29 目覚め
「日下部さん!」
ぱちぱちと瞬いて、徐々に意識をはっきりとさせていく。
今の日下部さんは、ドライアドに抱きかかえられ寄りかかっている体勢だ。背中の感覚を確かめるようにもぞもぞ動いて、ぱっちりと目を開ける。顔を覗き込んでいたドライアドと目が合った。
「おはようございます」
「あ、おはようございます……モンスター!?」
さすがの身のこなしと言うべきか、病み上がりなのに驚異的なスピードで立ち上がり距離を取った日下部さんは、空中に手をかざしてスキルを発動した。
「武装顕現」
レイピアや長剣などの武器を創り出すスキルだ。
手元が一瞬光ったかと思うと、その手にはレイピアが握られていた。
「ま、待ってくれ!」
「ソータ……? どいて。そのモンスターを倒さないと」
「いやいや、モンスターじゃないから。ちょっと肌が緑色で、木と同化しつつあるだけで……」
我ながら苦しい言い訳をしながら、ドライアドの前に立ちふさがった。ドライアドは「まあ!」といった感じで手を口元に当て、特に警戒せず座っている。呑気か。
「ソータぁ、ガブリッチョがお腹空いた――ひゃあ! 鬼が起きてる!」
「妖精モンスター!?」
「いやいやいや、この子は妖精じゃないよ! ちょっと背が低くて、羽が生えてるからってモンスター扱いは可哀そうだな!」
最悪のタイミングでシーちゃんが戻ってきてしまった。そして、その奥にはガブリッチョがひょっこり顔を出した。まずい、ガブリッチョはどう見ても人間ではない。その前から怪しかったけど。
シーちゃんは昨日から日下部さんを苦手にしているから、俺の背中の後ろに隠れてぶるぶる震えてる。でも解毒は一生懸命手伝ってくれたんだよな。
「モンスターが何体も……私はなぜダンジョンに?」
日下部さんが戦闘態勢をくずさずに困惑している。
しかし、日下部さんはちょっと抜けてるところはあるけど愚鈍ではない。状況を正確に把握するのも時間の問題だった。
「そう。あなた――」
すなわち。
「ダンジョンマスターだったのね」
レイピアの切っ先が、明確に俺へ向いた。いつもの冷たい視線ではなく、感情がなくただ敵を見据える瞳に変わった。
モンスターを背に庇い、襲われていない俺という存在。日下部さんがその結論に至ったのは当然だ。
「……ああ、そうだ」
日下部さんがダンジョンマスターという存在に並々ならぬ殺意を持っていることは、虚子との一件で分かっていた。ダンジョンに招けばこうなることも予想できたが、我が身可愛さに見殺しにするなんてできなかった。
この期に及んで誤魔化す意味はないだろう。俺は覚悟を決めて首肯した。
「つまり、あなたと虚子は共謀して私を追い詰めたってわけね」
「それは違う!」
「虚子は最初、同志に挨拶に来たと言ってわよね。あなたのことだったの」
「それはそうだが……決して、共謀なんてしてない。俺は、日下部さんを助けるために……」
「助ける?」
日下部さんを助けるために戦った。それは真実だ。
しかし、元はと言えば俺が日下部さんを危険に晒したんだ。俺が迂闊な行動をしなければ、あの日日下部さんが職業管理室に来ることもなかった。虚子に公安の人間だとバレなければ、殺そうという判断はしなかったはずだ。
それだけじゃない。授業だから大丈夫だろうと、深く考えずに湿地洞窟に入ってしまった。ダンジョンマスターとして、虚子がいることを知っていたのに。
俺は色々な後悔が脳裏をめぐって、言い淀んだ。
代わりに声を上げたのはシーちゃんだった。
「ソータは蛇女の仲間なんかじゃないもん!」
「シーちゃん……」
俺の肩にがっしり捕まりながら、しかと日下部さんを見据える。
「ソータはあなたを守るために、頑張って戦ったんだから! それに、正体がバレる危険を冒して、毒の治療だってしてあげた、のに……」
勢いよく話し出したシーちゃんだったが、途中から日下部さんが怖くなったのか涙声になっていった。違うか。俺のために感情的になったから、涙が溢れてきちゃったのか。
「毒……治療……」
日下部さんは小さく呟いて、自分の身体を見下ろした。探索者スーツはところどころ破けているが、傷は塞がり毒は抜けている。ドライアドの言葉を信じるなら、特に不調はないはずだ。
ちなみにだが、ニーハイとショーパンの間の絶対領域は傷一つなかった。なぜだ。
「はぁ。なんとなく理解したわ。いえ、最初から分かっていたのだけれど、どうしても信じられなくて」
日下部さんがレイピアを降ろして、肩の力を抜いた。
「寝ている女の子の服を破く趣味がソータになければ、私はあのヘルコブラに何度も噛まれたのよね」
「しまった! 太ももを堪能するチャンスだったのに!」
「それに、毒でほとんど身体が動かなかったのを覚えているわ。私に乱暴するために毒を盛ったわけではないのよね?」
軽口を言い合って弛緩した空気に、ほっと息をついた。
日下部さんがレイピアを消した。
「ソータ、ありがとう。助かったわ」
「ああ、どういたしまして」
「あなたもありがとうね。小さな妖精さん」
「ひゃぁ。ソータに意地悪したら許さないからね!」
優しく頭を撫でられて、満更でもない様子のシーちゃん。
シーちゃんは俺の肩にいるから、頭を撫でるということは俺とかなり接近することになる。見たこともないような柔らかい表情に、思わずドキッとした。
一番の功労者と言ってもいいドライアドは、口を出さずおっとりと座っていた。生まれたばかりなのに大人の余裕がある。
何はともあれ、日下部さんは無事に救出できたし、誤解も解けた。
湿地洞窟の支配についてはよく分からないけど、コアさんが上手くやってくれると思う。
一件落着だな。
俺が腕を組んで達成感に浸っていると、日下部さんから冷や水を浴びせられた。
「ダンジョンマスターについては後でゆっくり聞かせてもらうから」
「あ、はい」
見逃してくれませんかね? 捜査官殿。
一章終了です!いかがでしたでしょうか?
主人公はこれからも心身ともにどんどん成長していきます。お楽しみください。
日下部さんをもっとデレさせろ!という方は☆5に。
アギトの活躍はまだか!という方も、☆を好きなだけ黒くしてください!
よろしくお願いいたします。




