それは些細なトラブルで
ウルガモットのギルドにはそれなりに多くの人間が所属している。
自警団や騎士団に所属する事だって可能だろう人材もそれなりにいるが、まぁこういったギルドに所属する連中には大抵訳ありだったりもするので、マトハルは深く踏み込むつもりはこれっぽっちもなかった。
ある意味自分も訳ありみたいなものだし、というのも勿論ある。
周囲の連中と連携をとって戦う事も勿論あるが、基本は単独行動の方が気がとても楽だ。
けれどもその日は少しばかり事情があった。
ギルド長じきじきに頼まれてしまっては断りにくい。
普段であれば自分が引き受けるようなものではなかったが、たまたま手が空いてるのが自分しかその時いなかったのだからそれはまぁ、仕方ないとしか言いようがない。
依頼としては自分が引き受ける事のない、薬草の納品といったものだ。
街の連中でも自力で取りに行ける範囲であれば――それこそ近くの森の入口付近など――さっと行って戻ってくるのでわざわざ依頼は出されない。
けれども、そこから少し離れて魔物が出る可能性が高いとなるとそうもいかない。
少量の謝礼金を払うのを惜しんで最悪命を落とすよりは、依頼を出してしまった方が確実に手に入る。
依頼にあった薬草は確かに魔物が出没するあたりによく生えてたな、とマトハルも言われてみれば……程度ではあるが記憶に残っているし、そこら辺であればまぁ、大抵のギルダーであれば依頼達成する事は難しくない。自衛手段をもつ者に限るが。
けれどもよりにもよってその依頼を引き受けようとしたのが、恐らく自衛手段を持たないだろう相手だったのだ。マトハル本人としてはほっとけ、と言って後は放置するけれど、ギルド長からすればそうもいかない。
ギルドに所属している人間を無駄に死なせるような真似は流石に回避したい、というのもそれなりにあるだろうけれど、その人物が回復魔法を使える相手だったから、というのが本音だろう。
世間一般のギルドのイメージは基本的に魔物退治だとか盗賊退治だとかの、要は荒事だ。
自警団に連絡して解決してもらうほどのものでもないけれど、放置しておくのもちょっと……というような依頼は確かによくギルドに届くし、実際それらを解決する事が街の治安維持にも繋がっているのでそこは別にマトハルが何を思うでもない。
魔物だとか賊が絡まない依頼もあるけれど、マトハルとしてはそちらに興味がないのでどうでもいい。
今回の件は魔物が絡む事もあるが、基本的にマトハルの興味を示さないタイプの依頼だった。
自分から引き受ける事はまずない。ギルド長に頼まれたからしぶしぶといった感じだ。
黒髪金目で、黒ずくめの少年。口元を覆うように黒いマフラーを巻いており、物静かな印象を受ける。というか、第一印象で根暗そうだなと思った。自分の事を棚に上げて。
まず間違いなく自分の人生で自分から率先して関わるタイプではない。
おかげでギルド長に頼まれて彼――エルテに同行するとなっても、フレンドリーに話しかけるつもりは毛頭なかった。
「なぁ、ところで何でお前この依頼引き受けようと思ったんだ?」
話しかけるつもりは毛頭なかったのだが、どうにも沈黙が重すぎた。目的地へ向かって進んでいる途中でそんな風にマトハルが話しかけたせいか、少しだけ歩く速度を落としてエルテはマトハルへ視線を向ける。じ、と向けられたその目には特に何の感情も浮かんではいない。
「……ついでに自分で使う分も確保しておこうと思って」
果たして質問の答えなど返ってこないのではないか、と思う程度に間があいてから、エルテはそう答えた。
回復魔法が使えるっていうから補助として、手伝いでいいからギルドに来ないかと誘われた経緯はマトハルも知っている。ギルド長から聞いた。
そして、今の言葉でそういやこいつ薬屋やってたんだっけな、というのも思い出す。
だから引き受けたのか、と納得はしたがそれにしたって魔物が出ると言われている場所に武装せずにそのまま行こうとするのはどうかと思う。ギルド長だって一応護身用にナイフとか持ってくか? って渡そうとしてたけど、本人が断ってた。
……慣れない武器を手にして下手に自分が怪我をする事を考えればその判断は間違っちゃいない。
いない、のだが……でも護身用の武器がないっていうのはマジでどうなんだろう、とも思う。いや、今こうして自分がついてきたのだから、そういう意味では護身用の武器はオレか、と内心でマトハルはどうにか上手く纏めようとしていた。
それから特に何事もなく目当ての薬草が生えてる場所までやってきた。早速しゃがみこんで丁寧な手つきで一つ一つ薬草を採っているエルテを横目に、マトハルは周辺の気配を探る。
そういや以前この辺りで何かの魔物の目撃情報あったような気がするな……と何の魔物であったかを思い出そうとしてみたが、いかんせんこの辺りに来る事自体がまずないだろうと思っていたのですっかり忘れてしまっている。
なんだっけなー、まぁでも特に脅威ってわけでもなかったはずだし覚えてなくてもそんな困るものでもないだろ、と思い出せない事に対してあっさりと諦める。あまり深く考え込んでそちらに意識を向けすぎると、気付けるものも気付けなくなるからだ。
