自白剤はご禁制なので
道すがら、ルーウェンさんはこれから行く場所についての説明をしてくれた。
牢、である事は確かだ。
自警団が担当する牢もあるにはあるけれど、今回は騎士団が担当している方の牢らしい。
え、牢ってそんな沢山あるの?
あと担当が違うとどうなるの……?
そんな疑問を口にすれば、ルーウェンさんは罪の重さだなととてもあっさりと答えてくれた。
例えばそこまで重い罪ではない場合は自警団が担当する方の牢に、重罪であれば騎士団が担当する方の牢に運ばれるらしい。
罪の重さが不明瞭な場合は一先ず自警団が担当しているが、そこから罪状が明らかになってどう考えてもこれは重罪、となった場合は騎士団に身柄を引き渡すらしい。
騎士団て軍隊みたいな扱いだと思ってたけど、警察で言うところの部署の違い的なやつなんかな?
自警団が街の交番的なものなら騎士団は凶悪犯罪対策課とかそういうやつかな?
前世のあれこれと比べてみるも、具体的に完全一致、とかいうわけでもないのでいかんせん細かな部分で混乱する。
あまり難しく考えてもわからないものはわからないので、あっ、そういうものなんだねでスルーできるくらいになりたい。度が過ぎると思考停止状態になるから気を付けないといけないけど。
それで、そんな騎士団が担当してる牢とかにどうしてルーウェンさんが? と聞けば先日マトハルさんが捕らえた盗賊について呼び出しを受けたのだそうだ。
「え、捕まえた本人のマトハルさんじゃなくて?」
「そうだな。騎士団とマトハルはあまり面識がないから」
「ルーウェンさんは面識がある、って事ですか?」
「元々俺は騎士団に所属する予定だった」
「あの……もしかして込み入った事情とかですか?」
「単に家の事情だ。別に重い話題でもない。家の都合でギルドに所属した方が都合が良かったから騎士団に入るのをやめた。それだけだ」
そんなあっさり就職先を変える事できるんだろうか……あ、いや、でも貴族の家となれば多少権力とか使ってどうとでもなるのか? 家の事情とやらでギルドから騎士団に行った方がいい、ってなったらその時はそっちに行くんだろうか。
「えぇと、それでどうしてボクまで?」
あの時の盗賊に会いに行くのはわかった。
けど、そこでどうして私を連れて行こうとしているのか。
マトハルさん連れてくのが普通の流れでは?
そう思って聞いたものの、ルーウェンさんはなんとも言えない表情を浮かべる。
「……言語化しにくい」
「えっ!?」
どういう事なの……?
私を連れていく理由とかそういうのを説明しにくいってどういう事?
ウルガモットの街の外、思っていた以上に近くに盗賊のアジトが存在していたという報告がされたのはつい先日の事。とはいえあまりにも街に近すぎて、逆にこれは誰かに見つかった場合即座に捕縛されるだろうと思われた。立地的にはとても便利だろう場所に、隠れるにはお誂え向きの洞穴。短期間なら利用するのも有りだろうけれど長期的に使っていた場合足がつくだろう事は想像に難くなかった。
だからこそ出されたのは調査依頼だった。
自警団が街の中だけを見回りしているだけならしばらくはその洞穴も気付かれる事はなかっただろうけれど、定期的に街の外もある程度見回りはする。
そこを使っている者がいればその見回りに合わせて身を潜めるくらいはするだろうなとは思っていたし、だからこそ既にそこには誰もいないと思われていた。とっくにそのアジトを廃棄して他の場所へ行っただろうとも。
ところが実際はそのアジト、未だに使用されていたしなおかつ調査に向かったギルダーがばったり盗賊たちと遭遇し戦闘に発展。
これだけならよく聞くよくある話だ。
調査に行ったのがマトハルだと聞いて、じゃあ盗賊連中は皆死んだって事か、とルーウェンは特に何を思うでもなくそう納得していた。
しかし実際はエルテを連れ出し、そこで数名盗賊を生け捕りにしたと聞いてどういう事なのか理解できなかった。
正直な話、盗賊なんてのは犯罪者だしそういう意味では容赦する必要はない。
素直に投降して自分から牢獄へ行くならまだしも、そうでなければ戦闘に発展するのはよくある話だ。
