09 決闘
「毎年恒例だね。ボクが審判するから適当に始めちゃってー」
「止めろよ」
古屋敷先生は生徒たちを壁際に寄せて、中央には俺とアギトだけ残された。
これって戦う流れなのか?
「ふん、俺は強いぞ」
「すごい自信だな」
自慢じゃないけど、俺だって戦闘訓練は行っている。
ダンジョン内のモンスターには人型の個体だって多くいるから、格闘技は一通り習った。
ジョブの差があるとはいえ、まだ取得したばかりだ。ならば、基礎技術の高い方が勝つ。
「探索者とも戦えるようになっといた方がいいよー。なんでか分かる? 日下部ちゃん」
「犯罪に手を染める探索者を取り押さえるためですか? あとはダンジョン内で襲われたりとか」
「物騒だね、君。正解は半年後に学校対抗戦があるからだよ。ボクのボーナスのために皆頑張ってね」
外野は随分呑気な会話をしている。
なるほど、古屋敷先生のボーナスはどうでもいいけど、対人戦の成績は探索者になるために必要不可欠なようだ。
ならば良い機会を貰えたと思って、全力で戦おう。
「行くぞ」
アギトはそう宣言して消えた。
俺は咄嗟に腕を顔の前に置いた。目の前に現れたアギトが、燃え盛る拳を振りかぶる。
「くっ」
速すぎる!
普通の人間が出せるスピードじゃない。これがジョブのステータスか?
なんとかガードが間に合ったが、勢いのまま吹っ飛ばされた。背中から転げ落ちるが、受け身を取って即座に立ち上がる。そして状況を確認する前に横に転がった。
「ほう、避けたか」
「絶対追撃してくると思ったよ!」
『炎天下』ヤバすぎる!
まだモンスターを倒していない。つまりレベル1では一番弱いスキルしか持っていないはずだ。おそらく、身体に炎を纏うスキル。
だがステータスが圧倒的だ。俺はジョブがない生身の状態。相手はトップクラスに強力なジョブ。
まずいな。
勝たなければいけない理由はないが、無様に負けるのは御免だ。
ダンジョンマスターってステータス上がったりしないのか?
「先生が止めないということはまだ殴っていいってことだな」
おし、だんだん目が慣れてきた。
アギトは瞬間移動しているわけではなくて、普通に地を蹴って移動している。集中していれば、目で追うくらいはできる。
だが身体が追いつかない。
少し身体を捻って直撃は回避したが、掠った炎が皮を焼いた。
『100DPの蓄積を確認。レベルアップしますか?』
「はい?」
DPが溜まった?
ダンジョン作っただけで何もしていないのに?
「次で終わりだ」
よく分からないけどレベルアップアップ!!
『レベルが2に上がりました。ダンジョンクリエイトの項目が増加しました。ステータスが上昇しました』
ダンジョンクリエイトも気になるけど、重要なのはステータスの上昇だ。
ジョブとは違う仕組みであると思われる、ダンジョンマスター。
人類の敵たるその能力が上昇した瞬間、視界がクリアになった。アギトの動きがスローモーションのように、はっきり見える。
俺は左手の平を広げて、コマ送りで接近するアギトの拳を顔の前で受け止めた。瞠目するアギトの横っ面に、カウンターを叩き込む。
「ぐはっ」
俺の右フックをもろに食らったアギトは受け身も取れず転がった。衝撃で炎が消え去る。
まだだ。追撃を――。
「はい、おつかれちゃん」
「身体が……動かない」
古屋敷先生が視界の端で手を叩いたかと思うと、まるで金縛りにあったかのように動けなくなった。
触られてもなければ、攻撃されたわけでもない。なんだこのスキルは。
「唐西君の勝ちー。てことで授業おしまい。休み時間はスキル使用禁止だから気を付けてねー」
俺はジョブを手に入れることができないまま、初めての授業を終えたのだった。