普段であればそれでも困らないが、今回は一応護衛対象者がいる。考え事に没頭しすぎてる間に魔物に食われてました、なんて事になったらシャレにならない。
だがしかしそれも杞憂に終わりそうで、見れば持参していたカゴに薬草がこんもり入っているのが見えた。
そろそろ帰るのだろうな、と思ったのだが……
「あ」
しゃがみ込んでいた体勢から立ち上がりかけ、中途半端な状態で動きが止まる。
エルテは一体何を見たのだろうかと思ってマトハルもまたそちらへ視線を向けてみたが、さっぱりわからない。というか見えるのは草とか木ばかりだ。
「すいませんちょっと向こうの薬草も確保してきます」
ぐりん、とこちらに顔を向けてそう告げたエルテはこちらの返事を待つ事なく行ってしまった。
マトハルにはわからなかったが、どうやらエルテにとっては貴重、もしくは丁度必要としていたであろう薬草があったのだろう。
マトハルからすればこの辺りは単純に草がやたら生えてる場所、くらいの認識だが、エルテはそうではないのかもしれない。
ちょっと向こう、のその向こうがそれなりに離れていたのでマトハルもそちらへと移動する。何かあった場合離れすぎていると対処もままならないからだ。
「…………これは」
エルテがせっせとしゃがんで再び薬草を採っているのを視界に収めながらも、マトハルは思わず舌打ちをしかけていた。明らかに近づいてきている気配。一つや二つといった感じではないし、小さな唸り声もマトハルの耳は拾い上げていた。
向こうは既にこちらに気付いて獲物と見なしている。
対するこちらは気付いているのは自分だけ。エルテは唸り声も何も聞こえていないのだろう。せっせせっせと薬草をプチプチ引き抜いている。のんきな事だ。
「おい」
だがこのまま黙っているわけにもいかない。向こうが襲い掛かってきた時に悲鳴を上げられたら他の魔物もここにやってくる可能性はあるし、ましてやこちらが守ろうとしているにも関わらずそれを無視して手の届かない場所へ逃げようとした場合、助けられない可能性も出てくる。
「いいか、しばらくそこから動くなよ。絶対にだ」
声をかけた事でこちらを向いたエルテにそれだけを告げて武器を構える。
こちらが武器を構えた事でようやく今自分たちが置かれている現状に気付いたのだろう。
不安そうにきょろきょろと周囲を見回しているうちに――
グルルルルルル……!
低い唸り声は先程聞こえてきた以上に大きくなっていて、エルテもそれは聞こえたようだ。
音のした方へと視線を向けようとしたようだが、聞こえてくる範囲的にほぼ囲まれている。ほぼ、とマトハルが判断したのはやや薄い部分があるなと思ったからだ。
同時に思い出す。この辺りで出るとか言われてた魔物の事を。
あれは確か……赤狼だったか。数が多いから実力の足りていないギルダーであれば苦戦するし最悪死ぬだろうけれど、マトハルにとっては数が多いだけの雑魚。とはいえ、今回はエルテがいる。いくら回復魔法が使えるといっても本人が怪我をした場合、果たして魔法を発動させる事ができるかどうかは微妙だ。痛みで集中できず発動できないだとか、発動しても普段の威力が発揮されない、といった魔法使いは多々いる。
唸り声が複数聞こえ、カサ、と草を踏む音。
そろそろこちらに飛び掛かって来るのが出てきてもおかしくないな、と思ったと同時、予想通りに魔物の一部が吠え、姿を見せる。草むらから飛び出すようにして現れたのは――
「嘘だろ!? 黒狼!?」
思わず叫んだが、どうにか切り伏せる。最初に飛び掛かってきた奴は様子見、もしくはこちらの実力をはかるための存在だったようだ。他の個体がグルグルと喉から恐ろしい音を響かせながらじりじりと距離を詰めてくる。
赤狼であればただ数が多いだけの雑魚という認識だった。
しかし黒狼は、赤狼以上に強敵だ。本来あまり群れるはずのないそれらが、しかも今回は群れている。
四、五匹程度であればまだマトハル一人でも無傷で倒せる、とは思う。
しかし今見えるだけでもそれ以上いる。
エルテの回復魔法は無詠唱で発動できるという話だったから、こちらが盾になって即死さえ免れれば……とは思うがそんなじり貧の戦い方をして両者が無事のまま勝てる気もしない。
とんでもなくヤバい状況だな、と内心でどうにか現状を打破するべく色々考えを巡らせるも、いい案など浮かぶはずもない。打てる手段は少なく、また、対する敵の数が多すぎる。五体満足でなくとも生きて帰れればマシな方だ。
自分一人だけならどうにかなる……はずだ。
「おいエルテ、どうにか隙を見つけたらお前だけでも逃げろ」
つい先程動くなと言ったばかりだが、あっさりとそれを撤回する。赤狼であれば動くな、の指示で間違いなかったが黒狼の場合はそうもいかない。こちらの言葉をどう捉えたのか、エルテはカゴを手にすっと立ち上がる。
その動きも黒狼からすれば丁度いい合図のようなものだったのだろう。
何匹かの黒狼が飛び掛かって来る。
そして――
「ギャイン!?」
「え?」
マトハルが迎え撃つよりも早く、黒狼が吹っ飛んだ。




