置いて、わたしはエルテを見た。そして――
「ねぇやはりエルテ、うちにこないか?」
考えるとかいう間もなく、わたしの口からはそんな言葉が飛び出ていたのである。




