期待の新人
ウルガモット周辺にはまず森があり、そしてその近くに川もあり、山もある。自然に囲まれた、といえば聞こえはいいがそれはつまり魔物が多く生息しているという事でもある。
ウルガモットから近い位置で魔物が出る事は滅多にないが、森の少し奥へ足を踏み入れれば決して強くないとはいえ魔物と遭遇する事だってよくある話だ。
だからこそ、ウルガモットに暮らす大人たちは子供に外に行ってはいけませんと言い聞かせるし、ましてや森に行くにしても奥までは決して行かないようにと口を酸っぱくして言い含めている。
まぁ、それでも時折やんちゃな子供たちは冒険ごっこと称してこっそりウルガモットの外に出て森の中に入りこんだりするわけだが。
魔物が入り込まないように、と街の入口には門番が見張りをしているもののそれとて決して万全ではない。
それに、門以外の場所から脱出されてしまえば門番がいくら仕事をしていても……という話だ。
門以外の場所からの脱出、と言われるとなんだか簡単にウルガモットの街に侵入したり出ていったりできそう、と思われがちだが実際はそう簡単な話でもない。
ウルガモットに暮らすお子様たちの謎に高いポテンシャルについては今回特に関係がないので置いておくとしよう。
ウルガモットの外には森、そして川、山、とあって、そこから更に別の方角には沼だとか泉だとかはたまた洞窟だとかなんだか色々と存在している。
自然による資源なども豊富、と言えば聞こえはいいがその分魔物も多くいる。それらを根城にしている魔物たちが多くなると今度はそこからあぶれた魔物が他所の土地へ……なんていうのもあって、放置したままだといずれ街の方へやってこないとも限らない。
魔物からすれば人は脅威でもあるけれど、同時に餌にもなるものだ。
一人一人はそう強くもないし、動きもそこまで俊敏ともいえない。だからこそ、群れからはぐれたと思われるヒトを襲う魔物は多い。簡単に捕まえる事のできる餌を見逃すはずもないからだ。
けれども、人は集団で時として魔物たちの巣に攻め入る事もあるので油断のできないものでもあった。
知能の高い魔物はそこらへんの見極めが上手いのか、滅多に人前に出てくるような事もないけれど、それでも時として己の力こそが最強と思った個体に関しては人里付近へ現れる事もある。
あまり街の外に関して知らないのだ、と言ったエルテ少年にギルド長はウルガモット周辺の地図を見せて簡単な説明をしていた。
基本的に手伝いだけでいい、と言ったとはいえ街の外に出る依頼だってあるかもしれない。
そう遠くまで行く事もないだろうとは思ったけれど、もし魔物に襲われて逃げた先が全然知らない場所であるよりかは、大まかにでもどこに何があるかを知っている方が最終的にウルガモットへの生還できる可能性も上がるだろう。
そう思っての事だったが、思った以上にこのエルテという少年、外の世界を知らなさすぎた。
生まれてこのかた街から一歩も外に出た事がない、という者も確かにいるけれど、聞けば彼は以前別の村で暮らしていたというではないか。
その村の名前を聞いてみたが、エルテは「なんだったかな……」と呟いたっきりである。
少し前に自分が暮らしていた村の名前すら覚えてないとか大丈夫か……? という不安もあるが、けれどもこのエルテという少年の使う回復魔法の腕は確かだ。そこだけ見れば恐らくギルド一といってもいい。いや、もしかしたらこの街一番の、と言えるかもしれない。
何せこの少年、魔法を発動させる時に無詠唱なのだ。
魔法を発動させる際、いくつかの手段があるのだが多くは詠唱し発動させるものが主流だ。
とはいえ、戦いの最中にのんびり詠唱していられる余裕があるわけでもない。そういう時は仲間に時間を稼いでもらうだとかしないといけない。
主流、とはいうものの実の所はちょっと違う。
あくまでも魔法を習い始めた、もしくは使う事ができるようになった初心者がとる手段とでも言うべきだろうか。
そこからもう少し実力を身に着けた者たちに多いのが、無音詠唱というものだった。
こちらは声に出さずに自分の中だけで詠唱をして、そうして発動させるというものだ。
詠唱している事を周囲に知られにくくなるので、例えば賊などと戦う際にも隙を突く事が可能になる。詠唱をしている場合は誰が見てもこれから魔法を使いますよ、というのがわかるので場合によっては阻止される事もあるが、こちらは声に出さずに詠唱している状態なので積極的に魔法を阻止しよう、という妨害を受ける事は少なくなる。
とはいえ、声に出さずとも詠唱はするわけなので一度魔法を発動させた後、こいつ魔法を使えるぞ! とバレた場合は攻撃が集中する事もある。
相手からすればいつ発動するかわからないとはいうものの、声に出さずとも詠唱は必要なので連発して魔法を使う事はできないし、意識が途切れるなどすれば当然詠唱も中断されることになる。
声に出すか出さないかの違いだけで、威力だとかに変化があるわけでもない。
相手にとっての厄介さだとか、違いはその程度だろうか。
