とあるギルダーの悩み
ルーウェンとディットがギルドに所属しているのは、何て事はない。
今現在家の事はまだまだ両親が現役である事と、その現役当主様よりいくつかの依頼を出されたからだ。
家族間での頼み事と言えば聞こえはいいが、その頼みごとの大半がどうしてもギルドに所属しておいた方がスムーズにいくようなものばかりなのだから笑えない。
二人の実力的に自警団や騎士団に来ないか? と誘われる事もあったけれどあちらは国の機関である。いざという時の自由がきかない。家の事と、あとは自分たちがある程度自由に動ける事を考えるとどうしてもギルド一択となってしまう。
ギルドに所属している貴族というのは別に自分たちだけではないのでそこら辺に関してはなんとも思っていない。家を継ぐことのない貴族だとかは自分の食い扶持を稼ぐべくこういった組織に身を置く事もよくある話だ。
自警団や騎士団に入った方が稼ぎは安定しているけれど、どうにもあの空気が苦手だ、なんて言ってそこそこ自由の利くギルドに所属する者は実のところそれなりにいる。
ただ、いかにも貴族ですといったわかりやすい感じではないので大半が気付いていないだけだ。
ルーウェンとディットは服装からして貴族めいたものがあるので注目を集めているだけに過ぎない。
そんな二人は、家の者から渡された報告書を見てお互いに難しい顔をしていた。
リースラント家はそれなりに長く続く家であり、そして代々魔法使いを輩出していた。
かつては誰もが魔法を使う事ができていた、とは神話の一説でも記されていたようではあるが、今の世の中魔法が使えない人間も少なくはない。
とはいえ、魔力そのものが全くない、というわけではないので何らかのきっかけがあれば使えるかもしれない者、という潜在的な魔法使いというものは実はそれなりに存在している。
魔法を使う条件というのは単純に魔力量が多い事なのだが、大半の人間がその魔法を使える基準に満たない魔力しか持たない、というだけなのだ。とはいえその情報は近年研究されてようやく判明した事実に過ぎないが。
魔力そのものは生まれつきでこれ以上増えない、というものでもない。
増やす事は可能だ。とはいえ、何をどうすれば増えるのか、という明確な情報が少ない。精神的な鍛練をするにしても、必ずしも……とはならない。そのあたりに関してはまだまだ研究の余地しかなかった。
ただ、魔力が多い者同士での婚姻から子が生まれた場合、大半が魔力を多く持って生まれてくるらしい、というのもわかっている。
だからこそ代々魔法を使う事を生業としているような貴族であれば、政略結婚などでそういった相手を娶る事もある。
近年平民であってもただ魔力を持つだけではなく魔法を使える者がそこそこ出てくるようになったけれど、貴族と違い代々伝えられる知識などといったものは少ないからか、威力や制御といったものは甘い。だからこそ、魔法科で学ぶ者が多くいるという話でもあるのだが。
例え両親が魔法を使えずとも、何かの拍子に子が魔法を使う事ができる、というのもないわけではない。
先日ギルドに所属する事になったという新入りも、ある意味でそうだろう、となった。
一応それなりの家の出身なので、何らかの思惑を持って近づいてこない者がいないとも限らない。
だからこそ、ルーウェンはリースラント家の者を使い新入りについて身辺を調べさせた。
ディットは調べるよりも前に魔法が使える、という部分で目の色変えて近づこうとしていたが、あの後よくよく言い聞かせたのでこれからは落ち着いた行動を心がけてくれるはずだ。
とはいえ、調べさせた結果が何とも言えない代物である。
「……これは、その、何と言っていいか……」
「別の意味で問題しかないな」
書類に書かれた文字は何度見たって変わらない。
エルテ。
既に亡くなったがこの街の薬師であるリタの弟子のような存在。
薬を作る腕はリタにも劣らず最近じわじわと客が増えつつあるようだ。
どうやら他の村から来たらしい、という情報があってそちらも調べてみたが。
「これ、どっちの意味での弟子だったんですかね……」
「俺が知るか。どっちの、というよりはどっちも、だったかもしれないだろう」
「うーん、そうなら是非うちに欲しい人材ですね」
あまりにも軽い口調で言うディットに、どっちの意味でだ、と聞きかけてその質問は意味がないなと思い直す。
リタという薬師は実の所魔女である。
だからこそ、彼女の作る薬は効能が良い物が多かった。
そんな魔女が魔法を使える子供を引き取り面倒を見ていたというのだから、エルテという少年もまた魔女、というか魔法使いとしての素質はあるだろうと思える。
それは無詠唱で発動させた回復魔法からしても明らかだ。
とはいえエルテがこのウルガモットに来たのは一年程前の話だ。その短い期間でリタが魔法に関して教えられたかどうか、というのは少しばかり難しい。普通に薬の作り方だけを師事しただけの可能性の方が高い。
