ボクは非戦闘員です
背後から腕が回されて首の部分を拘束されている。
その腕は太く、到底エルテではどうにもできないだろうというのが一目で理解できた。
更にはもう片方の手はエルテの顔の横あたりでナイフを突きつけている。余計な事をすればこいつの顔面ズタズタになるぞ、といういかにもな脅しだった。
「おい、武器捨てな。さもなきゃこいつが大変な事になるぞ」
捨てたところでこちらの身の安全など無い事くらいわかりきっているが、捨てないという選択肢もない。
危険な場所に連れてきたという自覚はある。
これが、呼んでもいないのに勝手についてきた、というのであれば場合によっては見捨てたかもしれないが、今回の件に関しては巻き込んだのは自分だと言える。巻き込んだ挙句見捨てる、というのは流石に問題でしかない。マトハル自身、そこまで堕ちたつもりはなかった。
ただその場に武器を落としただけではきっと満足しないだろう。
わかりきっている事なので、武器を手放す際少し離れた場所に放り投げるようにして捨てた。
足下であれば、足で蹴るなりして弾いて拾いなおすという芸当もできるし、そういった事ができる奴というのは他にもいる。目の前の男もそれくらいはわかっていたからこそ、武器を捨てろという言葉の中に言外に隠されていた部分もくみ取ったこちらに対してにぃと唇の端を吊り上げる。
「上出来だ。おい」
「へい」
打てば響く、というわけでもないが盗賊の頭らしき男に顎で示され、側近くらいの立場らしき男がこちらへとやってくる。次に取るべき行動はこちらの捕縛。身動きを封じて嬲り殺しにでも――といった事くらいは考えているだろう。
素手でもこいつらをどうにかできる算段はあるけれど、そのためにはエルテが解放されていなければならない。
抵抗はしない。そいつを離せ――そう言おうとしたところで、しかしマトハルの口からその言葉が出てくる事はなかった。
「あれ?」
「どうした?」
「いやあの、なんか前に進めないんすよ」
「はぁ? 何ふざけた事言ってやがる」
「いやホントですって。ほら」
部下が気付いたのはつま先が何かにあたったから、とかそんなところだろう。そうでなければきっと顔面からぶつかっていたに違いない。
ほら、と言いながら前に突き出された手は本来何もない場所なのだから空を切るはずだったが、しかしそこには壁でもあるかのようにばん、と何かにぶつかった。
何もない、と思っていた場所に目には見えない壁のようなものがあって、ましてやそれが手にぶつかった時の音までしたのだから気のせいで済むはずもない。
「なんだぁ!?」
いきなりわけのわからない状況に陥った盗賊の頭はわけがわからないというように声を上げたが、そんな事で目の前の何かがどうにかなるわけでもない。
「おい、一体何がどうなって――ぎゃあ!?」
盗賊の頭はてっきりマトハルが何かを仕掛けたとでも思ったのだろう。分厚いナイフの切っ先をこちらへ向けて声を上げたが、その言葉も最後まで続かず悲鳴へと変わった。
ごきっ、という音が確かに聞こえた。
近くにいた盗賊の子分たちからは何が起きたか全く理解できていなかっただろう。
けれども彼らと向き合うようにしていたマトハルにはハッキリと見えた。
盗賊の頭のナイフを手にしていた腕が、不自然なくらいにねじ曲がっている。肘よりも下、手首よりは先、そんな本来曲がるはずのない部分が雑巾でも絞り上げたかというくらいに捻じれ、手にしていたナイフはその唐突な痛みによって落とされた。カツン、と乾いた音が響く。だがしかしその音を聞きとれた者は果たしてどれだけいただろうか。落とした本人はきっと気付いてやしないだろう。何せ自分の腕が不自然な捻じれ方をしているのだ。痛みでそれどころではないし、すぐ近くにいる子分どももいきなり叫びだした親分へ意識が向いている。
痛みでエルテを拘束していた腕の方も緩んだのか、そっとエルテが膝を曲げて少し体勢を低くしつつ男の拘束からすり抜けた。
そのまま大した音もたてずにマトハルの方へと歩いていく。先程子分が目に見えない壁が、とか言っていたはずのそこには既に何もないらしく、エルテは悠々とマトハルがいる方へと進み――
「ぎゃあっ!?」
「ぐべっ!?」
「ぶぎゃっ!?」
エルテの背後で盗賊たちの悲鳴が――いや、果たして悲鳴だろうか? どちらかといえば壁に激突した時の、痛みに呻くような声がそれぞれの口から漏れ出ている。
これが自分から勢いよく突っ込んでぶつかった、とかであれば彼らもまだ事態を把握できていただろう。けれども彼らには今何が起きているのかもわかっていないに違いない。
その表情は痛みに歪んでいるが、同時に何が起きているのかわからないという困惑もあった。
バン! バン! バンッ!!
