02 入学式
そして訪れた入学式の日。
第三迷宮専門高等学校――通称三迷は、日本で三番目に建てられた迷宮専門学校だ。
神奈川県西部の山中にあり、全寮制で生徒たち、つまりは探索者候補生を全力で育成する仕組みになっている。
付近には低ランクの迷宮が二つあるという、立地の良さから人気の学校だ。
「えー、三十一名の新入生の皆さまは互いに切磋琢磨し、未来の日本を担う立派な人材に――」
入学式なんてものは、どこの学校でも校長先生が気持ちよく話すだけの場だ。俺たち新入生にとっては、大した感慨もない。
重要なのはこの後。
クラスの顔合わせと寮の部屋分けだ!
迷宮攻略科二十四名、迷宮研究科七名の計三十一名は、三年間寮で生活することになる。
部屋は二人一部屋で、一年間は変わることがない。入学式後の最重要イベントだ。
だいたい、入学式で聞かされる内容なんてパンフレットに書いてあったことばかりだ。
どうでもいいから早く終わらせろ!
「えー、以上で入学式を終わります」
たっぷり二時間ほどかけて入学式が終了した。
心なしかぐったりとした新入生たちは、ぞろぞろと会場を出る。
そのまま無言で移動して教室に入った。校舎や教室の内装は中学校とそう変わらないな。
一学年三十名ほどの生徒が三学年だから、全校生徒合わせても百人に満たないことになる。よく合格できたな、俺。
改めてクラスメイトをちらちら見ると、美男美女ばかりだ。試験項目に容姿でもあったのか? と思うほどである。
ということは、俺の容姿も優れているということになるのでは?
「おい、そこの地味な男」
「あ、はい」
そんなことはありませんでした。
知ってたよちくしょう! むしろ美男美女が増えたせいで相対的に一層地味になったよ!
話しかけてきた開口一番から失礼な男は、プラチナブロンドの髪をばっちりセットしたイケメンだった。顔もどこか西洋よりで、めちゃくちゃ似合ってるし格好いい。
彼が話しかけてきたのは単純に席が隣だからだろう。ちらほらと、友達を作ろうと会話を始める者たちがいた。
「俺は大門寺アギトだ」
ずいぶん不遜な態度だが、彼なりに俺と友達になろうとしてくれているのかな?
だとしたら嬉しいし、俺も学校生活をぼっちでスタートしたくない。
「唐西颯太です。よろしくね」
「ふん」
握手をしようと手を出したら、鼻で笑われて無視された。
ええ、照れ屋なのかな。
「俺は大門寺だ」
「うん、聞いたよ」
「何か感想はないのか?」
「感想……」
感想って言われても。
大門寺アギト。大門寺……あっ。
「大門寺って大門寺カブトさんと何か関係が?」
「ふっ、カブトは俺の父親だ」
「ええ! あの単独でAランクダンジョンを踏破した、トップ探索者の大門寺カブトさんの!?」
「ああ、そうだ」
アギトは腕を組んで、鷹揚に頷いた。口の端がぴくぴく動いている。俺が望む返しをしたからなのか、満足気だ。
それにしても、さすが三迷だ。有名人の息子が普通にいるなんて……。
俺って結構すごいところに入学したんだ、と改めて実感する。
思わぬビックネームに、聞き耳を立てていたクラスメイトがざわつき始めた。
そりゃそうだ。探索者を目指す者で、いや日本国民で大門寺カブトの名を知らぬ者はいない。
「当然、俺の適正はAだ。父の才能をしっかり受け継いでいる」
「A適正!? すごい」
「貴様の適正はなんだ?」
「俺はDだよ」
別に隠すことでもないし、いずれ分かることなので即答した。
その瞬間、教室内が凍り付いた。
俺の声が嫌に響いて、全員の視線が俺に集まる。誰しもが話すことをやめた。
「……もう一度言ってくれるか」
「うん、俺の適正はDだよ。いやー、ギリギリだったけど合格して良かった」
「なぜDランクごときがこの学校にいる?」
アギトが眉間に皺を寄せて、不快感を露わにした。
他の生徒たちも概ね同じような反応だ。嘲笑してきた生徒はそう多くないが、皆一様に疑問符を浮かべている。
「努力したからね」
「ふん、どんな手を使ったか知らないが、俺は話しかける相手を間違えたようだ。二度と俺に関わらないでくれ」
「は? どういうことだよ」
「いいか、適正ランクはそのままジョブの強さに繋がる。ジョブの格差は努力なんかで埋まるものではない。BやCならまだしも、Dランクなど足手まといになるのが目に見えている。俺の邪魔されては困る」
彼の目にはもう、クラスメイトに向ける友好的な色は消え敵意しかなかった。
俺は頭が沸騰するほど熱くなり、思わず拳を握りしめた。
「Dランクが弱い。そんなことは分かってる。だが俺は自分の実力でここにいるんだ。お前にどうこう言われる筋合いはない」
「ふん、どうせすぐに音を上げて辞めるに決まってるがな。その前に自分で退学したらどうだ?」
「ふざけ――」
探索者になるのは長年の夢だ。
それを簡単に否定されてたまるか。
「はいはい、そこまで」
俺が振りかぶった拳は、背後に突然現れた腕によって止められた。
「毎年誰かが必ずトラブル起こすんだよねぇ。担任が来る十数分くらい大人しく待てないのかなぁ」
飄々とした口調の男は、俺を地面に組み伏せながら欠伸した。