30 帰還
こっそり湿地洞窟の入口近くに転移して、何食わぬ顔でダンジョンを出た。
はぐれたまま三十分以上姿を見せなかった俺たちに、アギトと長瀬が心配そうに駆け寄ってきた。
他の班は探索を終えて教室に戻っているようで、待っていたのは二人と古屋敷先生だけだ。
「雪華様、ソータ君!」
「ふん、俺に黙って先に進むとは良い度胸だな?」
「こんなこと言ってますが、アギト様心配しすぎてずっとソワソワしてたんですよ」
「そんなわけあるか!」
ボロボロになった日下部さんの探索者スーツを見ても触れないのは、二人なりの優しさだろうか。
「ソータ君……いくらダンジョンの中で二人きりになったからって、そういうことするのは良くないと思います」
「盛大に誤解してないかな!?」
長瀬が手で口元を隠して、目を逸らしながら囁いた。
ドライアドの治療によって傷はほとんど癒えているのだ。だから日下部さんはケガもなくただ服が破けているだけ、という風に見える。曲解すれば、洞窟内で狼藉を働いたと思うかもしれない。
だが考えてみて欲しい。俺が無理やり彼女を手籠めにしようとしたらどうなるか。間違いなく、返り討ちにされる。それはもう容赦なくボコボコに。
「ふーん、なら良いですけど」
「ハルリ、怖かったわ。ソータが眠った私を……」
「雪華様! ああ、おいたわしやぁ」
「二人とも大根役者すぎる」
日下部さんとか無表情で棒読みだし。
ひとしきり再会の喜びを分かち合ったところで、古屋敷先生が記録用紙のボードで俺の頭を叩いた。
「君たちー、ちゃんとパーティで行動しなきゃダメだよ」
「古屋敷先生……すみませんでした」
いつになく真剣な古屋敷先生に、俺たちは口々に謝った。虚子と戦っていたことなんて馬鹿正直に言うわけにもいかない。そもそも全面的に俺たちが悪い。
「何のためにパーティを組んでいると思ってるのさ。ダンジョンでは何があるか分からないんだから、お互いに助け合うんだよ」
「はい」
「じゃあ減点ね。四人とも」
「それは……」
初回の探索は成績に大きく影響することはないとはいえ、それはきちんと探索を終えられた場合だ。難易度が低く、失敗する可能性が限りなく低いからこそ、全員一律に基礎点が与えられるのだ。
だが、ミスをすれば当然点数は下がる。
優等生の日下部さんが、ぴしっと手を上げた。
「お言葉ですが、大門寺君とハル、長瀬さんは予定通り迷宮資源を回収し、探索を終えました。減点は私と唐西君のみが妥当です」
「俺もそう思います」
パーティが分断されたのも大幅に遅刻したのも俺たち二人の責任だ。二人は関係ない。
日下部さんは首席入学で成績トップ候補筆頭だから、この減点は痛いだろう。同じくトップを狙っているアギトからしても、日下部さんだけが減点された方が好都合のはず。
俺は逆に、合格ラインギリギリなので減点は致命傷だ。だが、しょうがない。
「ふん、馬鹿か? お前らは」
アギトが髪をかき上げて嘲笑した。
「距離が離れたことに気が付いていたにも関わらず、足を止めなかったのは俺たちだ。つまり、弱者の歩行スピードに合わせられなかった俺の責任だ。雑魚との実力差も見極められないとは、俺もまだまだということだな」
「アギト……お前、減点されても良いってことかよ?」
「ハンデには丁度いいだろう。前期成績トップは、当然俺が頂くがな」
そりゃ、アギトなら日下部さん以外にライバルはいないだろうけど、日下部さんと一緒に減点されたら差は付かない。
「雪華様をけだものと二人きりにするなんて、一生の失態です……」
「その茶番まだ続いてたの!?」
長瀬は長い前髪の隙間から片目を出して、にへらと笑った。
彼女も特に異論はないらしい。
「まあ君たちの意見なんて聞いてないけどね。午後は通常授業だから早く着替えてー。僕は職員室で昼寝! 解散!」
古屋敷先生がボードと手でパンと音を立てると、神隠しのように姿を消した。
ダンジョン前には俺たち四人だけが残される。
なんとなく口を開くタイミングを見失って静寂に包まれた。風が木の葉を揺らす音だけが、数秒を支配する。
最初に口を開いたのは日下部さんだった。
「その、ごめんなさい。私たちのせいで」
「誰が謝れと言った?」
「いえ、その……ありがとう。ハルリも」
「ふん、弱者は弱者らしく俺についてくればいいのだ」
「大丈夫ですよ、雪華様」
ああ、良い仲間たちと出会えた。
「アギトーー!」
「な、なんだお前は! 抱き着くな! 気持ち悪い」
「長瀬!」
「きゃあ! こっち来ないでください!」
「照れてるとこも可愛いぞ!」
「いえ、真剣に拒絶してます」
俺たちは和やかな雰囲気のまま、教室に戻っていった。
一章ラストはこの話かも(無計画が露出した瞬間)
次話から二章スタートします!