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41 アギトの苦悩

 なぜ頑なに一番を目指すのか。そうアギトにしつこく尋ねたことがある。

 男子たるもの、何事も頂点に立ちたいものだ。俺だって、やるからには上を目指している。


 だが、アギトの気持ちはそんな軽いものではない気がした。おそらく、彼の人間性の根源に関わる部分だ。


 初めて会った時から、実力というものに固執していた。俺の適正を理由に見下し、強くなければ価値がないと繰り返す。


 正面から訪ねてもイラつくばかりで答えてくれないが、先日ついに小声でこぼした。


『一位でなければ父に認めてもらえない』と。




「あら、今回も私の勝ちみたいね」


 軽い調子で、日下部さんが宣言した。額を流れる一筋の汗を指先で拭って、涼しい顔で笑う。

 空中機動に合わせて使用した長剣を返還して、宙返りでアギトから離れた。演武の天使(ミカエル)の鎧と相まってまさしく天使が舞うようであったが、俺はアギトから目が離せなかった。


「十式さん、この靴、とっても良いわ。さすがね」

「いやー。それほどでもないっす!」


 試合展開は、先日とは異なる様相を見せていた。十式あかりが作成した装備を互いに使用していたためだ。

 日下部さんは武器もレイピアから長剣に変え、空中を多角的に移動しながらアギトを攻め立てた。


 もちろん、アギトもただでやられたわけではない。

 銃を手にしたことによる正確無比な射撃と、高い威力。またチャージした炎を小刻みに消費することで連射も可能にしていた。

 しかし、空を舞う日下部さんを捉えきることができずに敗北した。


「アギト……」


 腕をだらりと降ろして立ち尽くすアギトは、炎を消すことも忘れ虚空を睨んでいた。


「なぜだッ!」


 アギトの怒号に、全員の視線が集まる。


「そんな目で見るな! 俺は、俺は一番じゃないと……」

「対人戦では私に分があったようね。ただ、大型モンスターにはあなたの攻撃力の方が輝くと思うけれど」


 日下部さんは事実だけを淡々と述べた。

 アギトとて、対人戦が弱いわけではない。体術もトップクラスだし、装炎は近接戦闘にも応用できる。だが、日下部さんは近接特化のジョブだ。遠距離攻撃に恵まれない分、近距離は彼女の間合いだ。


 だがアギトには遠距離攻撃がある。『三式・炎宴』を手にしさらに増強した火力は、下手したらヘルコブラでさえ一撃で葬るだろう。

 空から火の雨を降らす『夕雨』もまた、日下部さんにはできない範囲攻撃だ。


 大型に限らず、対モンスター戦では彼の方が活躍するケースが多いだろう。


 だが、それは彼にとって慰めにはならない。


「本番では絶対に勝つ」

「ええ、相手になるわ」


 アギトは鬼気迫る様子で意思表明した。眉間に皺がより、親の仇でも見るような目つきである。

 日下部さんは肩を竦めて、話は終わりだとばかりに離れていった。この二人は元からそこまで仲がいいわけではなかったが、最近の雰囲気は最悪だ。パーティの仲間なんだけどなぁ。


「アギト様、どうしちゃったんでしょう……」


 真夏の太陽の下で、炎が彼の心情を表すように不安定に揺らぐ。高身長で筋肉質の背中が、酷く小さく見えた。


「次は僕が」


 『アサシン』雨夜がアギトの前に進み出る。彼は三人目の代表メンバーだ。十式の分類では中級職に当たるジョブだが、こと対人戦においては他の中級職の追随を許さない。

 日下部さんと互角の戦いを繰り広げる彼は、炎の輝きすらも吸い込みそうな黒いナイフを逆手に構えた。


「では、スタートっす」

「一式・入墨――影喰い」


 アサシン、日本語で言うなら暗殺者が彼のジョブだ。

 RPGゲームであれば所謂レンジャーや斥候と呼ばれる系統に属し、一撃の火力よりもスピードと身軽さに重きを置いている。

 バランスタイプの日下部さんと比べると、その速度は圧倒的だ。


 一瞬でアギトの後ろに回り込み、地面から吸い上げた己の影を纏ったナイフで切りつける。

 呆然としていたアギトは反応もできずにモロに食らった。発動したままの装炎が辛うじて威力を減衰させる。


「頑丈」


 多少よろけたがそれでも倒れないアギトに対して、雨夜はむっとして離れようとする。

 だが、即座に伸ばされたアギトの手が雨夜を掴んだ。


「弱者が」

「ッ! 残影」

「逃がすわけないだろうが!」


 アギトの全身から、炎が噴き出した。

 技術も工夫もない、彼らしからに攻撃だ。ただ力任せに、MPの許す限り広範囲に炎をまき散らす。


「がはっ」

「終了! 勝負あり!」


 腕を掴まれたまま炎に焼かれる雨夜。すぐに十式が終了の合図をしたが、攻撃は止まらない。


「俺は勝つんだ。俺は弱者じゃない!」

「おい、アギト。やめろ!」


 俺は慌てて炎の中に飛び込んだ。

 熱い。だが強化されたステータスは、そう簡単に焼け死ぬことはない。

 耐久面では不安が残るアサシンでもそれは同じだ。だから無事だとは思うが、さすがにやりすぎだ。


「ったく、モンスター収納。如意ヘビ」


 召喚と同時にアギトに向けて全力で伸ばした。

 最高速度で突き出された如意ヘビが、アギトの顎を打ち据える。


「収納」


 ふいのダメージに手を放し、炎が消えたのを確認して如意ヘビを戻した。

 アギトはそのまま仰向けに倒れた。雨夜も息を荒くして膝をつく。


「おい、大丈夫か!?」


 雨夜は無言でうなずく。


「とりあえずこれ飲め。ポーションだ」


 新しく増えた特殊メニュ―『アイテム収納』に入れておいたポーションを、こっそり渡す。彼は一瞬疑問符を浮かべたけど、やはり痛むのか素直に飲んだ。


「アギト、お前ッ」

「くっ」


 アギトは背を向けて演習場から走り去っていった。


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