拾壱話 俺なんかやっちゃいました?(壱回目)
柳沢様のお屋敷に着いたら直ぐに客間に通された。ここものすごく高級な仕様になってるね。まさかと思うけど上様が御成する用じゃないよね。
「いや本当に榊原殿には最大級の御礼をせねばなりませぬ」
なんかものすごく感謝されたんですけど。
「受胎術を試したところ、染子と定子(正室)両方が身籠ってな、我が家では嬉しい悲鳴を挙げていた所なのだ」
「それはおめでとうございます。早速お役に立ててようございました」
「これは我が家だけではなく多くの家が救われる事となるでしょう。それだけの功績なのです」
「いやいや、某はただ写本を作っただけ。唐国の書を見出し訳した荻野の功績です。その功であの受胎術は荻野式と呼んだらどうかと思いますが」
「おお、良き御思案ですな、後世に名を千載まで残す。荻野も喜びましょう」
今後成り上がる柳沢が宣伝すれば荻野式受胎術は広まるだろう。子供に恵まれない夫婦に福音となるだろうな。そしてこいつを出せばさらに…
「実は書庫の蔵書を調べていましたらこれに関連して有用と思われる書を発見しました。写本を作りましたのでお役立てください」
持ってきた包みから写本を取り出して渡す。
「これは、いかなるものですか?腕下秘伝?」
「腕下と読むそうです、腕を使わず己の舌を使うのを生業とする一族、どうやら毒見役の一族が書き残したもののようです」
「毒見役!ではこれは毒の本ですか?」
「そうでもありますが少し違います。彼らはどうやらある者から依頼を受けてこの本を作ったようです。毒殺の為でなく毒に当たって死なない様に、特に生まれた赤子の為のようですな。奥付けに書いてありました」
「なんと、そのような物があるなどとは」
「この元となる物も荻野が伝えた受胎術のように唐の国から流れた者たちがこの国に伝えたようです、やはり後宮で秘蔵されていた物でしょう」
「ですが誰が腕下に依頼したのでしょう?」
柳沢殿の疑問は最もだ。
「我が初代が神君様が大阪城西の丸に居られた頃大阪城の書庫で見つけたとありました。恐らくはですがかの太閤秀吉が世継ぎを求めて集めたのでしょう、そして荻野の本もそこにあったそうです」
「では、秀頼は」
「おそらくこの本達が使われた成果でしょう」
「斯様に貴重な物が…」
「初代は写しを複数作り神君様に献上したとあります、紅葉山の書庫に収められていた筈ですが明暦の大火で失われたかも知れません」
「そうかも知れませんな……」
「これらが広まれば幼くして亡くなる赤子も少なくなりましょう」
「真に、真に…」
△
柳沢は源三が帰った後書斎に籠り腕下秘伝をむさぼるように読んだ。書かれていることは全くの未知の知識、だが彼は内容がすべて正しいのだと感じた。先に読んだ荻野の受胎術の本同様に源三がこの内容を試さないはずがない。その上で自分の所に持ってきたのだ。彼はそう確信した。
「先の受胎術同様上様にお見せせねばなるまい」
大奥で受胎術は大奥の年寄の反対もあり中々進まなかったが、柳沢の家で染子と中々子の出来なかった正室定子が懐妊したのを機に将軍の命を受けて始まったばかりである。そこに来てこの腕下秘伝があれば盤石の体制が生まれるであろう。
「上様は世継ぎを切望されている。臣として何としても叶えられるようにしなくては」
その日遅くまで書斎の灯りは絶えることが無かった。
△
いやー腕下秘伝、柳沢殿が食い入るようにしていたね。気持ちは判る。我が子が無事に育つかどうかだからね。
とはいえ腕下なんて変わった姓だね。豊臣家の毒見役だったのかな?あの2つの書があったから秀頼が晩年生まれて健やかに育ったんだな。結局豊臣は滅んだんで無駄になったけど。あの書物が大奥に伝わらなかったのは家康は子沢山だから必要無かったろうし三代将軍家光も子供が複数いたから必要を感じなかったんだろうな。
それで明暦の大火で江戸城も燃えて失われたんだろうな。もしあったら家綱の子が将軍を継いで綱吉の出番が無くなっていたかも知れない。ホント運命はわかんないものだな。
そういえば日野屋がやっと鉛を使わない白粉が出来たと言ってきてたな。鉛白の入った白粉は重篤な鉛中毒を招くこととなる。大奥では乳母が体に使った白粉を摂取した乳児が鉛中毒となり夭折したり流産等も起きていたろうな。後白粉を多用する職業に就いている人たちが中毒で死んでいる。
戦も無くなったのに平均寿命が短いなんて嫌だねえ。これからも役に立つ書物を発掘して楽しい旗本ライフを送らなきゃね。
源三は知らなかった。この二冊の書物が大変な反響を呼び、その余波が自分に降りかかってくることを。
彼はやっちまったのである。




