43 抱えるもの
「見つかったか?」
「んーん、いなーい」
シーちゃんが山を飛び回って探してくれているが、アギトは見つからない。
となると、やはりダンジョンの中か?
一年生が『光陰の塔』に挑戦することは禁止されている。その理由としては、単純に実力が足りないからだ。
だが探索者は自己責任が基本。ダンジョンの前に常に門番がいるとかいうことはなく、湿地洞窟と違ってバリケード等もない。
だからこそ、ここから先はお遊びではない、という雰囲気をひしひしと感じる。一年間の授業を受けた上級生でも、年に数人は死者が出る。そんな場所だ。よほどの命知らずでなければ、一年生の身で塔に挑む者はいない。
「もしくは功を焦っているやつか」
ダンジョンはもうすぐ近くだ。
上級生の姿は今のところ見えない。既に中に入っているか、そもそも来ていないのかはわからない。
途中足跡がいくつかあったが、さすがにアギトの靴裏なんて把握していないからな。果たして、ダンジョンに入ったのかどうか……。
「見つけた!」
その時、シーちゃんが手をぶんぶん振りながら戻って来た。
「さすが!」
「こっちだよ!」
一家に一人、シードフェアリーだな。
ダンジョン内でなくとも、その飛行能力は健在である。
シーちゃんが指差す先へ、急いで向かう。
「アギト!」
「ソータか。なぜ来た?」
アギトがいたのはダンジョンの目の前だ。
遺跡を思わせる石造りの門を見上げて、拳を握りしめていた。
「弱者は不用だ。帰れ」
「いや、アギトだってここは無理だろ。Cランクダンジョンだぞ?」
そんなことはアギトだって言われなくても分かっているのだろう。
だからこうやって立ち尽くしている。意気込んでダンジョン前に来たはいいが、入ることはなかった。
臆病だろうか?
自分の実力を正しく認識するのは大切な能力だ。俺とアギトが二人で挑んだところで、あえなく敗走するのがオチ。下手すれば大けがや死に繋がる。
「なあ、どうしちまったんだよ。日下部さんには本番で勝てばいいだろ」
「……ふん、勝てないさ」
「おいおい、いつもの自信はどうした。アギトらしくない」
よろよろと外壁に寄りかかり、俺を見据える。
だいぶ弱っている様子だ。入学以来、強気なアギトしか見て来なかったのだが、こんな一面もあったとは。ここ最近の様子はおかしい。
数秒の沈黙があって、アギトは徐に口を開いた。
「俺の父は最強の探索者だ」
身内自慢、という空気ではない。
大門寺カブト。日本で一番有名な探索者の名前だ。
日本で最初にAランクダンジョンを踏破し、他にも数々の功績を残した男。
それもただのダンジョンではない。ダンジョン黎明期、出現と同時に京都駅を飲み込み多くの死者を出した曰く付きのダンジョンだ。
ダンジョンを決して攻略不可能ではない、と世間に知らしめた英雄的存在。最強の探索者という表現は、誇張でもなんでもない。
もっとも、何をもって踏破とするのかはよくわからないが。
「だから、俺も最強にならなければならない」
「ん? なんでだ?」
「そう育てられたからだ。俺たちは強くあるためだけに存在している」
それは、ほとんど盲信に近い。
「優秀なジョブを持つもの同士を掛け合わせると、高い適正を持つ子どもが生まれる。まだ歴史が浅いからそこまで研究は進んでいないが、ほとんど間違いない」
「待て、掛け合わせるだと?」
「父は優秀な子を産むために、優秀な女性探索者を集めた。そして、それぞれに子を産ませ、競わせる」
「なんだよ、それ」
アギトは父親の話をほとんどしなかった。
ただ大門寺カブトの息子である、と。だから強いのだと、周囲にも自分にも言い聞かせていた。
いや、強くなくてはいけなかったのだ。
「……すまん、人に聞かせる話ではなかったな。忘れてくれ」
「重たすぎて忘れられないわ」
「俺はな、くだらない実験のために作られたに過ぎない。だが最強になれなければ、母の努力はどうなる? 愛されることなく、ただ研究のために子を産まされた母の立場は」
『最強』口で言うのは簡単だ。それこそ、小学生の頃は軽々しく口にしていた。最強の探索者になりたい、なんて実態も知らずに言っていた。
だが彼にとって、それは成さねばならぬ目標だった。
「それで最強を目指すなら、それこそ父親の思うつぼじゃないか?」
「かもしれないな。だが俺にはそれ以外の生き方はできない。探索者になると決めた日から、全てを母のために捧げると決めた。父すら超える最強の探索者となり、見返してやるとな」
「そんなの……楽しくないだろ?」
「ふん、お前はいつも楽しそうだったな。羨ましいよ」
探索者になれれば、毎日が楽しいものだと思っていた。
みんな、楽しむために探索者になるのだと思っていた。
蓋を開ければ日下部さんは復讐に燃え、アギトは父親を見返すために血反吐を吐いている。
本当はみんなで楽しく探索がしたいだけなのに、彼らを取り巻く環境がそれを許さない。
「つまらない話を聞かせて悪かったな。だが、聞いてもらえて少し楽になった。弱者は俺のことなど気にせず、楽しく過ごせ」
「俺はアギトも一緒じゃないと楽しくねえよ」
「ふん……」
放っておくことなんてできない。アギトは仲間だ。
だけど、俺にできることなんてあるのだろうか?
彼が抱えるものは大きくて、複雑だ。他人が手を出せる問題でもない。俺の頭じゃ、ありきたりな説得を捻り出すので精いっぱいだ。
それでも、俺は助けてやりたい。
「そんなことより、さ。光陰の塔は近くで見るとすごかったな」
「いずれ頂上からの景色も拝めるだろう」
俺たちは表面上で他愛のない会話をしながら下山した。




