19 浮き蛇
ダンジョンに潜っていると、探索者としての視点の他に、ダンジョンマスターとしても見てしまう。
湿地洞窟は壁や天井……つまりは環境設定を洞窟にして、細かく道を設定しているようだ。俺のダンジョンはまだ、薬草や毒草、レベル3で追加された解毒草を栽培している小部屋があるだけなので、羨ましい。
やっぱザ・ダンジョンみたいなのも作ってみたいなぁ。植物系だからやっぱり森かな?
シーちゃんがいれば相談できたんだけど、さすがに置いてきた。
昨日日下部さんが「モンスターの気配が!?」とか言いながら剣を振り回していたから、随分怖がっていた。明後日の方向を攻撃してたけどね。
『他のダンジョンに入るのは危険です』
コアさんは静かにしててね。
ダンジョンが危険なのは承知の上だが、今日は少ししか進まないから大丈夫だろう。
それに、危険だからと二の足を踏んでいたら、探索者は務まらない。
「そろそろモンスターが出てくるエリアですねー」
「そうね。ハルリ、バフお願いできるかしら」
「分かりました。雪華様」
長瀬春里のジョブは『吟遊詩人』だ。それ程レアなジョブではなく、ジョブ適正C相当である。
しかし、その能力は非常に有用だ。直接戦闘を行うジョブが多いのに対し、吟遊詩人はバッファー。つまり味方を強化する支援スキルが主だ。
「春の詩壱番――雪解け」
長瀬がフルートを取り出し、吹き始めた。洞窟内に透き通る笛の音が響き渡る。
吟遊詩人は音さえ出ればどんな楽器でも、なんなら手拍子でも良いらしいのだが、本人が一番集中できる方法が良い。反響して目立つことこの上ないが、話し声もかなり大きかったので、今更気にしても仕方がない。
余談だが、レベルが上がれば無音でも発動できる。
「ほう、これは良い」
「私の大事なパートナーだもの。誰にも渡さないわ」
「すげぇ。今ならヘルコブラでも倒せそう」
「ソータじゃ無理よ」
詩が身体に染みこむように、全身が光に包まれた。効果はスピードアップだ。身体の動きが早くなる。
それに、長瀬の演奏も素晴らしい。ダンジョン内でなければ、いつまででも聞いていたいくらいだ。
こればっかりは本人の技量なので、ジョブは関係ない。ある意味適切なジョブが与えられたのかもな。
「終わりました」
「ありがとう。……さっそくお出ましのようね」
俺たちの進行方向には『浮き蛇』がいた。
中国の伝記に出てくる龍のように、細長い蛇が宙を泳いでいる。もっとも、そのサイズは普通の蛇よりやや大きいくらいだ。
「ふん、俺が行こう」
「どうぞ」
「あんまり酸素減らすなよー」
アギトが前に一歩出て、『装炎』を発動する。
炎を纏うだけの初期スキルだが、その分汎用性は高い。自分の意思である程度は操れるようで、攻撃にも転用できる。
「洞窟とはいえ密室ではないし、そもそも俺の炎は酸素を燃やしているわけではない!」
「そうなんだ」
拳に炎を纏わせ、浮き蛇に接近する。浮き蛇は大口を開けて、アギトを迎え撃った。
飛行速度は大したことなくても、油断は禁物だ。燃え盛る拳を回避した浮き蛇は、突き出された腕に巻き付くように回転した。
「むっ」
アギトは腕から炎を噴出し、さながら爆弾のように弾けさせた。全身に炎を浴びた浮き蛇が怯んだところに、指を突き立てる。
「BANG」
反動で後方に下がるくらいの勢いで、炎の弾丸が射出された。
高密度の炎は浮き蛇の頭を貫き、灰に変えた。
「余裕だったな」
「よく言うぜ。途中ひやっとしたくせに」
初めてモンスターを倒したアギトは満足気に笑った。
主人公以外にスポットが当たりすぎている気がしますね。
そろそろ主人公を活躍させます。