と、何度か目に見えない何かで殴られるような音がして、ある者は鼻血を吹き出しある者は歯が欠けたのか口から血を流している。まるでボコボコに殴られたかのようになってしまった男たちはしかし逃げ場もないのかその場からロクに動かないまま――立っていられなくなったのだろう。へたり込むようにして地面に尻をついた。
「…………念の為聞くぞ。何した」
「結界で」
「また結界か」
「身を守る手段なんてそれくらいしかありませんし」
いやまぁ、最初に目に見えない壁みたいなのがどうこう言われた時点で薄々理解はしていたのだ。マトハルも。
だが、結界でこちらにこないように防いだ、というだけにしてはその後の展開が攻撃的極まりない。
「えと、まず足止めして」
それは今しがた思った目に見えない壁とやらだろう。
「次に突き付けられてるナイフが刺さったら痛いだろうし、遠ざける事にして」
「具体的には」
「あの人の腕の中間あたりに結界をこう――横断させるみたいな感じで」
目に見えない結界、それがいきなり発動した挙句体内から貫くみたいにできたのであれば、骨が折れてもおかしくはない。ましてやその結界に捻じれとかそういう動きをつけたのだろう。じゃなきゃあんな風にねじりあげられるはずもない。
誰かの腕が、そいつの腕を折ろうとしてねじりあげた、とかであれば彼もそこまで混乱しなかっただろうに……
「拘束から抜けた後は身動き取れないようにきっちり結界で固定して結界でぶん殴りました」
「だろうな」
そこら辺は流石に理解できた。
逃げようにも逃げられないといった感じでひたすら顔面を壁に叩きつけられているかのようにダメージを受けていた男たちは、果たして今の言葉を聞けていただろうか。聞けているなら自分の身に何が起きたかを理解できたかもしれないが、見れば意識を失っている。
であれば、何が何だかわかっていないか。
「思うんだが」
「はい」
「お前戦えないって嘘だろ」
「何言ってるんですか。戦えませんよ結界と回復魔法くらいしか使えないし」
「本当に戦えない奴っていうのはまず結界でボコボコにしたりしないんだわ」
マトハルも魔法を使う者と関わったのはそう多い方ではないが、それでも結界を作れる者というのはいた。その相手は結界を本当にただの結界として作るだけで、こんな風に相手を結界でぶん殴るなんて真似考えた事もなかっただろう。ただひたすら息を潜めて結界で身を守るので精一杯だった。
むしろ大半の結界を使える術者は結界でぶん殴るという方法を思いついてすらいないのではないだろうか。思いついているのであれば、もっとこう……結界しか作れない術者はアグレッシブになっていてもおかしくはない。基本的に結界くらいしか使えないという者は大体戦場にいたとしても拠点付近で守りを固めているだけだ。
魔物の討伐に連れてくる場合であっても、役割にそう変わりはない。
要するに、マトハルから見てエルテはある意味で異端であった。
こんな攻撃的な結界使い見た事ない。
大体結界が壊れた時点で身を守る術がなくなるのだから、本来の術者は結界が壊れないように維持しなければならない。壊された時点で自分の身が危うくなるのだから、精神的にもギリギリな部分だってある。
ところがエルテはどうだ。こいつ無詠唱で結界ぽんぽん作ってそれでぶん殴ってるとか……目に見えるものではないのでマトハルが目撃した前回といい今回といい、相手は何が起きたかわからないうちに一方的にやられるだけ。
正直下手な攻撃魔法の使い手より厄介ではないだろうか。
「それで、この人たちどうするんですか? マトハルさんが殺した相手はともかく、こっちは一応生きてるんですけど」
「捕縛して、ウルガモットに戻って騎士団か自警団に連絡入れる」
「この人たちここに転がしたまま、って事ですか?」
「そうだな。全員気を失ってるし流石に連れていくにはオレたちだけじゃ無理だろ」
「え、でも、仮に縛ったとして、ボクたちがウルガモットに戻ってる途中で目が覚めたとして、どこかでどうにかして縄とか切られたら、逃げられません?」
怪我が怪我なのでそう簡単に遠くまで逃げおおせるとは思えないが、それでもその可能性はある。
「逃げられないように足折っておくにしても、魔物がここにやってきたら死ぬか……」
「発想が物騒」
確かに敵に逃げられないために足を攻撃するという方法はある。あるけれども、そういう考え方をするのは基本的にそういったあれこれに慣れてしまった者が言う事であって、少なくとも結界と回復魔法しか使えない非戦闘員です、とか言い張る奴の発言ではない。
「仕方ありませんね……結界で運びましょうか」
「……なんて?」
「結界で運びます」
「すまんな、正直何を言っているのか理解できない」
「えー……?」
何で? みたいに首を傾げられても、こっちだって何で? と言いたい。
エルテ曰く、ドーナツっぽい感じで結界を作ってその穴の中にこいつらを突っ込んであとは結界を転がせばいける、との事だが……
そういう結界の使い方しようって考える奴、そもそもいないと思うんだよなぁ……
結界ってなんだったっけ……?
何度目かの疑問をマトハルは考えるだけ無駄かもしれない……とそっと振り払った。
戦えない、と言っていたエルテが実は戦えるのではないか、と思ったからこそ今回連れてきたのだが、何か思ってたのと違った、という事だけは理解できた。動きは確かに戦闘に慣れた者のそれではない。ただ、思考の方向性も非戦闘員のそれでなかったが。




