21 ヒーローなら
「日下部さんを殺すだと?」
「アハッ、そんな怖い顔しないでよー。私たち仲間でしょ?」
「俺はお前の仲間なんかじゃない」
俺の仲間は、アギトや長瀬、そして日下部さんだ。
共に探索者を目指す、クラスメイトだ。
「アハハ、だってあの子、公安だよ? あなただって危ないよ。私たちダンジョンマスターは、人類の敵なんだから」
「それでも、俺の仲間だ」
「正体を隠していたとしても?」
痛い所を突かれ、言葉が詰まる。
俺の正体は明かせない。それは、探索者になるという夢を捨てることになるからだ。
公安迷宮庁の捜査官であり、ダンジョンに対し恨みのような感情を抱いている日下部さんに知られれば、どうなるか分からない。
だから俺は、他人のジョブを看破するようなスキルすらも欺く『ステータス偽装』を使ってジョブを偽称した。
普通の人間であると嘘をついて、学校に潜んでいる。
「ほら、あなたのためにもいいでしょ? じゃ、殺してくるね」
「待て! お前だって人間だろ!?」
「新参のあなたと違って、もう二十年もマスターやってるから、この子たちの方が愛着あるかな。あ、私たち年取らないから。これ豆知識!」
年取ることもできるけどね、とヘルコブラの上でくつろぐ虚子は、二十代前半くらいの見た目だ。だが、実年齢はもっと上なのだろう。
「日下部さんが死んだら学校も公安も黙ってないはずだ」
「んー、かもね。でもダンジョンで人が死ぬなんて珍しいことじゃないし」
「公安には日下部さんからお前のことも報告が行っているはず」
実際のところ、報告したかどうか定かではない。
日下部さんの執着を見るに、報告をしていない可能性も高い。もし公安までダンジョンマスターの存在が伝わっているなら、実習が今まで通り行われるのも不自然だ。
「プロの探索者が大勢押し寄せてくれば、お前だってタダでは――」
「ごちゃごちゃうるさい」
――殺気。
マイペースにな口調だった虚子は、突然機嫌を損ね俺を睨んだ。
明確な殺意。人を殺したことのある者にしか出せない、本物の殺気。背中に冷や汗が流れる。少女のような姿だが、彼女はこの危険なダンジョンの支配者なのだ。
「あなた、何? 最近マスターになったばかりの奴が、私に指図しないで」
「……だが日下部さんを殺させるわけにはいかない」
「あの子の心配ばかりしてるけどさ、自分が殺されるとは思わなかった? 同じダンジョンマスターだから、殺される心配はないって?」
「それは――ッ」
初めから友好的な態度だったから、すっかり失念していた。
ここは彼女のダンジョンの中で、通路を塞がれているのだ。俺の命を握っているに等しい。
直接戦っても勝ち目は薄い。レベルアップのたびに上昇するステータスを考えると、長年ダンジョンマスターをしている虚子の方が間違いなく強い。さらに、ここにはヘルコブラを初めとする蛇モンスターたちが多数生息している。一斉に襲われれば、為す術ない。
「ダンジョンマスター同士でも殺し合うことはあるんだよ。今あなたを殺すことも……アハッ、良い事思いついちゃった」
口元に手を当てて、目に届きそうなほど口角を吊り上げた。
「私は今から公安の子を殺しに行くからー、助けてみてよ」
「助けて……?」
「そう。この子たちを退けて、あの子が殺される前に助けに入るの。ねえ、楽しそうでしょ?」
まるでゲームのルールを説明するように人差し指を立てて虚子が言った。
「人の命をなんだと……」
「チャンスをあげるだけありがたく思ってよ。じゃあ、今からスタートね!」
虚子は以前職業管理室で見せたように、身体を極限まで薄くして、壁の隙間をすり抜けていった。ダンジョン内転移ではない。何かのスキルか?
いや、そんなことを考えている場合ではない。虚子は本気だ。本気で日下部さんを殺そうとしている。
「頑張ってね、ヒーロー気取りさん」
そうだ、俺はヒーローになりたかったんだ。
テレビで見た、ファンタジー世界のヒーローのような、探索者たち。
「ヒーローは、こんなところで諦めないよな」
俺は自分に言い聞かせて、拳を握る。
正面から雪崩込んでくるのは、大量の蛇たち。ヘルコブラはいないが、大小様々なモンスターが、大挙して押し寄せてきた。
「絶対助けてやるからな。待ってろよ。コアさん、協力してくれ」
『なるべく早期の脱出を推奨します』
「頼むよ」
『マスターが合理的でないことは存じ上げております。お任せください』
一番頼りになる奴が、任せろと言ってくれた。
あとはがむしゃらに戦うだけだ。
対虚子戦開幕!
果たして女神を助けることはできるのか――?
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