そしてそこで手加減など当然されるはずもない。向こうがこちらを殺しにかかっている以上、こちらが手加減して死ぬかもしれないという可能性があるのなら、余程の事情でもない限りこちらが手加減をする事はまずもって無い。むしろそこまでして生け捕りにしなければならないのであれば複数名で追い込みをかけるべきで、単独遭遇した場合の大半は戦う意思がない者以外は基本的に切り捨てる。
切り捨てて、その上でまだ生きているなら捕縛して多少の手当てもするけれど大半は死ぬ。
死罪になる程の罪かどうかは微妙なところではあるが、だからといって身の安全が保障されるような立場でもない。
他に仲間がいる可能性もあってか騎士団の方で身元を引き受け尋問しているようではあるが、他の仲間の情報は全くと言っていいほど喋らなかった。ボスと思しき者も、その部下も。
家の繋がり、というのも微妙な話だが、貴族仲間とでもいうべきだろうか――ともあれ、騎士団に所属している知り合いに声をかけられて、ルーウェンはわざわざ彼らを捕らえている牢へと向かう事になったのだ。
仮に自分が尋問に参加したとして、口を割るとは思ってもいないが。
そこにエルテを連れて行こうと思ったのは、単なる気まぐれのようなものだった。
捕獲した人物がいた場合、彼らがどういった反応をするか。取り乱す……事はないだろうけれど、どう見ても戦えそうにない見た目の少年を相手に、口汚く罵るくらいはするかもしれない。そうやって冷静さを欠いたあたりで、付け入る隙が見つかれば多少は何らかの進展があるかもしれない。
そんな、ちょっとした気まぐれによる考えだった。
そして牢へ向かえば、出迎えたのはルーウェンを誘った人物とその上の立場にあたる者。
ルーウェンからすれば二人はよく知る存在だが、エルテはそうもいかないだろう。そう思い、ひとまず紹介だけしておく。
捕らえられた盗賊たちはそれぞれ一人ずつ牢に入れられているらしく、彼らに案内された先の牢にいたのは親分だと言われている男だけだった。
新たにやってきたルーウェンをちらりと見て、親分は鼻で嗤う。その様子は誰が来たって結果は変わらない、と言わんばかりだ。
だがしかし、ルーウェンの背後からひょっこり姿を現したエルテを見た途端、親分の表情が強張る。
だがしかしそれでも親分はどうにか平静を装った。ここで取り乱せば不味い事くらいは理解している。
この牢に入れられてから何度目かの尋問をされていた親分ではあるが、彼は慣れた様子でそれらを聞き流していた。答えるつもりはこれっぽっちもないらしい、というのはルーウェン以外の誰が見てもハッキリしている。
「毎回こんな調子でな……困った事に何一つ情報聞きだせないんだ……」
そうのたまう知り合いの貴族に、ルーウェンは何も言えなかった。
正直ここで自分がかわりに、と言ったとして結果は変わらない。
「あの、尋問てこの人だけにしてるんですか……?」
さてどうしたものかなとルーウェンが思っていれば、エルテがそんな事を問いかけてきた。
「え? そうだけど」
「エルテ、何か方法が?」
ルーウェンが問いかければ、エルテはこくりと頷いてみせた。あまりにも当たり前のような態度で頷いたものだから、知り合いもその上司も逆に困惑したようだった。こんなこどもが……? と言いたげなのが顔に出ている。
けれども他に方法がないのも事実ではあるし、だからこそだろうか。上司が難しい顔で頷いて、知り合いに指示を出した。
そうして――
一つの牢に他の牢に入れられていた部下も集められた。
現状椅子に座った状態で縛り付けられているので、暴れて逃げ出す事は不可能。
他の牢にいて顔を見る事もできなかった仲間が無事であった事に、それぞれがどこかホッとしたような様子を見せたがそれは一瞬だった。
「それで、これからどうするつもりなのかね?」
上司が難しい顔をしたまま問いかける。それに対してエルテの答えはとてもあっさりとしたものだった。
「殴ります」
「なに?」
「結界でぶん殴ります。
君たちの誰かが情報を洗いざらい吐くまで結界で殴るのをやめないチキチキレースが開催されます」
「なんて?」
