42 追跡
「あの馬鹿っ」
雨夜がしっかりポーションを飲んだのを確認して、アギトの跡を追う。
探索者スーツは耐熱仕様だし、見たところ顔を火傷した様子もなかった。ドラさんが作ったポーションの性能なら、問題なく回復する。
なぜポーションを持っているのか、という言い訳は後で考えるとして、今はアギトだ。
他の面々は、ただならぬアギトの様子を見て二の足を踏んでいる。日下部さんは冷めた様子でそっぽを向き、長瀬は右往左往している。
「放っておけばいいじゃない」
「あわわ、アギト様……」
「お~青春っすか?」
反応は三者三様だ。
俺もどうすべきか決めあぐねてはいるが、ここ最近のアギトの様子は普通じゃなかった。
おせっかいでも、助けてやるのが仲間だと思う。
あいつはプライドが高いから、周囲に弱音を吐くような真似はしないだろう。
でも放ってはおけない。
「はやっ」
あいつ、ステータス全開で走ってんじゃないのか?
余談だが、探索者の一般人とかけ離れた身体能力は、時に日常生活を阻害する。だから戦闘時以外は基本的にセーブしているのだが、アギトの逃げ足は速かった。
俺が演習場から出た時には既に彼の姿はなかった。
「そっちがその気なら、シーちゃん」
今や敷地内は全て俺のダンジョンである。空いた時間にシーちゃんがせっせと植えた雑草や苔は、周囲の情報を彼女に伝えている。ダンジョンの内部を把握することに関して、シーちゃんの右に出る者はいない。マスターである俺でさえ、自分のモンスターの所在地を確認するので精いっぱいなのだ。
シーちゃんに掛かれば、ダンジョン内を逃げ回る男一人など、簡単に見つかる。
いよいよ侵略者じみてきたな、と思うけど、特段被害は与えてないからセーフってことにしている。
「はっけーん」
雑草は無数に植えられているから屋外で隠れられる場所はないと言っても過言ではない。
透明化したシーちゃんが先導し、アギトの元へ急いだ。
いかに敷地が広いとは言っても、生徒の行動範囲などたかが知れている。
特に一年生では利用しない施設も多く、そう遠くまで行くことはないと思っていた。
「おいおい、どこまで行くんだ?」
「んー? 山―?」
しかし、いくつ建物を通り過ぎても、シーちゃんは一向に歩みを止めない。
朝のランニングで地理は把握している。このまあ進めば敷地の外周に出る。そして敷地を取り囲むのは、三つの山だ。厳密には山も所有地ではあるが。
「この山に入っていったよ!」
「ここは……!」
学校周辺にある三つの山。一つは虚子のダンジョン『湿地洞窟』があり、もう一つは特に何もない、俺がダンジョンコアを発見した山。
そして最後の一つ。俺が今まで一度も足を踏み入れたことにないこの山は、Cランクダンジョンが居を構える。
麓からでもはっきり見える、山頂にそびえ立つ塔。その上層は雲よりも高く、全容は掴めない。
『光陰の塔』サンメイが保有する二つ目のダンジョンにして、未だ数名しか完全攻略者のいない、高難度ダンジョン。
モンスターの特徴からCランクに位置付けられてはいるが、階層は百を超え無数のトラップが待ち受ける、まさに難攻不落の塔だ。
自然の洞窟を模して作られた湿地洞窟とは違い、光陰の塔はゲームチックな構造をしている。
各階層に用意された階段を発見し、どんどん上に登っていくタイプのダンジョンだ。十層ごとにボスが存在し、それを倒すとセーブポイントとして設定可能、入口との転移装置まであるというのだから、まさしくRPGのダンジョンだ。
「アギトのやつ、ここに入っていったのか?」
「うん、間違いないよ! まだ戻って来てはないみたい」
シーちゃんが言うのならそうなんだろう。
万が一に備えて、ドラさん以外のモンスターは全て収納してある。シーちゃんは畑の世話などで不在の時も多いが、戦闘の準備は常にできていると言っていい。
しかし、こんな成り行きでCランクダンジョンに挑むような心構えはしていない。
「ま、ダンジョンに入るわけじゃないしな。アギトを連れ戻すだけだ」
アギトがなぜ『光陰の塔』に向かったのかは分からない。
この山はまだダンジョン化できていないので、山のどこにいるのかは不明なのだ。もしかしたら森の中で休みたいだけかもしれない。
でももしダンジョンに入るつもりなら、止めなければならない。
「シーちゃん、上空から探せるか? 俺は山道を走っていく」
「おっけーだよ!」
俺は山に足を踏み入れた。
アギトがうじうじしててすみません。
きっとすぐにカッコイイアギトに戻ってくれるはずなので、☆評価で応援して頂けると励みになります!
 




