拾弐話 御目見え(ドナドナ)
江戸城 中奥
「ふむ、それでその書の裏は取れたのか?」
「はっ、大奥等で使っている白粉に鉛白が入っているのを確認しております。鉛に毒が有るのは過去に戦で鉄砲傷を受けた折、弾が体に残ると体の不調を訴えやがて死に至ると伝わっております。もう少し調べて間違いなければ鉛白入りの白粉は作る事も売る事も禁止しなくては」
「真にな、だが受胎術の結果が出る前で良かったと思うべきか」
「また、大奥の御年寄が五月蠅いでしょうな」
「赤子の命に関わることだ、許されることではない、どうしても受け入れられぬのでは奥に置く必要はない」
「真に、そのとおりですな」
「しかし、旗本榊原家初代は神君様の覚えが目出度い者だったはず、でなければ御免状など渡すはずもない、なぜ今まで小普請でいたのだ?」
「恐らくは本多上野介が原因ではないでしょうか?目の敵にしていたようですので」
「確かにな、神君様がお隠れになった後に追いやったか、詰まらぬことをする、どれほどの損失だったのか」
「大火が無ければ紅葉山文庫に写しがあったので問題はなかったのでしょうが」
「そうも言っておれぬ、早々に召し出すように」
「承知仕りました」
◆
急に御目見えの話が来て日取りが決まった。そろそろと言うかずっと忘れられてたんじゃなかろうか。この時代小普請は留守居支配なのでなにか働きかけたのか親父に聞いたがなにもしていないとのこと。まあうちは役職に就かなくても見栄を張らないなら生活苦にはならないんだけどね。
ともかくお呼び出しを受けたら行かねばならない。親父の経験では沢山の旗本が広間に集められて上様に挨拶するだけのようなのでみんなと一緒に頭を下げて置けばいいしな。
流石に継ぎ当てのある裃は止めようか。
そして御目見えの日に登城すると何故か大岡殿が求馬と一緒に居た。
「おお、源三殿も御目見えですか、実は求馬の御目見えを願って居た所急に決まりましてな」
「そうですか、奇遇ですね。ですが本当にこの部屋でよろしいので?案内されたのですがどう見ても表ではないですよね」
「確かに、某が御目見えの時の間よりも奥になっております。いわゆる中奥になるかと思いますが」
「そんな事ってあるんですか?」
「いや、寡聞にしてそのような事はなかったような…」
困り顔で話す大岡殿と物珍し気に辺りを見回す求馬、やっぱお前大物になるよなあ。
からりと襖が開いて現れたのは旧知の人物。
「おお、揃われましたな。もうすぐ上様が御成になりますぞ」
「「柳沢殿!」」
慌てて上座の方に向き直って頭を下げる三人。
上座の襖が開く音がして畳を踏みしめる足音がする。
「遠慮はいらぬ、面を上げよ」
恐る恐る顔を上げると一段上の上座に座る眼光鋭い人物。顔は笑っているのだが鋭い目がそれを台無しにしている。そりゃ幕閣の老中、大老達が震え上がる訳だよな。
「榊原源三、そなたが弥太郎(柳沢房安の通称)に遣わした本、非常に素晴らしい物であった。弥太郎より知らされて受胎術も腕下秘伝の方も有用なのが分かり次第奥(大奥)で取り入れることとしたのじゃ。其方の働きには満足しておる」
「も、もったいないお言葉でございます」
緊張してこれを言うのが精いっぱいだよ。ただの御目見えだったはずなのにどうしてこうなった。
「それと大岡忠右衛門、弥太郎から源三の手助けをしておるとの事、真に神妙である。また嫡子求馬も出来者であると聞いておる。忠右衛門の跡取りとして励むのじゃぞ」
「「ははっ」」
「そなたらはこれからも弥太郎を佐て貰いたい、期待しておるぞ」
こう言って上様は退出していった。
上様、サプライズは無しにしてください。声に出さずそう愚痴った。
この後柳沢殿から今後のことについてお話があった。
「大岡殿は書院番として今後も務めて貰いたい。求馬は元服後召し出すこととなろう。そして源三殿は…上様が傍に置きたいとの事での小納戸を務めてもらおうと思って居る」
ええ!お勤めしなくちゃならないの! 楽しい小普請生活が~~
◆
あの後柳沢殿に小納戸を辞退するのは骨が折れた。大岡殿も小普請がいきなり小納戸なんて超出世コースに乗るのは目立ちすぎてよろしくないと説明してくれたが超出世コースの柳沢殿がなかなか理解してくれないので困った。
「柳沢殿は上様が館林公以来の御家中なので幕閣も何も申しませんが源三殿は代々小普請、妬みを受ける度合は半端ではござるまい。そうなれば上様の思いに反することになると思いますが」
忠右衛門殿の言葉に柳沢殿は困り顔となった。
「忠右衛門殿の懸念真に尤もなれど上様の御意向は源三殿を傍に置きたいと言う事であるからな」
「あの、差し出がましいようですが上様は源三様を小納戸にしたいと仰せでは無いのですね?では上様のお傍に居て、さほど妬まれない役に付ければ宜しいのではないでしょうか?」
話を黙って聞いていた求馬殿が口を開く、流石未来の大岡越前、見事な大岡裁きだ。
「それだ!上様の傍に居ても問題ない役目、無ければ作れば良いではないか、忠右衛門殿、其方の世継ぎは聡明でござるな、さっそく上様に言上申し上げよう!」
なんか解決したみたいだけど、結局、小普請は卒業しなきゃならないのね。
働きたくないでござる!
俺の心からの叫びは口にすることなく消えていったのであった。
なおこの小説はフィクションであり登場する人物・団体・組織等は完全な架空の存在です。
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