「威力はわかってますよね。死なれると困るので勿論死なない程度に加減はします。けど、あまりにもダメージ負い過ぎて結果死なれるのも困るので合間合間で適宜回復魔法も発動させます。安心してください。死にません。
えぇ、死んだら痛いのもつらいのも苦しいのも全部楽になりますが、死なせません。
とりあえずそうですね、今ここに四人いるから、最低二人くらいは死んでも許容範囲かなって思いますけど、というか最終的に部下は切り捨てて一番情報持ってる奴だけ残せばいいかなとも思うんですけど。
貴方がさくっと情報を吐けば彼らも不必要に痛めつけられる事はなかったでしょうに……災難ですね。
あの時アジトであっさり殺されてた彼らの方がマシだった、とか思うかもしれませんが、まぁほら、生きていればいつかはいい事ありますよ。ではいきます」
上司が何を言われているのか理解できない、とばかりの反応を示していたがエルテはそれを意にも介さない。そのまま淡々と言葉を連ね、気付いた時には遅かった。
エルテの言葉が終わったと同時にゴッという鈍い音が響いた。それも四つ。
そして拘束されたままの彼らの口から「ガッ!?」とか「ごっ!?」とか呻きなのか何なのかよくわからない声が漏れた。
威力としては普通に誰かに殴られたのと同じくらいのものだろうか。結界は見えないので音と彼らの様子から大体を察するにしても正確に判断するのは難しい。
一撃食らってその時点で「話す気になりましたか?」なんて質問が出ていれば良かったのかもしれないが、エルテはそのまま次の結界を発動させて再び殴ったらしい。ゴッという鈍い音が再び響く。
痛みに呻く声、そして次に結界が殴っただろう鈍い音。それらが延々と繰り返される。途中で確かに言葉通り回復魔法も発動していたらしく、殴られた時に腫れただろう部分が一瞬にして治る――が直後にまた結界で殴られて赤く腫れあがった。
エルテは何も言わないままひたすらに結界で殴っている。
話すつもりは? なんて質問は一切しない。
先程の言葉通り、情報を吐くまで続けるつもりなのだろう。話すまではこちらから話しかけるつもりもないと言わんばかりの態度だ。
それがどれくらい続いていたかは、ルーウェンにもよくわからなかった。
思っていたよりも短い時間だったかもしれないし、思っている以上に長い時間だったかもしれない。
殴られた時に漏れ出た声が、やがて助けを乞うものへと変化するまでにそう時間はかからなかったように思う。
途中で意識を失ったとしても、直後に殴られて意識を強制的に戻される。痛みで気絶できればよかったが、途中で発動する回復魔法で痛みも何もかも綺麗さっぱり消されて、直後に新たな痛みを追加される。
終わりが見えない苦痛。
情報を吐かないつもりであった親分も、しかし同時に同じように殴られている子分たちが苦しんでいる様を見て精神的に揺らいでいるようだ。
「そろそろ一人くらいは見せしめに殺すのもありでしょうか。誰にしますか?」
「ひっ、いっ、いやだ、たす、助けて」
「いっそおれを殺してくれ! もういやだ!」
「ごめんなさいごめんなさい」
エルテの声に子分は一斉に口を開いた。命乞いをするもの、いっそ一思いに楽にしてくれと懇願するもの、何に対してかもわからない謝罪の言葉を繰り返すもの。
「殺せと頼んでる相手を殺すのは相手の望み通りになってしまいますね。では、死にたくないと言った貴方にしましょうか。それとも、もうちょっと繰り返しますか?」
「おいもうやめてやれ! わかった! わかったから! 話す! だからもうやめてくれ」
結果として親分が折れるのは必然だったのだろう。
今までの黙秘が嘘だったかのように、彼はこの街に潜んでいるらしき他の仲間についての情報を吐き出した。
ここにきてルーウェンはようやくマトハルの言葉の意味を理解した気がした。
エルテは思った以上にヤバいやつかもしれない、という言葉を彼なりの冗談だと思っていたがどうもそうではないらしい。
いやこれは確かにヤバいな……とルーウェンは声には出さず、何言ってんだって聞き流して悪かったな……とこの場にいないマトハルに向けてそんな事を思っていた。