いかんせん、薬にしろ魔法にしろ外で大っぴらに教えるようなものではない。リタが経営していた店の中で、二人だけで交わされた会話までは流石に調べようがなかったのだから。
薬師として育てていただけにしても、そちらの腕前も良いので確かにディットの言う通り家に引き込める事ができれば両親の研究もいくつか捗りそうなものがあるし、欲しい人材という部分に関してはその通りではある。
どうにか家の者が調べてきた情報は、エルテが以前住んでいたらしき村についても纏められていた。
「……本人は回復魔法くらいしか使えないと言っていたが、それでも充分すぎるな」
「えぇ、まさか、ローズマリーが以前のエルテの身元を預かっていたとは……」
大魔女レーゼリナ。
そう呼ばれていた魔女に仕えていた弟子の一人がローズマリーであり、もう一人がリタであった。
二人は師を同じくした、身内であり時として好敵手でもあった。
まさかかの大魔女まで直接関わったりはしていないだろうけれど、大魔女の弟子でもあり一人前の魔女であったローズマリーとリタに面倒を見てもらっているという時点で、エルテが只者ではないと思うのも無理からぬ事だ。
というか、一部の魔法使いからすればその環境羨ましい、なんて言うようなものでもある。
何せ大魔女から直接教えを請うた魔女、そんな二人に育てられたも同然となれば……正直な話、彼が行く場所もなくこの先の身の振り方に困るような事にでもなれば、是非ともうちに養子に入らないか、なんて話を持っていく貴族だって出るかもしれない。
身分にそこまでこだわらないが魔法を使える子供が欲しい、なんていう家であれば、そしてそこに娘がいたならば政略結婚に持ち込む可能性もある。とはいえ、それもエルテの意思を無視してまで……などという強引な手段をとるような事はないだろう。
貴族や商家といったある程度身分だとか財産が欲しいといった政略結婚であればまだしも、エルテの身分は平民だ。そんな彼を無理矢理政略結婚させるとなると、問題しか出てこなくなる。
彼がどこかの貴族の養子に入ったのち、他の貴族の家に婿に入る、とか嫁をとる、というのであればそういうのはよくある話ではあるのだが。
けれども調べていくうちに、彼自身そこまで出世欲があるわけでもなさそうだというのがハッキリしてくる。
基本的に日々の暮らしがどうにかなればそれでいい、みたいな……というかむしろ本人がそう言っていたとの証言すらある。
では、いい暮らしさせてあげるからうちにこないか? なんていう貴族の勧誘があるのでは、とも思ったがどうやらそれも既にあったらしい。
家の者が調べた結果、それについてはお断りされたようだが。
曰く、学ぶべきものだとか、負うべき責任だとか自分の手に負えないくらいありそうだから、との事だ。
確かに貴族ともなればそれなりに学ぶべきことは出るし、その言い分は間違いではない。
身の丈に合った暮らしで日々を過ごしていきたい、というのが本人の意思であれば、無理に養子に、なんて真似をすれば問題しか出ないのは勧誘に行った家も理解はできているのだろう。ある程度の常識と良識を持ち合わせた家であれば、手出しはないと見るべきか。
問題はそういった相手の意思を無視して強引に話を進めなければ後がない、といった家がやらかす可能性だが……
それについては今の所問題ないだろうと思う。
「村以前の出自がわからないのは……これ以上調べようがないからなのか、それとも意図的に本人が情報を消したからか……」
「意図的に消すにしたって……その頃の彼、年齢いくつだと思ってるんですか。流石に無理があるのでは?」
ローズマリーが住んでいた村で彼が生活していたのは精々五年程。家の者がわざわざ調べに行ってその村の人間から得た情報から、彼が村にきたのは大体十歳くらいの頃。
ギルドで本人が申告していた年齢が十六なのだから、まぁ、そこは偽ってなどいないだろう。
「無理があるにしてもだ。相手はあの魔女の弟子だぞ」
「そうですけど……」
「いいか、下手な事しでかして魔女の後継かもしれん相手の怒りを買うような真似をすれば最悪それは怒りを買った本人だけじゃない。一族郎党にまで及ぶ。お前があいつを気にするのは構わないが、くれぐれも、下手な事はするなよ」
「考え過ぎだと思うんですけどねー」
「根拠は」
「勘」
「話にならんな」
あっけらかんと言ってのけたディットに、ルーウェンはこれみよがしに溜息を吐いてみせた。
「まぁ、心配せずとも。わたしだってちゃんと弁えてますよ。ご安心を」
「…………だと、いいんだがな」
恐らく今の時点ではエルテという少年は特にこちらを害そうというつもりもないのだろう。
けれども、ディットの態度次第でどう転ぶかわからない。
彼の経歴がもう少し、そこらの連中とそう変わらないくらいのものであればまだ、良かったのだが。
などとルーウェンが思ったところで、どうにかなるものでもない。
精々が内心で、余計な事をしてくれるなよ……とディットに対して思うのが関の山だった。