04 ダンジョンマスター
次の日、俺はいつもどおり五時に目を覚ました。
昨日は結局アギトに無視されたままだったが、荷ほどきで忙しくてあまり気にならなかった。
同室とはいえ部屋は八畳とそこそこ広く、壁とベッド下に収納が十分にある。
アギトがルームメイトじゃなかったら快適な生活だ。
いや、俺は諦めないぞ。
アギトに俺のことを認めさせて、仲良くなってやる。
なんせ彼は大門寺カブトさん――俺の憧れの人の息子なのだ。
まあ大体の探索者は憧れなんですけどね。
「いってきまーす」
小声でそう言って、部屋を抜け出した。
日課のランニングに行くためだ。探索者になるためには体力作りは必須。探索者になると決めた小学生のころから、一日も欠かしたことはない。
「おし、敷地内をぐるっと回ってみるかぁ」
第三迷宮専門学校の敷地は、おそろしく広い。
山中の田舎だから実現できたことなのかもしれないが、校舎や実習棟、研究施設などが並ぶ平地の他に、山を三つほど保有している。そのうちの二つの山には低ランクダンジョンがあって、実習に使われている。
「たしかダンジョンのある山は許可がないと入れないんだよな。そこは避けていくか」
春先の朝はまだ寒い。
俺は念入りに柔軟をして、身体を温めてから走り出した。
追い風が心地よくて、どんどんペースを上げていく。
「あいつら皆強そうだったな」
まだ名前もほとんど分からない、クラスメイトのことを思い出す。
おそらくDランクで合格したのはほとんどいないだろう。もしかしたら俺一人かもしれない。
ならば、全員が俺より格上だ。
ましてやアギト、そしておそらく首席入学の子はAランク。圧倒的上位者。
「負けてられねー」
入学できたからといって、探索者になれると決まったわけではない。
年二回行われる試験に合格できなければ退学。そして最難関の卒業試験に合格できなければ、ライセンスを得ることはできない。
毎年、十名から二十名しか合格しないらしい。入学者の半分程度だ。
競争ではなく絶対評価なので厳密には敵ではないが、クラスメイトもライバルだと思った方がいい。
「そうでなくっちゃな」
夢までの道は険しければ険しいほど燃える。
俺は絶対探索者になるんだ。
「うぉおおおおおお」
俺は三つの山のうち、ダンジョンがない山を全力で駆けあがった。
山はロクに整備されていない。山道は慣れているからそれほど問題ではないが。
高さは大したことない。だがさすがに頂上まで登ると朝のホームルームに間に合わないから、少し登ったところで下山しよう。
そう思った時だった。
「なんだ、アレ?」
俺は視界の端に赤く光る何かを見つけて、足を止めた。
なぜだか猛烈に興味を惹かれたので、草を分け入って近づいてみる。
人間の頭くらいのサイズで立方体。材質は宝石のような、光沢のある表面。
「すげ……」
あまりの綺麗さに、目が離せなくなった。何かに誘われたように、気が付けば手を伸ばしてそれに触れていた。
『ようこそ、ダンジョンマスター』
「は?」
頭の中に声が響いた。電子音のような、性別が判断できない無機質な声だ。
『ダンジョンマスターの適正を確認しました。契約を開始します』
「なんっ、だよこれ」
頭が割れるように痛い。
赤く輝く宝石は徐に浮き上がって、目の前でくるくる回った。そしてより一層強い輝きを放った。
『人体の再構成を開始……完了』
『ダンジョンマスターの資格を取得……完了』
『ダンジョンコアとの融合……完了』
『契約が完了いたしました』
宝石がどんどん小さくなっていって、右手の甲に落ちていった。ぶつかって地面に落ちるかと思われたそれは、スポンジに吸収されるように、溶けて入っていった。
「なんだったんだ?」
右手の甲をさすってみても、何か変わった様子はない。
頭の痛みも声も収まっていて、周囲は静かな山に戻っていた。
「寝ぼけていたのか?」
たぶんそうだろう。
それにしては随分具体的な夢だったな。
ダンジョンマスターという存在はまことしやかに噂されている。曰く、何者かがダンジョンを管理しているのではないかと。いくつもある陰謀論の一つでしかないが、自然発生にしては人の意思を感じることがあるそうだ。
だが、もう一つの単語は聞いたことがなかった。なんだっけ。
「たしか……ダンジョンコア?」
『お呼びでしょうか、マスター』
何気なく呟いたら、返事が返って来た。