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時空 まほろの短篇集

空色のキャンバス

真っ白なキャンバスではなくて、空色のキャンバスを買った。

無難に、流れる雲でも描こうか、と考えていた。

いや、青い海でも描こうか。

水中の花でもいいかもしれない。

涙、なんてテーマはどうだろう。

季節の紫陽花なんて、在り来たりだろうか……。

考えれば考える程、イメージは膨らむ。

「君は、どう思う?」

僕は、飼い犬のシベリアンハスキーのアイヴィにも聞く。

アイヴィは、遠くの海外の友人から譲ってもらった私の愛犬であり、唯一の家族であった。

仔犬の頃は、それはそれはお転婆なレディであった。

が、アイヴィももう老犬に差し掛かる年齢だ。

今も私の問いかけに片耳だけ応じ、

「ワフ……」

と短く鳴いた。

「まあ、いいんじゃない?」

と言ったのだろう。

お転婆なレディが、今はマダムといった風情だろうか。

空色のキャンバスは、私の前で「さあ、描いて」と言わんばかりに待っている気がする。

ふむ、本当に何を描こうか……。

僕は顎の白いひげを引っ張りつつ思案する。

もう、僕という年齢ではないが、一応、僕といつも自分の事を呼んでいるので失礼を。念のための独白だ。

「……ワオーン!」

突如、アイヴィが鳴いた。

そして、とある方角を向いて悲しそうにもう一声鳴く。

「アイヴィ、どうしたんだ?」

僕がそう問おうとした時、電話が鳴る。

「はい、……」

僕は、電話の子機を台に、静かに戻した。

そして、空色のキャンバスの前の椅子にドサリ、と座った。

放心状態とは、この事だろう。

近寄ってきたアイヴィの頭を無意識に撫でる。

「クゥン……」

アイヴィのグリーンの瞳も、涙に濡れている様だった。

「そうか、お前は、それで吠えたのか……」

アイヴィを譲ってくれた、遠くの海外の友人が、亡くなった。

その報せだった。

彼女の、穏やかな最期を願うが、あの流行りの病だそうだ。

海外には、勿論今は行けない。

葬式にも、出れないだろう。

いや、今では顔すら見れないかもしれない。

「アイヴィ……」

僕は、それっきり黙って、外の景色を眺めるばかりだった。


それから、数日後。

空色のキャンバスの前で、僕は相変わらず座っていた。

だが、今日は隣に孫が居る。

孫は、立って僕を見つめている。

「おじいちゃん、何故描かないの何も」

「……」

彼女が亡くなった報せから、僕はすっかり意気消沈していた。

「彼女は……。彼女はね、僕が戦前の海外で、出逢ったんだ」

僕は、誰ともなく、孫に聞かせるわけではなく、語り始めた。

「戦前の海外で仕事をしていたんだ。カフェで働いていた彼女は、チャーミングでね、素敵な給仕さんだった。僕は、一目惚れだったよ」

「何故、お付き合いを申し込まなかったの?」

不思議そうに孫が問う。

「彼女には、婚約者が既に居た。それで、ペンフレンドになってくれとしか、言えなかったんだ」

「手紙はずーっとやり取りしていたんでしょ?」

「ああ」

「アイヴィも、もしかして」

「ああ。その女性からだ」

孫は優しい手つきでアイヴィの体を撫でる。

「おじいちゃん」

孫が決意した顔で言った。

「おじいちゃんたちの事、物語にしたい!」

「一体何を言い出すかと思えば……」

僕の顔には驚きと呆れの混じった表情をしていたのだろう。

「私、書き上げるから! おじいちゃんも描いて!」

顔には一切の迷いが無く、孫は真剣な目で僕を見ていた。

「……分かった、描こう」

「約束よ! 私は物語を。おじいちゃんはこの空色のキャンバスの絵を」

それから、孫はノートパソコンを持ち込み、僕のアトリエの隅で物語を書き始めた。

一体、()()()の物語は、どんな結末を迎えるのだろう……?

僕は、空色のキャンバスに孫を見ながら、筆を下ろした。

一週間以上は、孫は学校から直接アトリエに来て一心不乱にキーボードを打っていた。

その間、テストも有ったろうに、そっちのけで書いていた様だ。

「おじいちゃん、○○、成績下がったのよ。何か言ったの? あの子、私には何にも言わないのよ」

娘から、とうとう苦情の電話が来た。

僕は、怒る娘にどうか静観するように頼むのがいっぱいいっぱいだった。

孫を信じていた。

とある、午後だった。

僕の絵が完成すると同時に、孫の物語も完成した様だ。

うつらうつらとロッキングチェアでしていた私の元に、

「おじいちゃん、物語、書き上げました。約束守ってくれた?」

孫がプリントアウトした紙束を閉じた物を持ってきた。

「よく、頑張ったな」

僕の言葉に孫は泣き出した。

苦しかった、と。

一つの物語を書きあげるのに、こんなにも努力したんだ、と。

僕は、孫の頭を何度も何度も、優しく撫でた。

アイヴィも、横で尻尾を振って、孫に寄り添っていた。


孫の物語のタイトルは『グリーンが導いた日々』

私の絵の題は『白のワンピースの彼女と海辺のカフェにて』


午後の陽射しが優しく、絵と僕と孫を照らしていた……。


~Fin~

おや?

何処ぞで似た物語を見た気が……。

と思う方。

そうです、あの名作のアニメ映画を少しだけイメージした作品となります。

が、完全に後の細部はオリジナルです。


お楽しみいただけたのなら、幸いです。


読んで下さり、目を留めていただき、本当にありがとうございます……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] す、すみません。名作アニメわからなかった……(泣) お、おしえてください!
2021/06/20 19:23 退会済み
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