44 対抗戦直前
「ふはははは、どうした日下部! その程度か!」
夏休み終盤、ダンジョン攻略も対人戦闘の練習も煮詰まって来たころ……アギトはあっさりと復活していた。
理由は明白で、回数を重ねるごとにアギトが勝てるようになってきたからだ。
「ふう、今回も勝てなかったわね」
「ふっ、これからも精進するがいい」
「お前あの様子だったのによくそんな調子乗れるな」
澄ました表情を少しだけ崩して、日下部さんが武装を解除した。
アギトは高笑いしながら彼女の肩を叩く。元気になってくれたのはいいが、少しイラっとする。
形勢逆転と相成ったのは、アギトがレベルアップによって新たなスキルを獲得したからだ。
炎を纏う『装炎』、火の雨を降らす『夕雨』に続き、日下部さんを圧倒するスキルの名は『ヒートアップ』。
「ソータ、相手になってくれるか」
「へいへい。長瀬、バフお願い」
「はい。夏の詩弐番――入梅」
素の『拳使い』としての俺ではアギトに敵わない。長瀬に各種ステータス強化をしてもらい、戦いに備える。
「ヒートアップ」
アギトには長瀬のバフはない。しかし、ヒートアップはその効果を一部凌駕する。
全身に巡らせた魔力を燃焼させ、超高熱を発生させる。ジョブによって炎熱耐性を持つアギトにとって、その熱は身体を傷つけるものではない。カロリーの代わりに魔力を使い、一時的に身体能力を大幅に向上させる。
身体から溢れる湯気が、オーラのように彼を包み込んだ。
「反則だろ、これ」
取得直後こそ、あふれ出る力に振り回されていたアギトであったが、既にその力を己のものにしている。
軽くステップを踏むだけで、『アサシン』雨夜の背後すらとって見せる。唯一欠点があるとすれば、効果時間が三十秒と短いことくらいか。さらに効果時間が終われば、十分間は再使用できない。
しかし、一対一の戦いであれば三十秒あれば十分だった。
ダンジョンでは最後の切り札。そして、対人戦では一瞬で勝負を決める必殺技だ。
「降参……」
俺も何も策を講じなかったわけではない。
長瀬のバフもあって、ギリギリ追いすがることはできている。
だが、あくまでギリギリだ。
アギトの猛攻に耐え切れず、あえなく敗北を喫した。
もちろん力任せではない。彼がもともと持つ技量と装炎の汎用性は健在だ。俺の目に捉えられるのは、残像のように残る火の粉と湯気だけ。気が付けば背後を取られ、背中に銃を当てられている。
「やっぱり三十秒耐えるのが現実的かしら? いや、先読みの精度をもっと上げれば……」
対して日下部さんが手に入れたのは、新たな装備の追加だ。演武の天使はレベルアップごとに武具が増えていくジョブなようで、大剣を使えるようになったのだ。爆発的な威力を発揮し、念願の対大型モンスター武器ではあるが、あいにく対人戦向きではなかった。
それでも彼女は諦めていない。現に、だんだんヒートアップ状態のアギトにも対応できるようになってきた。
速度差を埋めるため、レイピアとマンゴーシュを装備し防御に徹した日下部さんを崩すのは、アギトでも簡単ではない。もとよりテクニックでは日下部さんが上回っているから、本番ではどちらが勝つか予想がつかないな。
「ついに来週ですね、学校対抗戦!」
長瀬の言葉にアギトと日下部さんが頷いた。
ここにはいないが、雨夜を合わせた三人が俺たち一年生の代表だ。二学期の最初に行われる学校対抗戦には第一から第五の迷宮専門高等学校が集まり、代表者が実力を競い合う。
まだ先の話にはなるが、対抗戦で目覚ましい活躍を上げれば探索者ライセンスを取った後、活動しやすくなるという利点がある。具体的に言えばスポンサーがつく。
「ふん、優勝は俺だ」
「あら、負けないわよ」
この二人を相手にする相手選手は可哀そうだなー。