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時空 まほろの短篇集

空色のキャンバス

掲載日:2021/06/20

真っ白なキャンバスではなくて、空色のキャンバスを買った。

無難に、流れる雲でも描こうか、と考えていた。

いや、青い海でも描こうか。

水中の花でもいいかもしれない。

涙、なんてテーマはどうだろう。

季節の紫陽花なんて、在り来たりだろうか……。

考えれば考える程、イメージは膨らむ。

「君は、どう思う?」

僕は、飼い犬のシベリアンハスキーのアイヴィにも聞く。

アイヴィは、遠くの海外の友人から譲ってもらった私の愛犬であり、唯一の家族であった。

仔犬の頃は、それはそれはお転婆なレディであった。

が、アイヴィももう老犬に差し掛かる年齢だ。

今も私の問いかけに片耳だけ応じ、

「ワフ……」

と短く鳴いた。

「まあ、いいんじゃない?」

と言ったのだろう。

お転婆なレディが、今はマダムといった風情だろうか。

空色のキャンバスは、私の前で「さあ、描いて」と言わんばかりに待っている気がする。

ふむ、本当に何を描こうか……。

僕は顎の白いひげを引っ張りつつ思案する。

もう、僕という年齢ではないが、一応、僕といつも自分の事を呼んでいるので失礼を。念のための独白だ。

「……ワオーン!」

突如、アイヴィが鳴いた。

そして、とある方角を向いて悲しそうにもう一声鳴く。

「アイヴィ、どうしたんだ?」

僕がそう問おうとした時、電話が鳴る。

「はい、……」

僕は、電話の子機を台に、静かに戻した。

そして、空色のキャンバスの前の椅子にドサリ、と座った。

放心状態とは、この事だろう。

近寄ってきたアイヴィの頭を無意識に撫でる。

「クゥン……」

アイヴィのグリーンの瞳も、涙に濡れている様だった。

「そうか、お前は、それで吠えたのか……」

アイヴィを譲ってくれた、遠くの海外の友人が、亡くなった。

その報せだった。

彼女の、穏やかな最期を願うが、あの流行りの病だそうだ。

海外には、勿論今は行けない。

葬式にも、出れないだろう。

いや、今では顔すら見れないかもしれない。

「アイヴィ……」

僕は、それっきり黙って、外の景色を眺めるばかりだった。


それから、数日後。

空色のキャンバスの前で、僕は相変わらず座っていた。

だが、今日は隣に孫が居る。

孫は、立って僕を見つめている。

「おじいちゃん、何故描かないの何も」

「……」

彼女が亡くなった報せから、僕はすっかり意気消沈していた。

「彼女は……。彼女はね、僕が戦前の海外で、出逢ったんだ」

僕は、誰ともなく、孫に聞かせるわけではなく、語り始めた。

「戦前の海外で仕事をしていたんだ。カフェで働いていた彼女は、チャーミングでね、素敵な給仕さんだった。僕は、一目惚れだったよ」

「何故、お付き合いを申し込まなかったの?」

不思議そうに孫が問う。

「彼女には、婚約者が既に居た。それで、ペンフレンドになってくれとしか、言えなかったんだ」

「手紙はずーっとやり取りしていたんでしょ?」

「ああ」

「アイヴィも、もしかして」

「ああ。その女性からだ」

孫は優しい手つきでアイヴィの体を撫でる。

「おじいちゃん」

孫が決意した顔で言った。

「おじいちゃんたちの事、物語にしたい!」

「一体何を言い出すかと思えば……」

僕の顔には驚きと呆れの混じった表情をしていたのだろう。

「私、書き上げるから! おじいちゃんも描いて!」

顔には一切の迷いが無く、孫は真剣な目で僕を見ていた。

「……分かった、描こう」

「約束よ! 私は物語を。おじいちゃんはこの空色のキャンバスの絵を」

それから、孫はノートパソコンを持ち込み、僕のアトリエの隅で物語を書き始めた。

一体、()()()の物語は、どんな結末を迎えるのだろう……?

僕は、空色のキャンバスに孫を見ながら、筆を下ろした。

一週間以上は、孫は学校から直接アトリエに来て一心不乱にキーボードを打っていた。

その間、テストも有ったろうに、そっちのけで書いていた様だ。

「おじいちゃん、○○、成績下がったのよ。何か言ったの? あの子、私には何にも言わないのよ」

娘から、とうとう苦情の電話が来た。

僕は、怒る娘にどうか静観するように頼むのがいっぱいいっぱいだった。

孫を信じていた。

とある、午後だった。

僕の絵が完成すると同時に、孫の物語も完成した様だ。

うつらうつらとロッキングチェアでしていた私の元に、

「おじいちゃん、物語、書き上げました。約束守ってくれた?」

孫がプリントアウトした紙束を閉じた物を持ってきた。

「よく、頑張ったな」

僕の言葉に孫は泣き出した。

苦しかった、と。

一つの物語を書きあげるのに、こんなにも努力したんだ、と。

僕は、孫の頭を何度も何度も、優しく撫でた。

アイヴィも、横で尻尾を振って、孫に寄り添っていた。


孫の物語のタイトルは『グリーンが導いた日々』

私の絵の題は『白のワンピースの彼女と海辺のカフェにて』


午後の陽射しが優しく、絵と僕と孫を照らしていた……。


~Fin~

おや?

何処ぞで似た物語を見た気が……。

と思う方。

そうです、あの名作のアニメ映画を少しだけイメージした作品となります。

が、完全に後の細部はオリジナルです。


お楽しみいただけたのなら、幸いです。


読んで下さり、目を留めていただき、本当にありがとうございます……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] す、すみません。名作アニメわからなかった……(泣) お、おしえてください!
2021/06/20 19:23 退会済み
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