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「こちら、前に話した俺の婚約者のラピスだ」


なんて紹介をしているんだ。

ラピスは本音を隠して微笑みながら一礼した。

翌日早々にミコトと面会することになったラピスだが、将来結ばれるであろう相手に婚約者として紹介されるとは思っていなかった。セドニーはこれほど空気の読めない人間ではないはずなのだが、恋愛に関してはいろいろと鈍くなるのかもしれない。

ミコトは以前謁見の間で見た時と同様短いスカートのこちらの世界ではなじみのない服装をしていた。ラピスをちらりと見て小さく会釈をした後不機嫌そうに視線を逸らす。

事前に聞いたところによると、食事もままならず、この世界についてやマナーについてなど教えようにも部屋から出ようとしないらしい。今もラピスとセドニーが彼女の部屋に入ることで面会ができている状態だ。本来ならば未婚の女性の自室に他者が入るなどありえないことだが、そうでもしなければ会えないのだから仕方がない。異世界の人間ということでルールが違うのだと大目に見られている面があった。

手足があらわになった服装のせいでこの一週間ほどで痩せてしまったのがよく分かる。セドニーがなりふり構わずラピスに助けを求めたのも納得の痩せ具合だ。顔色も悪い。


「初めまして、ミコト様。私はラピス・セレナイトと申します。体調が優れないようですが、何か軽い食べ物を用意させましょうか?」

「いらない」

「ですが、少しは何か食べないと」

「いらないってば! それより私を元のところに帰してよ!」

「それはできません」

「みんなして同じことばっか! はやく、はやく帰りたいのに」


涙を滲ませ唇を震わせるミコトだが、不可能なものは不可能なのだ。いい加減あきらめてもらわないといけない。ラピスは小さく長く息を吐いてから口を開く。


「帰る方法はありません」

「うそっ!」

「あるのかもしれませんが、今の技術力では不可能に近いのです」

「でも、この世界には魔法があるんでしょう? 何でもできるんじゃないの?」

「魔法は万能ではありません。それに、仮に帰る方法があるとして、どう対価を払うおつもりですか?」

「え?」


ミコトがきょとんとした顔をしてラピスを見上げる。同い年だというが、幼い子供のように見えた。


「魔法を扱える魔術師はごく選ばれた人間です。そして異世界への道を作るまでの実力者となると最高位の魔術師でしょう。当然、高額な賃金が支払われています。ミコト様は身一つでこちらに来られたと聞きます。仕事に見合った支払いができますか? それとも、まさか報酬なしに働いてもらおうとお考えですか?」

「それ、は」


考えもしなかったようだ。ただ帰りたいという要望を訴えていただけで、その先のことを想像もしていなかったのかもしれない。急に異世界にとばされて、冷静な状況判断などできないのだろう。ショックを受けた様子のミコトにラピスはさらに畳みかける。


「そもそも、私たちがミコト様を呼び寄せたわけではありません。異世界からの迷い子を保護しただけにすぎません。見捨てることもできたのに、無償で衣食住を提供しているのですから、感謝こそされど不満を言われる筋合いはないと思います」

「じゃあ、どうしろっていうの!?」

「とにかく今は現実を受け入れ体調を回復すべきでしょう。この世界でミコト様にできることが必ずあるはずです。年月が経てば帰る道も示されるかもしれません。ここで餓死しては元も子もないのではないでしょうか?」

「・・・・・・」

「コーラル、何か胃に優しい物、そうね果物か何かを持ってきて差し上げて」

「はい、かしこまりました」


黙り込んでしまったミコトを余所にラピスは背後を振り返りコーラルに話しかける。ラピスの侍女として何度も城に訪れたことのある彼女ならば厨房の場所も分かるはずだ。

ふと、隣で一言も話さず半ば空気となっていたセドニーに視線を移すと、彼は何故か声を出さずに笑っていた。


「セドニー様?」

「ああ、さすがラピ。俺たちがいいにくいこともはっきりと言葉にしてくれるから助かる」


正論が過ぎる。言葉を選べとはよくいわれている。このせいで氷のようだ鉄のようだと影でいわれているのも知っている。なので普段はもっと言葉を選び、心の中で留めておく意見も多い。

しかし、己の居場所を簡単に奪っていくであろう少女に対し優しくできるほどラピスはできた人間ではない。セドニーに幻滅されようともはや関係のない話だ。

だが、楽しそうに微笑まれるのは予想外で困惑する。


「・・・わたしは、ただ、かえりたいだけなのに」


ぽつりとこぼれた、震え声。振り返ればミコトがぼろぼろと涙を流していた。


「いきなり、目が覚めたらこんなところにいて、私が何をしたっていうの!? ごはんはおいしくないし何がなんだかわかんないし、もう、やだ。何で私が責められなくちゃいけないの。私だって、好きでこんなところにいるわけじゃないのに」


