拾肆話 初出仕でやらかす(安定)
今日は初めての登城になる。今回は柳沢殿が案内してくれるそうだ。
なんか緊張するね。
「上様が御庭を見るという名目で庭に出られそこで番頭にお声を掛けると言う形になります。粗相のないように頼みます」
案内しながら柳沢殿が怖い事を言う。前世の知識では確か上様に勘気を被った家臣が多くいたような気がする、不安しかないね。
中奥の庭は非常に広い、流石上様が鑑賞するところだ、植え込みの傍に案内され片膝を立てて座る。
「今より上様が来られる」
柳沢殿が頭を低くするのを倣って頭を下げる。やがて足音が近づいてきて我々の前で止まった。
「両名とも面をあげよ、源三!ようきたな待って居ったぞ」
「はっ」
言われて面を上げるとにこやかな顔の上様が見えた、以前見たときよりも目が柔らかく見える。
「ここは表ではないゆえな、余り固くならずとも良い、其方にはその才を忌憚なく発揮して欲しい故な」
「身に余るお言葉でございます、出羽守殿にも申しておりますが全て我が家の祖のお陰であり非才の身ゆえ御期待に添えるかどうかは…」
「源三殿、上様も某も数ある書物の中より有用な物を見つけだし形にするのが容易でないことくらいは判り申す、それは源三殿の才に他なりませぬ」
柳沢殿はそう言ってくれるが単に本にある物をものにするのは簡単な奴は簡単だったんだけどなあ。
「其方の家祖はもっとも神君様の信を得た者であったようだ、本多上野介の横槍が無ければのう」
上様は残念そうに言うが実はそうではなかったんだよな。
「恐れながら、その件は我が祖が自ら望んでの事と判りましてございます」
「なんと、それは真か!」
「はっ、最近家祖の備忘録のような物を見つけまして読み進めているとそのような記述がございました」
そしてその時のやり取りを語るのであった。
〇
回想 駿河国駿府城内、大御所様寝所
大阪の陣で豊臣家に引導を渡した大御所徳川家康は体調を崩し臥せっていた。家康自身尋常でない様子に遂に自らの命数が尽きたことを悟った彼は江戸表より将軍秀忠を呼び最後の別れを考えていた。
そして傍らに置いていた側近、本多佐渡よりも内々に心を許していた榊原蔵人に声を掛ける。
「其方には大分に助けられたの、将軍家に申し上げてきっとその功に報いるようにさせようぞ」
「大御所様、某の事はお構いなく、この後は特に役目を付けること無きようにお願い申しあげます」
「なぜじゃ、其方の働き表には出ておらんが万石取りの大名にしても足らぬ筈じゃ」
「某はそうですな、松平忠輝殿を駿府にお呼びになるよう進言して勘気を被ったとでもして下され」
「馬鹿な!確かに忠輝は行状宜しからずいずれ改易にして蟄居させるつもりじゃが、そなたを連座させるなど有り得ぬ」
「大御所様、これよりは江戸表の上様が政をすべて行わねばなりませぬ、豊臣は滅びましたがまだ子飼いの恩顧の者もおり西国には力をそぐこと敵わなかった島津も居り申す、その為にはまだ本多親子の力が必要です。そして上野介は某を君側の奸と思い込んでおります。何度も大御所様からたしなめられてもその考えは変わりませんでした。このままではこの駿府が火種となり江戸の府も揺らぎかねませぬ。それに某の行ったことは今すぐに役立つものではありませぬ、数代先その時に必要となればその時の者を取り立てていただければ結構でございます。その時に備えて書付を認めていただければこの上もない喜び」
「其方は欲が無さすぎるの、出会ってからずっとそうじゃ、其方と初めて会ったのは…」
「姉川の戦の後でございましたな、三方ヶ原の前でございます」
「そんなになるか、まるで夢の様じゃの」
「某も、慣れぬ戦場では助けていただきました」
「ふふ、刀の使い方も知らぬ奇妙な者だと思ったわい」
「ははは申し訳ござらぬ」
「よかろう、其方の望みのままにしよう、いつか必要となった時出てくるように伝えて置けよ」
「御意」
〇
「そのような事が…」
流石にこれは上様も驚いたようだった。備忘録には神君様の認めた書が付いており{この書を持つものは必ず取り立てるように}という意味が書いてある。いわば{御取立て御免状}だ、まさか三通目の御免状があるなんて想像もしてなかった。もちろん上様や柳沢殿もだ。
「想像の斜め上を行くのう、じゃが数代後に必要となったらと言えば今がその時じゃ、其方も家祖の願いに答え幕府の為に尽くしてほしい」
「はっ、その儀に関しては間違うことなく相勤めさせていただきます」
「うむ、頼むぞ」
小姓が寄ってきて表で政務の時間になったらしく、上様は庭を離れた。
「ふう、其方と一緒だと驚きばかりで冷や汗がでるわい」
柳沢殿がぼやくが俺のせいじゃなくて初代のやらかしなんだがなあ。
「柳沢殿、それより白粉の件ですが」
「やはり鉛が良くないことが判っての、この度生産する事も、使う事も禁止すると言うお触れを出すことに決まった。すでに大奥では使用を止めておる」
「成程、ではこれをお勧めていただけませぬか」
懐から出した包みと書付を柳沢殿に渡す。
「これは?」
「鉛を使わない白粉でございます。すでに量産が出来るようになっております」
「な、なんと!」
「そして書付にはこの白粉の製法が記されております。これを白粉の生産者に幕府の命で広めていただきとうございます」
「なんと、製法を独占すれば良いではないか、其方の出入りの商人が大儲けできようが」
「確かにそれも手の一つでしょうが、今は害の無い白粉を一刻も早く広める事、禁令を出しても代わりが無ければ密造しても鉛入りを作り使いましょう。儲けよりも大事な事でございます」
源三は日野屋が独占して儲けては他の恨みを買って今後差しさわりが出ることを嫌い幕府を利用して一気に広めれば目立つ事なくそこそこ儲けることが出来るし、幕府も皆から感謝をされるだろうから丁度良いと思っていたが、柳沢吉保には彼が非常に高潔な人物だったのだと誤解した。そしてそれを上様に言上し上様の中では益々源三は株が上昇するのであった。
なおこの小説はフィクションであり登場する人物・団体・組織等は完全な架空の存在です。
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