38 お礼
「アハッ。迷宮装備なんてダンジョンマスターがあえて作らせているに決まってるじゃない」
「やっぱそうなのか」
地上階はどんどん範囲を広げているが、地下はあまり拡張していない。
いつも通りポーションを作るドラさんの様子を見ながら、虚子と話をする。
虚子とは争った仲ではあるし正直今もあまり好感情は抱いていない。だがコアさんが『湿地洞窟』の管理のために必要だと判断したので、日下部さんに差し出すのはやめておいた。
公安に捕まれば良くて無期懲役、悪ければ死刑になるだろう。それも、尋問された上で。俺の情報が洩れるのは困るし、かといって口封じに殺すという選択肢を取れるほど人間を辞めたつもりはない。
ちなみに、虚子は厳密にはもうダンジョンマスターではない。湿地洞窟の所有権は俺にあるため、そのマスターだった彼女も俺の支配下にある。つまり、俺のモンスター扱いだ。
「装備用の迷宮資源なんかは探索者から人気だからねー。後は宝箱を設置して中に装備入れたりとか」
「ダンジョン産装備ってやつか」
俺のダンジョンは植物系だからか、はたまたレベルが低いからなのか分からないが、宝箱のメニューはない。
ダンジョンに宝箱が設置されていることがあるのは有名な話で、発見することができれば破格の性能を持った装備やアイテムが手に入る。
「そ。全部探索者に来てもらうための餌だよ。私たちは探索者が来てくれないとDP稼げないから」
「なんつーか、夢が壊れるなぁ」
俺が志していた探索者という夢は、内情を知っていくごとに崩れていく気がする。
だが、今は探索者になり人々を害するダンジョンマスターを倒す、という目標に変わった。弱きを守るのは、俺が憧れた探索者そのものである。
「虚子って他のダンジョンマスターの動向に詳しいよな」
「まあ長くやってるからねー」
「ダンジョンマスター同士の交流とかあるのか? それこそ『光陰の塔』のダンジョンマスターとか」
『光陰の塔』はサンメイにあるもう一つのダンジョンだ。難易度は湿地洞窟よりも高いCなので、二年生以上の実習に使われている。
「あそこのマスターは引きこもりだから一度しか会ったことないかなー。たまにダンジョンマスターの会合があるの。言ってなかったっけ?」
「なにそれ」
『マスター、私も存じ上げません』
「コアさんも知らないのか」
「……ダンジョンコアと会話でもしてるの?」
あれ、虚子は会話しないの?
しかし、ダンジョンマスターの会合か……そこに行けば、日下部さんが探している三つ目の男の情報が手に入るかもしれない。
俺は別に、ダンジョンマスター全てが悪人だと思っているわけではない。
だが、中には悪意を持って人間を殺す者がいるのは確かだ。俺は同じダンジョンマスターとして、そいつらを止める義務がある。
「どっかのダンジョンマスターが主催者なんだけど、何故か各マスターの場所知ってるからあなたもそのうち招待されるんじゃない? アハッ。大変だと思うけど頑張って」
「ああ、ダンジョンマスターが主催なのか。コアさんが知らないわけだ。大変って?」
「他のダンジョンを支配したマスターは『戦闘の意思がある』って見なされちゃうの。不干渉が基本のマスター同士でも、好戦的な連中は常に相手を求めてるから」
「な!?」
そういえば、日下部さんと共に湿地洞窟を抜け出した時虚子が「いろいろ問題がある」と呟いていたけど、そういうことか!
あの時は慌てていたから気にしてなかった。そもそも敵ダンジョン内から転移することはできないので、支配しないという選択肢はなかったわけだが。
「……まあ好都合か」
「アハッ、ヤル気だねー。言っておくけど、私は弱い方だから」
「だろうな」
「アハッ、同意されるのは悲しい」
ダンジョンの難易度は人間の研究者が定めたものである。ダンジョンの難易度はマスターによって調整可能なので、実態を表していない可能性はある。
しかし、難易度が高いということは当たり前だがモンスターが強いということだ。モンスターが強ければそれだけ強いスキルを使う必要が生まれ、MPを多く消費する。
だからダンジョンのランクが高ければ、ダンジョンマスターも強いと考えて良いと思う。DPが強さに直結する世界だからな。
「そういや、今日は何で来たんだ?」
「そこのドライアドのおかげでコブちゃんが治ったから、そのお礼に」
そう言って、ドラさんにぺこりと頭を下げた。虚子の礼を受けて、ドラさんは柔らかく微笑む。
コブちゃんこと相棒のヘルコブラは、ガブリッチョの攻撃で大ダメージを受けた。なんとか一命を取り留め療養していたので、ドラさんがポーションを与えたのだ。
一応俺の支配下にあるモンスターでもあるので、その判断に問題はない。あれ以来蛇嫌いになったシーちゃんは怒ってたけど。
「おう、良かったな」
「アハッ、優しいね。だから、この子を上げようと思って」
そう言って虚子が『モンスター収納』から取り出したのは、身の丈ほどの棍だった。
俺との戦闘で使った、如意棒のような伸びる武器だ。
「この子?」
「そう。これ、武器に見えるけど『如意ヘビ』っていう蛇なんだ」
湿地洞窟のコアを吸収した俺だが、蛇モンスターを自由に作れるようになったわけではない。
二つの特徴が合わさった『イチゴヘビ』が作れるようになっただけで、湿地洞窟の操作は相変わらず虚子が担っているのだ。
そんな彼女から渡されたのは、自分では移動はおろか動くことすらできないモンスターだった。握っている者の意思にあわせて伸縮する、棍のような蛇だ。
「モンスター収納に入れておけば、すぐ取り出せるでしょー」
「丁度手札を増やしたいと思ってたんだ。助かる」
スティングソーンと合わせて、戦術の幅が広がったと言えるだろう。
こうして、俺も新たな武器を手に入れたのだった。




