陸話 ポンプの普及に一工夫
おそくてすいません
こうして手押しポンプが完成した。
現在これを懇意にしている商人に見せている。
「どうだい?水汲みの大変さは皆骨身にしみてるからな、これなら皆喜ぶだろう?」
「本当に凄いものを作りなすったね。若様の知恵には脱帽ですよ」
そう言いながらポンプの動作を確かめているのは近江日野出身の商人日野屋藤兵衛である。
日野屋は我が旗本榊原家の初代からの付き合いで日野屋が江戸に店を出す事が出来る程の大店になったのは初代が色々と世話をしたからだそうでそれ以来家の御用商人をしているのである。
ぶっちゃけ我が家が最底辺旗本してるのに暮らしが貧しくないのはそのせいである。
藤兵衛はそこの跡継ぎで江戸の店を任されているやり手だ、俺とあまり変わらない歳なのに大した手腕の持ち主である。
俺も藤兵衛に色々と作った物を売って貰って小遣い稼ぎをさせてもらっている。
商取引だとお上からいちゃもんを付けられる可能性があるので冥加金という形ではあるが現金収入があるのは有り難い。
「こいつなんだが寺社を一枚噛ませた方がいいかもしれんな」
「そうなんですかい?」
首を傾げる藤兵衛に意味を教えてやる。
「こいつを模倣する奴らが現れる確率は高い、皆生活に欠かせないものだからな。粗悪な品を売りさばかれ買った奴らがお上に訴えたら厄介だ。寺社を噛ませておけば防波堤にもなるし町奉行も手が出せない。寺社奉行の管轄になるからな、儲けは減るが厄介事が減るなら結果安上がりだ」
「成程、本店の方に頼んで力のある寺社を当たって貰います。しかし若様はお侍にしておくには惜しい方ですな、いやこれは失言でした」
「気にするな、うちは吹けば飛ぶような底辺旗本、食ってく為には手広くやらんとな、どうせ小普請だ」
「成程、そう言えば紀州の商人が蜜柑と塩鮭で一山当てて材木を商いだしたのはお聞きになりましたか?」
「確か紀伊国屋文左衛門だったか、戯歌になってたな」
「稼いだ金でお上の偉いさんに伝手を作って材木を扱う許しを得たようですな」
「江戸は火事が多いからな、一火事有れば材木が飛ぶように売れる。いい目の付け所だな」
「商人仲間ではうらやむ声が多いですな、うちはそんな大博打はうてませんや」
「一か八かだな、堅実な商いの方が息が長く続くとは思うがな」
「違いありませんな、これからも若様には贔屓にしていただきたいものです」
「そりゃあ、こっちの台詞だ、これからもよしなに頼むぞ」
これでひと稼ぎできれば次に続けられるというものだ、初代の書には役立つものが色々有るけど開発には元手が掛かるんだよな。次はあれを手掛けて見たいものだ。
△
とりあえず一仕事(?)が済んだのでいつもの川に魚でも取りに行くことにする。いつものように投網を持って一投げすると、いつものように魚がそこそこ取れる。魚影が濃いのでやる気が出るね。
そう思っていると釣竿を持ったお侍が現れた、といってもこの時代金は無いが暇な武士は結構居るみたいでこのような場所で会うのはそう珍しいことでは無い。この場所に来る侍はほとんど顔見知りなのだがこの人は初対面だな。
「この場所は魚影は濃いですかね」
「そうですな、結構魚は居ますよ。釣るのであればあそこが良いでしょう」
俺は釣りをする時に使う場所を指さす。
「忝い、ここは初めてでしてな、相方(同僚)が良く釣れると言うので明番(休日)に来てみたのですよ」
身形からして中級旗本と言ったところか、大身旗本だと殆ど大名みたいなものだからこうして供も連れずに歩くわけないからな。まあこんな所で詮索するのは野暮というものだ。
魚影が濃いこともあって結構釣れていた。大喜びで礼を言いに来て世間話で盛り上がった。
「某は大岡忠右衛門と申す、貴殿は?」
大岡?どっかで聞いたような姓だが結構大岡姓もいるからなあ。
「拙者は榊原源三と申します」
「おお! それでは神君様の四天王の御一族でござったか!」
まあ、間違いでは無いんだけどね、超傍流だけど。
「まあ、末葉を汚しているだけですよ」
因みに、向こうは千九百二十石取りの旗本で歳もすこし上だがそういうことを気にさせない気さくな人物であった。
釣りの話から世間話に話が広がり今度将棋でも打とうという事になった。この時代は当然スマホやパソコンなど無いのでゲーム等も無く武士は囲碁や将棋位しか室内の遊びは無い。カルタやトランプの原型はあるみたいだがそのうち禁制になるみたいだから手を出さない方がいいな。リバーシなんか作ったら流行りそうだ。
釣りから帰ると由も来ていて美代と二人でポンプで水汲みをして喜んでいた。
そんなに汲まなくても十分汲んだろうにもったいないことをするんじゃない。
◇
半月して藤兵衛から本店が引きの強い寺社を後ろ盾に出来たと報せが来た。量産態勢も出来たらしく心太たち職人の手配も済んでおりデモンストレーションで置いたポンプに注目が集まり注文が殺到しているようだ。
冥加金がそこそこ期待できそうなので非常に嬉しい。婚礼に掛かる費用も馬鹿にならないし新居は無理でも離れでいいから新しい部屋が欲しい。
ほくほく顔で胸算用をしているとひょっこりと父上が顔を出した。最近は睦さんいや義母上と公認の仲になったので連れだって寺社参りや街歩きを楽しんでるようなのだが。
「源三、そろそろ書庫の虫干しをする季節になったぞ、人手も増えたから早めにやってしまおう」
「はい、父上準備します」
我が家に不釣り合いな蔵(中身は殆ど本)の虫干しは我が家の大事な行事だ、初代様が必ずするようにとしつこい位に言い残していたので小さい頃から手伝っている。
「由にも声かけて手伝わせるか、うちに来ることになったんだし」
由の所に出かける事にして家を出ると鳶が屋敷の上を鳴きながら輪を描いていた。
天下泰平だねえ。
なおこの小説はフィクションであり登場する人物・団体・組織等は完全な架空の存在です。
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