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「お嬢様、舞踏会の招待状が届きました」

「そう。開催者は?」

「国王陛下です」


目線は手元の手紙へ落としたままジャスパーの報告を聞いていたラピスだったが、彼の言葉にピクリと小さく肩を震わせる。


「・・・つまり、ミコト様のお披露目の日ということね」

「そうでしょうね。ラピス様のエスコートにはジェット様が指名されています」

「わかったわ」


婚約者ではなくその弟である第二王子のジェットがエスコートにつくということは、セドニーはミコトのエスコートになるということだろう。

いよいよ、この時が来たのか。

思ったよりも冷静にラピスはこの事態を受け止めていた。

これまでミコトが公の場に出たのは一度のみ。一通りのマナーを覚え、社交界に出るまでに成長したのだろう。

ジャスパーから受け取った招待状によると社交界デビューを迎える彼女をサポートできる人材ということでセドニーがエスコート役になると弁明のように書かれていたが、それを言葉通りに受け取るほどラピスも愚かではない。

ミコトのお披露目とともに、セドニーとの仲を公的にしようという思惑があるのだろう。それならば早くにラピスとの婚約を破棄すればいいのに。王家の考えることは分からない。


「ジャスパー。近いうちに馴染みの商会から人を呼んでちょうだい。ドレスや装飾品を一式新調するわ」

「かしこまりましたが、珍しいですね」


男性だからだろうか。コーラルならばすぐに察しただろうが、ジャスパーにはその意味が通じなかったらしい。ラピスは小さく自嘲の笑みを浮かべる。


「エスコートがセドニー様ではないのに、贈り物を身につけるわけにはいかないでしょう?」

「・・・申し訳ありません」

「大丈夫よ。一応父の許可が必要かしら。それとも母のお下がりでもあるかしら」

「確認いたします」

「お願いね」


セドニーはまめな婚約者だった。

普段来訪の際の手土産の持参もさることながら、ネックレスやピアス、ブレスレットといったアクセサリーをたびたび用意してくれた。ここ数年ラピスは彼からの贈り物しか身につけていないくらいだ。

もちろんラピスからも自ら刺繍を施したハンカチや懐中時計など彼に見合ったお返しをしている。セドニーは毎回うれしそうにそれらを受け取ってくれた。

ラピス自身はそれほど華美な装いは好まないが、セレナイト公爵家の娘でありながら国王主催の舞踏会で質素な格好をするわけにはいかない。以前身につけていた古い服もありえない。普段ラピスに無関心で、体裁さえ守られれば何も言わない父親もその辺の事情は分かっているはずだ。多少の散財をしたところで用途が分かれば咎められないだろう。

そこまで考えたところでふと思い出し、ラピスはジャスパーへ追加の要望を告げる。


「ああ、それと、舞踏会用とは別にドレスが必要だから、一緒に買ってしまいたいわ」

「それは普段使いということですか?」

「いいえ。新しい婚約者とお会いする時の服装よ」


ジャスパーの目が大きく見開かれる。冷静沈着な彼の珍しい表情にラピスは思わず笑みを深める。


「昨日、父から手紙が届いたでしょう? まだ候補ですけれど、次の婚約者を見つけたのですって」


まだラピスはセドニーの婚約者なのだから不義理な行動だが、時間を置いてしまってはより相手が見つけづらく、嫁ぎ先がなくなってしまう。婚約が破棄され次第話を急速に進めるつもりなのだろう。

コーラルには早速次の婚約者の家柄や住居の土地柄などを調べるよう資料を探してもらっている。


「お相手はどなたなのですか」

「外国の方よ。弟の、ギベオンの留学先の国で宰相をなさっているそうよ」

「宰相となると、その、年上なのではないですか?」

「ええ。お父様と同じ年だと書いてあったわね。私は第三夫人になるそうよ。あそこは一夫多妻制だから」

「なっ!?」


絶句するジャスパー。双子の妹と全く同じ反応だったことを思い出し、ラピスはくすくすと笑う。


「笑い事ですか! お嬢様はそれでいいのですか?」

「私に選択権はないの。良い悪いではないわ。それに、この国に留まるよりもいいと思うの」


生涯にわたってセドニーとミコトの姿を見続けなければいけないのは苦痛だ。公爵令嬢のラピスの嫁ぎ先を国内で考えると相手もそれなりの地位を求められる。となれば、当然のように将来国王と王妃になる二人との交流は他貴族に比べて多い方だろう。それならば他国に逃げた方がいい。

ただ、正直なところ、実感が湧かないというのが真実なのかもしれない。

どことなく他人事としてラピスは急遽決まりつつある己の将来を受け入れていた。


「お嬢様は、もっと我が儘になっていいはずです」

「コーラルにも同じことを言われたわ。さすが双子ね」

「ふざけないでください」


昨日のコーラルは大変だった。婚約者の話にその赤い髪が本当に燃えていると錯覚させるほど憤り、しばらくすると号泣してしまった。「なんでお嬢様がこんな目に」と涙を流す姿に胸が温かくなったのはここだけの話だ。今朝のコーラルは瞳がパンパンに腫れていて、とてもじゃないがラピスの侍女はできそうになかった。資料探しは口実で、一人ゆっくりと休んで冷静になってもらう思惑があった。


「ジャスパーもコーラルも、そんな悲観しないでちょうだい。親子ほど年の離れた夫婦なんて貴族では珍しくもないでしょう。確かによくない噂を聞くご夫婦はあるけれど、円満な家庭だって同じくらい、それ以上にあるはずよ。それに、私の両親は同じ年なのにあの状態よ? 年齢なんて関係ないわ」

「確かに、そうですけども」

「まだお会いしたこともないんですもの。これからどうなるかなんて何も分からないわ。でも、確かなのは、ジャスパー、あなたとはお別れになるということね」

「どうしてですか!?」

「コーラルは私の侍女だからついてきてくれるでしょうけれど、あなたは違うわ。お父様がお許しにならないでしょう。だから、いつかはまだ分からないけれど、お別れがくるその日まで、我が儘をたくさんいってみせるから、かなえてちょうだいね」


ラピスは茶目っ気たっぷりに笑ってみせるが、ジャスパーは険しい顔をしている。この兄妹は優秀だが情に厚すぎる。だからこそ信頼しているのだが。

次になんと声をかけよう。それにしてもまるでラピスではなく彼自身が政略結婚させられるかのような反応だとラピスが暢気に考えていたところで、ジャスパーがゆっくりと彼女へと近付いていく。

普段の彼は執事として、異性として、ラピスと一定の距離を保っていた。そんな彼が椅子に腰掛けるラピスの目の前に立ち、その手を取る。セドニーの顔に似合わぬ剣ダコのできた無骨な手とはまた違う、長くて大きい包み込むような手の感触。


「ジャスパー?」

「ラピス様」

「どうしたの? そんな真剣な表情で」

「私と共に、逃げませんか?」


ラピスは大きく目を見開いた。

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