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「早く、私を元の世界に帰してください」
気の強い女性だ。
それが、ラピスのミコトに対する第一印象だった。
謁見の間の中央に佇む彼女は、目の前の段差の先、玉座に腰掛ける国王を見上げ、声は少し震えていたがはっきりと主張した。
国王の左隣には彼の妻である王妃、右隣にはラピスの婚約者で第一王子のセドニーとその弟で第二王子のジェットが控えている。さらに壁際には貴族がずらりと並ぶ。その壁際の一人がラピスだ。これだけの大人数に囲まれていてはさぞかし居心地が悪いだろう。ただでさえ彼女にとってここは異世界の全く知らない場所なのだから。
それなのに、彼女は毅然としている。勇ましさまで感じるくらいだ。
服装の効果もあるのかもしれない。
女性は踝ですら露見するとはしたないとされるのに、少女は踝どころか膝まで見え隠れするスカートをはいている。さらにその黒髪は肩口で切りそろえられていて、長い髪を結い上げるのが当たり前のこの国ではひときわ目を引いた。一目で異世界の人間と分かったのはこの出で立ちのせいだろう。
年嵩の者が一部眉を顰めているのも納得の姿だ。もしもラピスが同じ格好をすればはしたないどころか王子の相手にふさわしくないと即刻婚約破棄されても文句は言えないだろう。格好云々関係なく婚約破棄は時間の問題なのだが。
セドニーはじっとミコトのことを見つめている。その表情は読めない。
異世界の少女と王子はどのように惹かれ合うのだろう。
一目惚れなのだろうか。
時間と共に愛が育まれていくのだろうか。
ラピスは生まれた時から、いや、もしかすると母の胎内にいた時から、セドニーと結婚することは決まっていた。
当たり前のように、隣にいると思っていた。
けれど、今この瞬間、もう彼の心はラピスにないのかもしれない。
ラピスは社交的な笑みを浮かべながら誰にも気付かれないように手に力を込めた。
この間にもミコトは国王をまっすぐに見上げている。睨みつけているといっても過言ではないくらい目に力が入っていた。
しかし、それに動じるようでは国のトップに立てない。国王はミコトを見下ろし、ゆっくりと頭を振った。
「誠に残念だが、あなたを元の世界に帰すことはできない」
「どうして!」
「申し訳ない」
国王が頭を下げる。国の最高権力者のへりくだった様子にさすがにそれ以上意見を言う気にはなれなかったのか、ミコトはうつむいて唇を噛みしめる。
国王の言葉に嘘はない。時空の歪みの発生条件は未だ解明できていない。そう簡単に生まれるものでもない。
ミコトはもうよほどの奇跡がない限りこの世界で生きるしか道がないのだ。
「その代わり、衣食住、その他生活の保証はしよう。こちらの世界、国について知識も授けよう。この隣の我が息子、セドニーはミコト殿と同じ年だ。何でも相談するといい」
さりげなくセドニーのことを紹介するあたり、やはり王としても第一王子のセドニーとミコトを結ばせたいのだという思惑が見え隠れする。婚約者の父親として多少なりとも交流があり、友好的な関係を築けていたはずだが、ずいぶんあっけないものだ。
だが、それもしかたがない。
ラピスは公爵の娘でしかない。父親は権力者で国王の従兄弟にあたり、母親も隣国の王族の血筋だが、ラピス自身の地位はない。
セドニーの相手に恥じぬようマナーや知識を身につけ、社交の場もそつなくこなし努力を重ねてきたが、そんなものは次期王妃になるために当たり前に求められる素養でしかない。
ラピスに付加価値はないのだ。
息子によりよい縁談をと考えるのは当然のことだ。父親としても、国王としても。
ふう、と隣でラピスの父親であるセレナイト公爵が息を吐いたのを感じる。娘のこれからについて頭を悩ませることになるのだろう。
目の前で、国王がミコトのこれからについて説明している。ラピスでも面識のある有能な王室のメイドが彼女につくそうだ。そして、教育係はセドニーと同じ家庭教師。住む場所は王城の一室になるという。
すでに彼女を王族の一員と認めるかのような好待遇だ。
そんなことを考えながら国王の話を拝聴していると、ふと、セドニーと目があった。王妃そっくりの碧眼は、こちらの全てを見通しそうなほど透き通って見える。しかし、すぐにそらされた。
その視線の意味はなんだろう。
そこに込められた思いを読みとるのも虚しい。ラピスは胸の痛みに気付かないふりをした。