優しい犬のはなし
これは私がこどものころに、近所のおばさんというか、おばあさんに聞いた話です。子供の頃にきいたはなしなので、しょうしょう、うろおぼえのところもありますが、昭和の、まだ、日本にもにんじょう、というものが、のこっていたころの、おはなしです。うちのきんじょのおばさん、というかおばあさんは、ちよおばさんとよばれていました。なぜかというと、そのまんまで、ちよさんというなまえだったからです。ちよさんがこどものころには、おちよさんとよばれていたそうです。これもそのまんまですね。おちよさんがこどものころ、おちよちゃんのころに、いぬをかっていました。とてもかわいくてやさしいしばけんでした。しばけんなのか、しばいぬ、なのか、正式にはしばいぬ、だそうなので、いご、しばいぬとよぶことにしますが、リキという名前のしばいぬをかっていたそうです。とてもゆうかんで、やさしいイヌだった。おちよさんのごりょうしんは熱心なキリスト教徒で、毎週日曜日には教会にかよっていたのですが、リキも一緒についていって、教会の入り口で、神様のおはなしをいつも、いっしょにきいていたそうです。、、、さて、おちよさんのきんじょに、みよりのない、おばあさんがすんでいました。おばあさんはせんそうで息子さんをなくし、すこしまえに旦那様をなくしていました。おばあさんもしばいぬをかっていました。ヨシヨシといつも呼んでいたのですが、それがそのまんま、じつは名前だった。しばいぬのヨシを、よしよしといってかわいがっていました。あとでわかったことには、おばあさんにはむすこさんがいて、よしのりさんと、いったそうですが、戦争にとられて、戦死、してしまって、いたそうです。リキとヨシは、とてもなかがよくて、いつも散歩の途中でであったら、まるで兄弟のようにじゃれあっていました。姿形もにており、本当の兄弟じゃないか、ともいわれることもありました。やがてしばらくして、ヨシはまだ、せいねんきの、わかいぬだったのに、じこで、このよをさってしまいました。のこされたおばあさんのかなしみようといったら、なかった。いえにこもりがちになり、だれともはなすこともなくなってしまいました。おばあさんはヨシをつれて、いつも散歩のさいごには、おじいさんと息子さんののお墓によって、お墓をきれいにしたり、花をたむけたりしていたのですが、それもなくなってしまった。そこでお墓もしぜんとあれほうだいとなって、みるにみかねた、近所の人達が、お世話をしていましたが、やはりおばあさんほどには、こまめにお世話にすることはできませんでした。
おばあさんは、しだいに、じぶんのことや、まわりのこともわからなくなって、夜遅くまで、あちこちをさまよいあるいては、うちのヨシは来ていませんか?とたずねてまわるようになりました。それはイヌのヨシのことでもあり、また、よしのりさんが、子供の頃に迷子になった時、そうやって探し回ったときの思い出の中にいるようでもありました。
町の人達がなんど、ヨシちゃんは死んでしまった、もう帰ってこない、といっても、おばあさんはそのときは、なっとくするのですが、しばらくすると、また、そのことがわからなくなってしまうのです。おばあさんのきのどくなようすに、町の人もみんな心をいためていました。いまとはちがって、まだにほんにも思いやりとか、地域共同体意識があったのです。ちよちゃんも、ごりょうしんもしんぱいして、またとてもきのどくがって、教会にいくときは、いつもおばあさんの心の平安と、ヨシくんのみたまに、祈りをささげていました。。リキも、いつもいっしょにその姿をみまもっていました。あるとき、いつものさんぽのとちゅうに、突然、りきがあばれだし、ちよちゃんをふりはらうように、にげだしてしまいました。ちよちゃんがおいつけるはずもなく、泣いて変えるしかありませんでした。ごりょうしんといっしょに、リキをみっかみばん、探し回って、呼び回りましたが、力はまったく姿をみせることはありませんでした。それからいっしゅうかんにわたって、大雨がふりつづき、ときには激しい嵐にもなりました。かわはぞうすいして、はんらんし、町役場の広報カーが絶対に外に出ないようにと、まちじゅうにつたえてまわりました。ちよちゃんもいえでじっとあらしのすぎさるのをまっていましたが、リキと、そしておばあさんのことがしんぱいでなりませんでした。ごりょうしんといっしょに、ずっと祈り続けました。
嵐がさって、平穏な日々がよみがえりました。おばあさんの無事もかくにんされました。しかしリキはかえってこないままです。そんなあるひ、きんじょのひとが、ちよちゃんのおかあさまをよびとめました。あの、おばあさんの家のヨシちゃんが、生き返ったらしい。そんなはなしでした。おばあさんは大喜びで元気を取り戻したとのことで、それはよかったのですが、しかし、しんだはずのヨシが生き返るとはいったいこれはどういうことでしょうか?きんじょのひとははなしをつづけます、あれ、おたくの、りきちゃんだよ。次の日、ちよちゃんとごりょうしんは、おばあさんのいえにいってみました、すると、そこには、リキがいるではありませんか。おばあさんはうれしそうにいいました。嵐があけたひ、げんかんさきに、ヨシがかえってきたのだと、
どろまみれになっていたけど、おばあさんのかおをみると、うれしそうに、とびついてきたのだと。そう、うれしそうにいいました。ヨシ、いや、リキはちよちゃんやご両親をみても、知らん顔で、まったくの、いまのことばでいうところの、塩対応でした。「これはほんとうによかったですね」ご両親はそういって、なきそうになるちよちゃんの肩をだくと、ひきあげました。そしてきょうかいにいき、リキ、いや今はヨシとおばあさんの幸福をいのりました。ちよちゃんもいっしょにいのりました。そして神様にかんしゃしました。おばあさんをたすけたい、リキのきもちが、神様につうじたことに。それからおばあさんはげんきをとりもどし、また、散歩にもでかけるようになりました。そしてそれから数年後、まちのひとたち、そしてヨシにみまもられながら、やすらかに天国へとたびだちました。おばあさんのお葬式がおわったひに、また、リキ、いや、ヨシはこつぜんと姿を消しました。街の人のはなしでは、ときどき、リキによく似たいぬが、おばあさんのお墓の前にすわって、じっと、まるで祈りをささげているようにみえた、という話をするひともいました。おちよさんは、リキはきっとあのあらしのよるに、てんにめされて、そのたましいが、かみさまのきせきによって、このよにかえってきた、だからおちよさんたちには、リキにみえて、おばあさんにはヨシにみえたのだと、思いました。やがて約10年のときがながれ、ちいさなおちよちゃんも、美しいおちよさんへと成長しました。その結婚式の日、式を挙げて、新郎と共に、あらたなじんせいをあゆみだすべく、教会から出てきた、おちよさんに、ゆうじんたちからの盛大な拍手と、大歓声がおくられました。そして、その中に、わんわん!!と、懐かしいリキの声が、あたたかく、やさしく、聞こえたことが、おちよさん、今では、おちよおばさんというか、おばあさんには、ずっとわすれられないと。




