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33 夏休み開始

 だいぶ学校生活にも慣れて、季節は夏になっていた。

 普通の高校生であれば一か月以上夏休みがあって帰省するものだが、迷宮専門学校の場合は異なる。


 夏休みに当たる期間は通常授業は休みだが、帰省せずに全員寮に残るのだ。申請を出せば短期間帰省することも可能だが、ほとんどの者は帰らない。

 なぜなら、夏休み期間はダンジョン攻略に当てるからだ。今まで授業でしか潜れなかったのだが、前期終了のタイミングで自由に出入りすることを許される。


 また、夏休み中はいつでも演習場を利用できるため、一日中集中して鍛錬を行うことができる。ダンジョンに潜ってレベルを上げるもよし、対人戦の練習をするもよし。探索者志望の俺たちにとって、夏休みは大切な修行期間なのだ。


「今日も良い朝だな! アギト!」

「ああ……」


 日課の早朝ランニングから帰って、元気に挨拶する。ルームメイトであるアギトは険しい顔でベッドに腰かけたまま、虚ろに返事した。

 彼と同室で生活を始めて数か月立つが、ここ最近は辛気臭くてたまらない。


「まだ引きずってんのか?」

「ああ……」


 俺が煽るといつもはいきりたって反論してくるのだが、虚空をぼんやり眺めるだけだ。


 アギトがこうなった原因は明白だ。

 二日前、つまり前期の最終日に配られた成績表とクラス内順位のせいである。


 もちろん、アギトに限って補修が必要なほど悪い成績だったとかいう話ではない。むしろ、トップクラスの成績だった。あくまで『トップクラス』であってトップではなかったのだが。


「次は勝てるって。日下部さんだって、完璧超人なわけじゃないし」


 そう、前期成績一位は入学試験でもトップの点数をたたき出した日下部さんだった。かねてより彼女のことをライバル視していたアギトは二位と、辛酸を舐める結果のなったのだ。


 ちなみに俺は座学五位、実技27位である。ぱっとしない。


「俺は一位じゃないといけないんだ」

「またそれか? みんな気にしてないと思うけどね」


 『大門寺カブトの息子』というフィルターでアギトを見ていたのも最初だけだ。数か月一緒の教室にいれば、クラスメイトたちもアギトのことを一人の仲間として認識している。

 それに日下部さんが優秀なのは誰の目にも明らかで、彼女に勝とうなんて思っている奴は少ない。日下部さんに食い下がっている時点で、アギトは十分すごい奴なのだ。


 だが、一位じゃなければ意味がないと彼は言う。


「はぁ。とりあえず飯用意しとくから、着替えて食堂来いよ」

「ああ」


 アギトが静かだと、俺も調子出ないな。

 夏休みはダンジョン攻略を進めたいから、元気になって欲しいものだ。まあ湿地洞窟は俺のダンジョンだから攻略も何もないんだが、気分の問題だ。


 俺は部屋に出て階段を下った。二階にはそれぞれの部屋とトイレ、洗面所がある。洗面所には洗濯機と乾燥機が三台ずつあって、交代で使うシステムだ。

 一階はキッチンと食堂、浴室がある。


 一階につくと、廊下で雑談に興じていたクラスメイトが声を掛けてきた。


「ソーター、今日買い出し行くから付き合えよ」

「あ、おっけー」

「それで、さ……日下部さん誘ってくんね?」

「おま、それが目的かよ!」

「いいじゃねぇか。ソータはいつも一緒にいんだからよ!」


 クラスの男どもからは高嶺の花扱いされている日下部さんだが、たまにこうやって仲介を頼まれる。


 買い出し先は敷地内に一店舗だけある小売店である。寮生活をする学生と教員住宅に住む教師や職員向けのスーパーなので、生活に必要なものは全て揃っている。何か欲しいものがあれば、頼めば仕入れてくれる。


 店員は引退した元B級探索者の老夫婦で、下手なことをすると一瞬で捕まる。


「ばか、俺の太ももをお前に渡すわけないだろ?」


 唯一の適正D入学で落ちこぼれ扱いされている俺であるが、クラスメイトとはそこそこ上手くやっている。男同士なんて、くだらない冗談を言い合えればそれでいいのだ。単純なものである。


 俺が冗談まじりに断ると、紹介を頼んできた男の顔が引きつった。やべ、立ち回りミスったか?

 そう思ったのも束の間、彼の視線が俺ではなく玄関に向けられていることに気が付いた。


「誰がソータの太ももですって?」

「へ?」


 いつもは騒がしい男子寮が、水を打ったように静まり返った。

 俺と話していた男子生徒が音を立てず後退し始めた。ばか、それは熊に会った時の逃げ方だ。


「あら? 私とお話ししたいんじゃなかったの?」

「いえ! 大丈夫です!」

「あ、おい! 逃げるな!」


 俺を囮にして食堂に逃げていった。薄情な!


「はぁ。私ってそんなに怖い?」

「いやー、どうかな? そ、それより、何の用だよ」

「ソータと大門寺君を呼びに来たのよ。今日は予定を変更して演習場に行くわよ」

「ダンジョンじゃなかった?」

「ハルリが体調を崩しちゃったのよ。付きっきりで看病するのは余計心労を与えてしまうでしょう? だから、私たちだけで出来ることをするわよ」


 長瀬は日下部さんに看病されたら、有難いと同時に申し訳なく思ってしまうだろう。日下部さんのことだから短時間で万全の看病をしてきたはずだし、重傷なら長瀬の気持ちはどうあれ離れないから、心配はいらなそうだ。


「演習場ってことは、あれか」

「ええ――学校対抗戦の練習をするわ」


 好戦的に彼女は笑う。夏休みは忙しそうだ。


二章は学校対抗戦編です!

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― 新着の感想 ―
[一言] 膝裏と太ももの筋もいいと思うんですよ、うぐっ…!
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