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20/49

20 分断

 アギトが浮き蛇を倒してから数度の戦闘を経て、目的地までたどり着いた。

 時間にしておよそ一時間だ。ダンジョンとしては序盤も序盤だが、初めての授業だしこんなものだろう。


 目的地以降から出現する迷宮資源『魔晄コケ』を持ち帰ることが課題だ。


「あ、ありましたよ!」


 小柄な体躯をぴょこんと跳ねさせて、長瀬がこちらを向く。

 頬が少し上気して、肩で息している。俺は鍛えているからなんてことないが、彼女にとっては一時間の洞窟は負担だったようだ。それでもナイフでコケを削ぎ取る様子は楽し気だった。


 魔晄コケは石壁にこびり付く光るコケで、細かく刻み発酵させることで肥料として高い効果を発揮する。食糧生産を支える重要な資源だ。

 採取場所の観点から難易度は高くないが、継続的かつ大量に必要となる資源だ。


「よーし、このくらいでいいですかね。戦闘では役に立てなかったので、私が持ち帰ります!」

「そんなことないわよ。ハルリのおかげで無事に終わったわ」

「ふん、なんとも手ごたえがなかったな。もう少し進んでもいいが」

「ダメだろ。授業なんだから。皆初めての探索で、皆なんだかんだ疲れているし」

「分かっている。言ってみただけだ」


 おっ。これだから弱者は……みたいな定型句が飛んでくるかと思いきや、案外素直に応じた。

 アギトも微かに疲労の色が見える。最初から張り切りすぎていたからなぁ。


 日下部さんは相変わらず涼しい顔をしている。彼女は何度かの戦闘でも、表情を崩すことはなかった。可憐に、あるいは華麗にレイピアや長剣を振っていた。


「アギト様! 楽しかったですね!」

「俺の伝説の一ページ目だ。よく目に焼き付けろ」

「はぁーい」


 上機嫌のアギトと長瀬が、連れ立って道を引き返し始めた。あまりアギトを調子乗らせるなよ!


「あれソータ君、雪華様、どうしたんですか?」

「ん、いや。すぐ行くよ」

「わかりました!」


 俺が立ち止まったのは、日下部さんが立ち尽くしたまま動かないからだ。

 目的地に着いたというのに、その先の暗がりを見つめている。いや、睨んでいるようにも見えた。


「どうしたんだ?」

「いえ……この先にあの女がいるかと思うと、このまま帰って良いのか、と」

「あー、いるかは分からないけどな。今までダンジョンマスターという存在がいる、なんて論文見たことないし、この前のも嘘だったのかも」

「ヘルコブラを操っていたのに? ダンジョンマスターはいるわ。必ず」


 底冷えのするような、陰のある表情で彼女は言った。


 虚子は別れ際、会いたかったら湿地洞窟に来て、と言っていた。

 同じダンジョンマスターの俺に言ったのか、日下部さんに言ったのかは分からない。だが虚子がこのダンジョンのどこかにいることは間違いない。


「でも、会ったとしても勝てないだろ」

「勝つわ。そのためにここまで努力してきたんだもの」

「そのため?」

「ええ。ダンジョンの黒幕を探して、捕まえて、尋問して、あの男のことを(・・・・・・・)――話し過ぎたわ。忘れて」

「めちゃくちゃ気になるところで止めるじゃん」


 ハスキーな凛とした声が、どんどん低い音になっていき、どす黒い感情が渦巻く。

 そんな彼女を前に、俺は軽い調子で茶化すことしかできなかった。これは逃げだ。彼女の過去を受け止めることから、逃げた。


「ふふ、内緒よ」


 はっとして笑った彼女の目は、どこか寂し気に見えた。


 首席入学の秀才で、公安迷宮庁の捜査官という裏の顔を持つ。既にかなりの実力を備えていながら、先生を捕まえて訓練を行うくらい、誰よりも努力家。しっかり者で、クール。冗談が下手。あと、ニーソとスカートの間の絶対領域が最高。つまりは太ももの女神。

 短い付き合いだけど、彼女のことはそこそこ知っている。だけど、この顔は知らない。


 放っておいてはいけない気がした。


「なあ、お前過去にダンジョンでなにか――」


 あったのか?

 そう聞こうとした瞬間だった。


「ソータ!」

「――!? 日下部ッ!」


 焦った様子の日下部さんが、白い手を真っすぐ伸ばした。一瞬遅れて、俺も異変に気付く。


 二人の間の地面から、壁がせり上がってきていた。


 彼女の反射神経を以てしても、壁が天井まで繋がる方が早かった。壁は洞窟の通路を完全に塞ぎ、俺たちは分断されてしまった。俺は一瞬で察した。ダンジョンの『通路変更』だ!


 壁の向こうからくぐもった声が聞こえるがあいにく聞き取れない。

 おそらく虚子の手によって、二人の間に壁を作ったのだ。一体何のために?


 俺の疑問に答えるように、背後から声がした。


「いやー、この前は殺さなかったけどさー」

「虚子……」

「公安にバレたらちょっとめんどくさそうだし、私まだ死にたくないからねー」

「なにが言いたいッ」

「アハッ、分からない?」


 シュルシュルと舌を出す、額に魔石の埋め込まれたヘルコブラ。日下部さんが倒した奴より一回り大きい蛇モンスターに乗って現れた虚子は、赤いチャイナ服のスリットから大胆に足をさらけ出して、妖艶に口角を吊り上げた。


「あの子を殺そうと思って、ね」


 ここならポイントになるし、と小声で続けた。


なんて恐ろしい太ももなんだ……!

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― 新着の感想 ―
[一言] 確信を持って言える。 お前虚子の太もも見てただろ!
[気になる点] >可憐に、あるいは華麗にレイピアや長剣を振っていた。 レイピアはスキル生成、長剣は支給装備でしょうか?
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