47 提案
俺が初めてダンジョンマスターとして職業管理室の下にダンジョンを作った日、虚子が顔を見せに来た。
考えてみれば不思議だ。なぜ、彼女はダンジョンマスターが生まれたことを察知できたのか。
「話があるんだ」
話掛けてきたサポーター生徒は、男としては長い髪を後ろで結び胡散臭い笑みを浮かべている。胸についた『二』というエンブレムは、彼が第二迷宮専門高校の生徒であることを示していた。
彼を見た瞬間に感じたのは、言いようのない不快感だ。
言うなれば、シーちゃんなど自分のモンスターを見た時に感じる感覚に近い。親しみを感じるそれに対し、彼から発せられるのは不気味なオーラだ。コアさんに言われるでもなく、直感で理解した。
「知り合いですか?」
長瀬が訝しげに訪ねてきた。人見知りな彼女は目を合わせず、俺の陰に隠れた。
「いや……ちょっと離れるから待っててくれ」
「え、もうすぐ開会式始まっちゃいますよ!?」
「すぐ戻るよ」
俺が席を立つと、男は何も言わず背を向けた。ついてこいという意味だろう。
長瀬と十式には悪いが、こいつを無視するわけにもいかない。こいつが敵なのかどうか見極める必要がある。
俺が今まで会ったことのあるダンジョンマスターは虚子だけだ。彼女に初めて会った時は、特に違和感を覚えることはなく普通の人間に見えていた。いや、最初からヘルコブラに乗っていたから違和感に気づく余裕もなかったのかもしれない。
しかし今ははっきりと認識できた。おそらく、ダンジョンマスター同士は何らかの要素で見分けることができるのだろう。
男の跡を追って闘技場を出た。開会式が始まるまでに戻れると良いけど。
連れられたのは控室の一室だ。開会式中に利用しているものはほとんどおらず、二人きりになった。
いつでも戦闘に入れるように身構える。
「なあ、何の要件なんだ?」
彼も俺と同じ、ダンジョンマスターでありながら迷宮専門学校に通う者だ。どこにダンジョンがあるのかは不明だが、身分を隠しているのは間違いない。
だというのに、わざわざ俺に接触してきたのはどんな目的があるのか。
「そんな怖い顔しないでよ。仲間として情報共有に来ただけなんだから」
「情報共有?」
「君のことは知っているよ。マスターになってわずか十日ほどでDランクダンジョンのマスターを下した、期待の新人。最近はそういう気概のあるマスターも少ないからね。僕も嬉しいよ」
「何が言いたい?」
「ああ、勘違いしないで。先に仕掛けたのは相手からだと聞いているし、僕らとしても君をどうこうするつもりはない。マスター同士なんだから、仲良くしようよ」
全て調べがついているってことか。
他のダンジョンを支配したマスターは「戦闘の意思あり」と見なされるらしいが、今回は見逃されているらしい。だが、遠く離れた京都のダンジョンマスターにまで知られているとは思わなかった。
「待て、僕らだと?」
「……そっか、君はまだ会合には参加してないんだね。最近は新人も生まれていなかったから、君のことは少し話題になっているよ。まあ、他人に興味がなくてダンジョンクリエイトに夢中な人ばっかりだし、君が気にすることでもないよ」
「お前も結構若く見えるけどな」
「どうだろ? マスターの中じゃ新しい方だけど、見た目通りの年齢ではないよ。今は暇つぶしに学校に通っているんだ。ああ、申し遅れた。僕の名前は黒枚……もちろん本名じゃないけど、マスターとしてはそう呼ばれてるよ」
ただでさえ細い目をさらに薄めて、握手を求めてくる。俺は警戒しながらをそれを受けた。
初対面の相手には基本誰でも明るく接する俺だが、こいつはどうにも信用する気になれない。張り付けたような薄ら笑いのせいだろうか。
「君に声を掛けたのは他でもない。同じ学校に潜入しているマスターとして、一緒に――」
黒枚はもったいぶるように言葉を止め、数歩下がった。
人差し指をピンと立て、細目とつながって円になるんじゃないかと思うほど、口角を上げた。
「対抗戦に来ている生徒を皆殺しにしない?」




