23 道程
解毒草はほとんど使い切ってしまった。浅層に毒を持つモンスターはほとんどいないから、それほど持ってきていなかったのだ。残り数枚、大切に使わないと。
それに、解毒草はそのまま人間に使っても効果は薄い。加工することで『解毒ポーション』という毒の種類に関わらず無毒化する超科学ドリンクを作れるのだが、大量の解毒草を煮詰めて凝縮する必要があるため、単価が高い。
自前で生産できる俺なら原価は掛からないが、まだ作れていない。
「なるべく毒を受けないようにしないとな」
ガブリッチョは戦略の要だ。ここで失うわけにはいかない。
「にしてもしつこいな!」
急がないと、日下部さんが殺されてしまう。
焦る気持ちを抑えて、俺は確実にモンスターを倒していく。ここでうっかり毒を貰いでもしたら元も子もない。
先ほどの包囲で周囲のモンスターの多くが集まっていたのか、遭遇はまばらだ。それでも狭い通路で何度もエンカウントするので、いちいち足を止められる。
「コアさん、日下部さんの場所分かるか!?」
『所有権を持たないダンジョンの内部情報を獲得することはできません』
「そりゃそうか」
『ダンジョンマスター:虚子の性格分析によると、ゲーム感覚で提案してきたことから、このまま進めば辿りつける可能性が高いでしょう』
「性格分析なんてできんの!?」
なるほど、虚子がこの状況を楽しんでいるのなら、絶対に間に合わないような構造にはしない。例えば、階層をいくつも離して通路を塞げば、日下部さんを助けることは不可能だ。
俺が間に合う可能性が少しでもある、そんな状況にするはずだ。
湿地洞窟の構造からも、それは読み取れる。
いわば『学生が利用しやすいダンジョン』になっているのだ。殺し、搾取するダンジョンではなく、効率的にスキルを使ってもらって何度も通ってもらえるような。
いくつも分岐した通路や、定期的に設置された迷宮資源、進むほど敵が強くなるシステム。
ゲームのダンジョンのように、探索者を呼び込む工夫がされている。
虚子が優しいという話ではなく、DPを稼ぐために考えられた形態なのだろう。ダンジョンマスターは経営者だ。消費量よりも多くのDPを稼げなければ、枯渇する。
「性格分析通りなら、このまま行けば!」
さっきから一本道だしな。
虚子の想定よりは早く進めていると思う。俺は全力で走りながら、モンスターを処理していく。ダンジョンマスターのステータスは思ったより高いようで、ニードルナックルによって一撃で倒せた。
だが、ヘルコブラには勝てるか分からない。特に、虚子が乗っている個体は、かなり強そうだった。日下部さんのレイピアも悠々と避けていたくらいだ。
ヘルコブラが一匹も俺の前に現れないところを見ると――日下部さんのところに集中している可能性がある。
「アギトと長瀬は無事かな?」
『マスターとあの女が二人になったタイミングで現れたところを見るに、無関係な者に手を出す気はないのでしょう』
「日下部さんにアタリ強くない?」
気休めでもそう言ってくれるのは助かる。
およそ十五分走っただろうか。
移動しながらだとガブリッチョを召喚することができないため、少し手間取ってしまった。
ひときわ狭い横穴を抜け、突然明かりが差し込んできた。反射的に目を閉じて、うっすらと開ける。
「アハッ、早かったじゃん」
「ソー、タ……」
横穴を出たところは広間になっていて、その中央に虚子と日下部さんが立っていた。
「日下部さん! よか――」
良かった、そう言おうとして、立ち止まる。様子がおかしい。
彼女は純白の長剣を杖代わりにして、血だらけで立っていた。
防刃仕様の探索者スーツはところどころ穴が空き、夜空のような綺麗な黒髪は乱れ、血に濡れていた。日下部さんは震える足をなんとか突っ張り、気丈に虚子を睨みつけている。
「早かったけどー、遅かったみたい?」
日下部さんの身体からふっと力が抜け、長剣がカランと地面を鳴らした。うつ伏せに倒れそうになったので、慌てて駆け寄って、受け止める。
虚子がヘルコブラの頭を撫でて、意地悪く笑った。
二つの太ももが出会ってしまえば、殺し合う他ない――ッ
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