ミコトの涙は止まらない。ラピスはいじめをしているような後味の悪い気分になった。

確かにミコトを呼び寄せた訳じゃない。けれどそれと同様に、ミコトも自らの意思でこの場にいるわけではない。

ミコトはラピスと同じ十七歳。一般的に十七歳は社交界デビューこそ済ませているがまだ親の保護下にいる年齢。きっと、彼女が生まれ育った世界でもそうなのだろう。たった一人、未知の世界に放り出されたこの少女の疎外感と孤独感は計り知れない。

ラピスとしては間違ったことをいった認識はないが、言い過ぎたという自覚はある。いたたまれなさにミコトに近づきハンカチを差しだした。


「申し訳ございません。一方的に話してしまって。今度は、ミコト様が話す番です。不安でも不満でも、なんでもお話ください。私たちは聞き役に徹しますので。そちらの椅子にかけてゆっくり話しましょう」


ミコトはハンカチを受け取って涙を拭いながらこくりとうなずいた。

できた侍女のコーラルは果物と共に紅茶も用意してくれたため、テーブルにそれらを並べてつまみながらミコトの話を聞くことにした。

しばらくぐすぐすと鼻を鳴らしていたミコトだったが、やがて両手でカップを包み込みちびちびと紅茶を飲みながらぽつりぽつりと感情を吐露し始めた。

マナー違反だとか行儀が悪いとかは今は無礼講だ。

本当は、分かっていたらしい。

自分が元に戻れないことを。


「私、車に轢かれたの。痛かったのもちゃんと覚えてる。たぶん、元の世界の私は死んじゃってる。でも、認めたくなかった」


なんでもない、平凡な生活を送っていたという。ガッコウにいって、友達と遊んで。どこのダイガクにいこうか親や友達と話し合って、未来を語り合っていたところだったそうだ。その未来が永遠にやってこないことがどうしても受け止めきれなくて、慣れない生活にストレスがたまり、眠れない日々が続いていた。身体的にも精神的にも限界が近かったのだ。


「それに、ね」


ミコトが言いづらそうに視線を逸らす。


「正直、ここの料理、好みじゃないんだ。私、料理が趣味で、どうせだったら自分で作りたいとか思っちゃって、なんかもう我慢できなくなっちゃって」


もちろんミコトに出す料理は城の料理長が手がけた一流の物だ。しかし好みが合わないとなるとどうしようもない。国一番の腕前を自負している料理長だけあって、プライドが高く気むずかしい性格で、ミコトの正直な感想を告げれば反感を買ってしまいそうだ。


「うーん。うちの料理長、部外者が厨房に入るのを嫌っているからな。いくらミコトでも城で料理っていうのは難しいかもしれない」


国王の命令で強制するのは簡単だが、個人の意思を重んじているセドニーは気が引けるだろう。だがこのままではミコトの食は進まないままだ。今用意した果物ならば素材の味そのものなので口に運べているようだが、果物だけでは栄養が偏ってしまう。


「では、私の屋敷ではいかがでしょう?」

「へ?」

「うちならば家人は私くらいですし、料理長にも融通が利きます。護衛の者は必要ですが近くの市場へ買い出しにいくのもいいかもしれません」

「ああ、確かに、ラピの家は内情といい立地といい都合がいいな。住居を移すわけにはいかないが、何度か訪問するくらいは問題ないだろう」

「いいの?」

「許可をいただければ」

「すぐにでももらってくるさ」

「ありがとう!」


ミコトが目を見開いてぱあっと花が咲くように笑った。初めて見る笑顔に可愛らしいなとラピスは素直に思った。

目を引くような絶世の美女ではない。けれど、彼女の笑顔には周囲の空気を和らげ華やかにする力があるように思った。

最初は、本当にセドニーとミコトは惹かれ合うのだろうかと心の片隅で疑っていた。ミコトの言動は幼稚で、王妃としての器があるように見えなかった。セドニーは保護欲をかき立てる、いわく守ってあげたくなるような女性が好みだったのだろうかと思ったくらいだ。

だが、それは正気じゃなかったから。

素の彼女はどんな人間なのか、興味が湧いた。

己を蹴落とす相手として、セドニーの相手として、王妃としてふさわしい人間なのか、自分の目で見極めたい。

運命の相手が現れたから仕方がないとすんなり譲れるほどラピスの胸に巣くう気持ちは簡単な感情じゃない。

ラピスの意思など関係なく周りは動いていく。ならば、ラピスだって行動を起こしたい。

綺麗にこの恋が終わるのならば。

何も知らないミコトは無邪気に笑う。セドニーはそんな彼女を微笑ましげに見つめている。

運命は、動き出している。

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