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「お嬢様、紅茶を用意しましたので、休憩しませんか?」

「・・・そうね、ありがとう」


コーラルから声がかかり、ラピスは読んでいた本にしおりを挟み閉じる。

コーラルはラピスの最も信頼する侍女だ。彼女の母親がラピスの乳母だったこともあり、家族のように親しく、頼りになる姉のような存在だった。


「あまりページが進んでいないようですが、どうかなさいましたか?」


長いつきあいのコーラルを相手に自分を偽るのは難しい。ラピスは苦笑する。


「大丈夫よ。ただ、今の私に必要なものかしらと思ってしまっただけだから」

「お嬢様・・・」


ラピスが今読んでいる本は、ゼオライト王国の各地方に関する歴史書だ。第一王子の婚約者としてなら必修ともいうべき内容だが、今のラピスに必要かというと首を傾げざるを得ない。

ミコトと国王が面会してから一週間が経過した。

あれからすぐにラピスとセドニーの婚約破棄の手続きが行われるのだとばかり思っていたが、未だ二人は婚約したままだ。ラピスの父親である公爵に気を遣っているのか、セドニーとミコトが結ばれるまでの様子見なのか、はたまた別の思惑があるのか。ラピス本人には何の話しも来ないのだから邪推しかできない。


「お父様は大変ね。私の嫁ぎ先をこれから探すなんて」


幼い頃からセドニーの婚約者だったラピス。立ち位置としては一度離縁された女性と同等だろう。そんな彼女とわざわざ結婚しようという相手が国内にいるとすれば金銭目当てくらいに違いない。


「おそらく、私は国外に行くことになるでしょうね。せめて少しは言葉の分かる隣国だといいのだけれど。コーラル、その時はついてきてくれるかしら?」

「もちろんですよ。一生お嬢様についていきます。もしも私を置いていったら許しませんよ」

「ふふ、ありがとう。本当はジャスパーにもついてきてほしいのだけれど、難しいわよね」

「そうですね。お嬢様に頼まれればついてくるでしょうけど、妹としてはこのままこの屋敷に残っていて欲しいです」

「ええ、分かっているわ」


ジャスパーはコーラルの双子の兄で、執事をしている。次期セレナイト家当主の専属執事といわれている彼を引き抜くのは父親が許さないだろう。


「それにしても、セドニー殿下は見る目がないですね。お嬢様ほどいい伴侶はいないでしょうに」

「コーラル、そんなことをいうものじゃないわ。不敬罪で捕まるわよ。それに、私なんてたいしたことないもの。仕方ないわ」

「そんなことおっしゃらないでください。それに、まだ分からないではないですか。セドニー殿下がミコト様を好きになるとは限りませんよ」

「でも、二人が結ばれるのは運命なのよ。王族と異世界の人間は自然と惹かれ合うものなのだから。コーラルだって分かっているでしょう?」

「そんなもの、お伽噺です」

「でも、繰り返されてきた歴史よ。それに、ミコト様を差し置いて私が王妃だなんて、周りが認めないわ」


コーラルが押し黙った。

偶然も繰り返されれば必然となる。

国王はあの場でミコトにセドニーを紹介した。国王がセドニーとミコトの婚姻を望んでいることが公の場で明らかとなった。ラピスは幼少期に利害関係のみで決められた婚約者。ラピスを次期王妃に推薦する者はいないだろう。


「貴族の結婚は損得勘定よ。恋愛感情はおろか、信頼すらいらないかもしれない。だから、仕方がないことなの。悲しくも何ともないわ」

「お嬢様、言葉と声が一致していませんよ。私にくらい、本音で話したっていいではないですか。・・・好きだったのでしょう、殿下のことが」


今度押し黙るのはラピスの方だった。

ずっと、彼を見てきた。

公的な場の畏まった姿も、プライベートのくだけた姿も、すべて見てきた。

好きだった。

大好きだった。

理屈じゃなかった。

でも、これはすべて、過去にすべき想い。


「どうして、あの方の隣にいるのが当たり前だなんて思えていたのでしょうね。こんなにもあっけなく、終わってしまうというのに」

「お嬢様、私はお嬢様の味方ですよ。本当ならば次お会いしたら殿下を殴りたいところですが、お側にいられなくなってしまうので我慢します」

「ふふ、思い直してくれてよかったわ」


コーラルがいてくれてよかった。胸の内に留めておくのは辛かった。

吐き出すことで、少し、楽になる。

ラピスは小さく微笑んだ。


その時、コンコン、と部屋の扉がノックされる。

コーラルがラピスとアイコンタクトをとった後に扉を開けると、彼女と同じ、燃えるように波打つ赤毛の青年が入ってくる。彼女の双子の兄のジャスパーだ。


「失礼します。お嬢様、ご来客です」

「今日は何の予定もないはずよ。約束もしないで会いに来るなんて失礼な方、追い返すべきでしょう」


曲がりなりにも公爵家の長女で一応第一王子の婚約者だ。約束もなしに面会を許されるような軽んじられる存在ではない。コーラルの指摘はもっともだ。それはジャスパーとて理解しているだろうに、彼はため息と共に頭を振る。


「さすがに自分の一存で決められません」

「どなたがいらっしゃったの?」


コーラルと同じく家族同然に育ち、はっきりと物申してくるジャスパーにしては歯切れが悪い。不思議に思ったラピスが尋ねると、ジャスパーが彼らしくなく視線を逸らす。


「・・・セドニー殿下です」


ラピスは目を見開いた。

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