31 ダンジョンの仲間たち
「ドラさん、回復ポーション頼んでもいいか?」
「お安い御用です、ご主人様」
「あの、ソ――」
「あ、あと薬草と毒草混ぜたやつ? あれの作り方教えて欲しい」
「比率だけならお教えできますが、合成はスキルで行ってますので……」
「あー、そうだよね」
とりあえず比率だけ教えてもらって、メモ帳に書く。研究科の生徒にこっそり教えれば、ポーション研究の新発見になりえる。
俺は地下室でドライアドのドラさんとポーション作りに勤しんでいた。といっても俺は指示を出しているだけで、作業をするのはドラさんだ。
「ドラさんのおかげで薬草の使い道ができるよ、ありがとう」
「あら、そう言っていただいて光栄です。わたくしにはこれしかできませんから」
「ねね、あのね――」
「そうだ、部屋一個増やしたから、ドラさん用に使っていいよ。ここは調合室兼各種ポーション用の倉庫で」
「かしこまりました」
薬草からは回復ポーションを、解毒草からは解毒ポーションをそれぞれ作ることができる。また、毒草からは毒薬だ。これは広く知られていることであり、迷宮研究の初期段階で発見されていた。化学的には証明できない効果を発揮する薬品だ。
それともう一種、瀕死状態の日下部さんを助けるために薬草と毒薬を合成したポーション、仮称『ミックスポーション』は未発見の薬品だ。
どれも出どころを疑われるから売りさばくことはできないが、今回のようなことが起きないとは言い切れないのである程度ストックしておくことにしたのだ。そのために、ドラさんに生産してもらっている。
「シーちゃんも薬草作りお願いな」
「……か」
「ん?」
「ばかーー!!」
ドラさんの調合を見たい、と近くに座っていたシーちゃんは、俺が声を掛けたら両手を振り上げて叫んだ。
ぽかんと呆気にとられている俺を他所に、目を逸らして飛んで行ってしまう。目じりには涙が浮かんでいた。
「ソータのばか!」
「シーちゃん!」
シーちゃんは小さな体躯と羽を駆使して、部屋から出て通路を曲がった。地下室は以前より拡張されて三つの部屋と廊下に別れているので、機動力に優れるシーちゃんの姿はすぐに見えなくなった。
「いきなりどうしたんだよ」
「ご主人様」
「ああ、悪いな。シーちゃんが突然癇癪起こしちゃったみたいで」
「ばか」
「え?」
従者のように丁寧なドラさんから幼稚な言葉が飛び出してきて、思わず聞き返した。
柔和な笑みは消え、どこか怒ったように目を細める。
「追いかけてください」
「え、でも」
「早くしなさい」
「はい!」
有無を言わさぬドラさんの迫力。俺はすぐに立ち上がって、調合室兼倉庫を出た。
ダンジョンを拡張したとはいえ、いくつも部屋があるわけじゃない。シーちゃんが向かったのは十中八九、最初に作った畑がある大部屋だ。シーちゃんとガブリッチョが暮らしている。
「おーい、シーちゃーん」
部屋に入るが、彼女の姿は見えない。
畑は綺麗に整えられていて、種類ごとに畝を立てられていて壮観だ。シーちゃんの几帳面さが分かるな。
いくらシーちゃんが妖精で小さいとはいえ、美しい薄紅梅色の髪は草の中に紛れられるものではない。しかしざっと目を走らせるが、彼女の姿はなかった。
メインの畑に届かないように設置されたレッサーヴァインのガブリッチョが、俺の登場に気が付いて顔を上げた。
「ガブリッチョ、シーちゃん見たか?」
ガブリッチョがふるふると首を振って応えた。
ガブリッチョは機嫌が良いと「ガブガブ」と謎の鳴き声(?)を発して意思を示すこともあるが、基本的には何も話さない。まあ草だからな。だいたいいつも薬草を食べているから今日みたいに口を閉じていることも珍しいけど。
「そうか……ったく、あいつどこ行ったんだよ」
ドラさんの部屋に入ったっていうのは考えずらいけどなぁ。あの部屋はドラさんが住みやすいよう、苔と泉で埋め尽くしてあってシーちゃんはあまり好みではなさそうだった。シードフェアリーは植物を育てる妖精だから、畑の方が性に合っているのだ。
「ご主人様がわたくしとばかり話しているから、拗ねてしまわれたのですよ」
後ろからゆっくり追いかけてきたドラさんが言った。彼女は根を張っているから、あまり早く移動できない。
「そうだったのか」
思えば、ドラさんと話している時、シーちゃんが何か言いかけていた気がする。
「でも、あれは必要な会話だっただろ?」
「そうかもしれませんが、シーちゃんにも大事な話があったのだと思いますよ」
「まあ、そうかもしれないけど」
うーん、いつも能天気で明るいシーちゃんだから、特に気に掛けたことはなかった。畑仕事も楽しそうだし、ガブリッチョとじゃれて遊んでいるのもよく見る。
「それとも、たかがモンスターに興味はありませんか? 探索者に殺されても特に困らない、と」
「そんなわけないだろ! シーちゃんもドラさんも、もちろんガブリッチョだって大切に思ってる」
俺は探索者と戦わなくてもDPを稼げるから、虚子や他のダンジョンマスターとは感覚が違うかもしれない。
モンスターは未だ三体しか召喚していないし、みんなを大事にしているつもりだ。
「では、わたくしとシーちゃんだったらどっちが大切ですか?」
「どっちも大切だから決められないけど……」
「優先順位の問題ですよ。例えば、わたくしたちが正反対の意見を言った時、どちらをより尊重しますか?」
「……まあどちらかと言えばシーちゃんかな。シーちゃんは最初に召喚したモンスターだし、言っちゃえば先輩だから」
俺が初めてモンスターを召喚しようと思った時、選んだのはシードフェアリーだった。可愛い女の子だといいなー、みたいな下心からで実際めちゃくちゃ可愛い妖精だったのでガッツポーズしたんだったな。
「そうですよね。シーちゃんは可愛いですもんね」
「ん? そんな話だったか? まあ可愛いけど」
「食べちゃいたいくらいですよね」
「そんな猟奇的じゃねえよ!?」
短すぎるワンピースから伸びる太ももはちょっと美味しそ――何言ってんだ。余談だが妖精補正なのか、どれだけ飛び回ってもスカートの中は見えない。光が屈折して真っ暗にしか見えないのだ。
「だ、そうですよ。シーちゃん先輩」
ドラさんがガブリッチョに話しかけた。
「ん? そいつガブリッチョだぞ?」
「ガブ」
ガブリッチョがあんぐりと口を開けて、中を見せた。そこにいたのは、シーちゃんだった。
「おまっ、ずっと聞いてたのかよ」
「私、先輩? 可愛い?」
「お、おう。まあそうだな」
「うへへ、ソータぁああ!」
シーちゃんがガブリッチョの口の中から飛び出してきて、俺の胸に体当たりしてきた。
ガブリッチョもそれに続いて、俺の頭に甘噛みする。
どうやら機嫌が直ったようだ。女心はよくわからん。
ドラさんだけは、全て分かっていたとばかりに微笑んでいた。
クラスメイト女子二人からは辛辣な対応をされますが、モンスターにはモテモテです。