とはいえ、まだ魔法を覚えたばかりの者からすれば、自分の中だけで詠唱する、というのが案外難しいらしい。声に出して自分の耳でも確認できる通常詠唱であれば仮にどこかで詠唱を間違えたとしてもすぐに気付けるが、自分の中だけで詠唱する無音詠唱は最悪詠唱が間違っていたとしても自分が間違えて覚えていたとしてもそれをすぐさま指摘できる相手に気付かれる事もない。
その場合は最悪魔法が発動しないだとか、暴発するかのどちらかなので無音詠唱の場合は中々にスリリングでもあった。
そこから更に修練を積んだ者が辿り着くのが、短縮詠唱だ。
これは本来魔法を発動させる際に行う詠唱の中でも、更に色々な部分を削ぎ落し発動するのに最低限の部分だけを詠唱させて発動させるものだ。
声に出して行う場合であっても実力が足りていないものがやらかせば時として暴発し、また無音詠唱でそれをしてまかり間違って失敗した場合はタダでは済まないが、本来の魔法を発動させるよりも圧倒的に早く発動できるので戦闘においては便利ではあるし次から次に発動できるというのはそれだけ有利な状況に持ち込む事も可能になる。
失敗さえしなければ。
そこから更なる進化を遂げた者が扱えるのが、無詠唱だ。
魔法を発動させようと思った時点で既に発動している、くらいの最速での発動っぷりは他の追随を許さない。一つの魔法が発動したと思えば次の瞬間には更に他の魔法が発動、だけではない。
同時に複数の魔法が発動する事だって有り得る。本人の魔力量の限界にもよるが、下手をすれば相手は何の手出しもできないままやられる、なんて事もある。
そこまでの使い手は滅多にいないが、もし遭遇して敵対するような事になれば……大抵の者は遠慮したいと思う事だろう。
そんな、とても厄介極まりない使い手がこのエルテ少年だった。
とはいえ本人は攻撃系の魔法からきしなんで、と言っている。使えるのは回復魔法をちょっとだけ、との事だがそれでも無詠唱で発動できるというのは凄いの一言に尽きる。
実際手伝いとして既に何度かギルドに足を運んでいるが、その時に魔物退治の依頼から帰ってきたやつらの怪我を一瞬で治してみせたのはギルド長の記憶にも新しい。
治しましょうか? ん? おぉ頼むわ。はい治しましたよ。
質問からのやりとりから実際に怪我が治るまでの時間は僅か数秒程度だった。むしろ相手が頼むと言った時点で魔法が発動して治っていた。
あまりにも一瞬すぎて実はこいつら怪我してなかったんじゃないか……? みたいな感覚にすら見舞われた。
無詠唱に至るまでは、それこそかなりの修練を必要とすると言われているので彼くらいの年齢の少年がそれをやってのけるというのはまさに驚嘆する他ない。
彼が攻撃系の魔法まで使えるのであったなら、ギルドでは向かうところ敵なし、と言われたかもしれないし、自警団や騎士団でも実力でのし上がる事は可能だろう。
……騎士団に関しては身分というものもある程度必要とされているので、トップにのし上がるのは無理かもしれないが。
とはいえ、攻撃魔法が使えないといっても回復魔法だってこれだけ使えれば充分すぎる、とも思うが、それだけではなかった。
彼は、薬師として店をやっているがそちらの腕も素晴らしいものであったのだ。
かつてこの街で薬師をしていた者の一人、リタ、と呼ばれる者の弟子のようなもの、と言っていたが、この街の薬師の中でもリタと言えば凄腕と評判の薬師だった。その彼女から薬の作り方を教わり、更には彼女亡き後店を継ぐ事にしたようだが、事実薬の腕は彼女に勝るとも劣らない、と言えるもので。
いっそうち専属で働いちゃくれねぇかなぁ……とギルド長は思い始めていたが、彼は店メインでやってくつもりのようなので無理も言えない。あまりしつこくしすぎると、今日でお世話になりましたとか言い出してそのまま二度とこちらに近づかない、そんな雰囲気が凄くする。
正直ギルド長も悩みはしたのだ。
あまり彼に外の世界の事を教えたら、ある日ふらっと外の世界見てきます、とか言い出していなくなるのではないか……とも。けれども、そんなふわっとした理由で教えないわけにもいかない。
何かあって外に出て、そこで何らかの事情があってすぐに帰れなくとも。
それでも最終的にはこの街に戻ってこれるように。
ウルガモット周辺の事に関してはしっかりと教えておくべきなのだろう。
自分たちの都合で閉じ込めるような真似をするのはよろしくない。
ギルド長はそれをよく理解しているからこそ、彼がこの街周辺の地理とか全くわからない、と言った時に教えるべきだと思ったし直々に名乗りを上げた。
自分が、と言った時のエルテ少年の眼差しは「ギルド長暇なんですか?」と言ったものであったけれど。
とりあえず、今すぐじゃなくてもいいからせめていつかは、自分のこの思惑というか考えが少しでも伝わってくれればいいなと彼は思っている。それでちょっとでも恩に着てくれればなぁ、という打算も勿論含まれているのは言うまでもない。




