25 毒
その可能性を考えなかったわけではない。
蛇系モンスターの特徴として、多くの種が毒を持つことがあげられる。
ヘルコブラを多数相手にし、多くの傷を受けたのに一度も毒を受けなかったとは考えづらい。
ヘルコブラが毒を持つモンスターかは分からなかったが、彼女の言葉で確信に変わった。
「だから、あなたの負け!」
彼女は八重歯を見せて言い放った。
日下部さんは諦めたように力なく息を吐いた。
考えろ。虚子が言った言葉が真実だとして、時間は二十分。
担いで帰っても間に合わない。ならばここで治療するしかない。だが持ち合わせの解毒草はわずかで、そもそも人間への使用には向いていない。
「アハッ。焦ってるねー」
「うるせぇ」
「でもさ、一つ忘れてることがあるよ?」
ソファに寝転がるように、ヘルコブラに頬ずりして指を弾いた。
虚子の合図で、ヘルコブラが再度俺に突進する。
「あなたのことを見逃すなんて、言ってないよ?」
「っ!?」
だんだんヘルコブラの動きにも慣れてきたが、それでも攻撃を当てることはできない。
広場を縦横無尽に駆け回り、俺とヘルコブラは何度も交錯する。その度に傷を負うのは俺だけだ。
「なら直接狙う!」
俺はニードルナックルを纏い、軽くジャンプする。ダンジョンマスターの跳躍力は軽く三メートルは跳べる。
そして上空から虚子を狙った。
「この子がそんなこと許すと思う?」
ヘルコブラが虚子を庇うように尾を振り上げ、彼女を隠した。そして、そのまま俺を迎え撃つ。
防御を優先した動きのためスイングスピードは大したことないが、完全に防がれてしまった。
再び距離を取って、日下部さんの前に降り立つ。
「死に損ないを庇いながら戦うのも大変なんじゃない?」
「いいや、全然」
「強がっちゃってー。もう手遅れなんだから、諦めたほうがいいよー」
「絶対助ける」
さっきから何度も繰り返している、この言葉。
俺が憧れた探索者は、ヒーローは、諦めることはしないと。
自分に言い聞かせているだけだ。
本当は、自分の力なんてちっぽけで、才能なんてないってことを知っている。本心では、もう無理だなんて思っている。
それでも、俺は前に進むしかないんだ。それが、俺を俺たらしめることだから。
だが完全に八方塞がりだ。虚子を倒す算段も、日下部さんを治す方法も──
『マスター、あの女は助かります』
その時、脳内に声が響いた。
『私が助けます。なので、マスターは虚子の排除を』
「了解ッ!」
ああ、忘れていた。
探索者ならいつだって、仲間がいるんだ。
息を潜めたままタイミングを伺っているシーちゃんも、手で大きく丸を作ってくれて頼もしい。
ヘルコブラがシーちゃんのいる方をチラリと見た。蛇は赤外線で物を見ることができるという。気づかれたか?
「何よ突然叫び出して。ほらほら、もう一回」
虚子はヘルコブラの視線の先には気づかず、焦れたように指示を繰り返す。
なんか、ヘルコブラのポテンシャルを引き出せていない気がするな。それに、虚子自身も相当ステータスが高いはずなのに、戦おうとしないし。
ヘルコブラの攻撃も単調なものばかり。日下部さんに全てやられたのか、増援もなし。
シーちゃんも動いてくれているし、ガブリッチョもいる。コアさんがサポートしてくれる。
万全は尽くした。後は倒すだけだ。
「日下部さん、もう少しだけ耐えてくれ」
「……ありがとう」
観念したように、礼を言った。あいにく、苦しんでいる仲間を見捨てられるほど器用な生き方してないもんで。
気休め程度に、ポーチから残りの解毒草を取り出し、日下部さんに噛ませる。
食べ物の効果を引き出すレッサーヴァインでもなければ、そのままでは効果が薄い。しかし、時間稼ぎにはなるだろう。
俺は覚悟を決めて立ち上がり、虚子に向き直った。
「終わらせよう」
「あなたの死で、ね」
長くてすみません。次回決着編