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16 探索者とは

 演習場――正式名称は第一演習場――はサッカー場ほどの広さでドーム状の建物だ。

 出入口は二か所あるものの、裏側は山に面していて滅多に立ち入らない。


「こっちだよー」


 俺だけに見えるシーちゃんが半透明な羽を懸命に動かして先導する。

 木と建物によって陽が遮られる、暗く鬱蒼とした道を全力で走った。


「コア、レベルアップだ」


 レベル3になるためのDPはとっくに溜まっている。俺はステータスを底上げするためにレベルアップを実行した。

 身体が軽くなる。突然の強化に少しよろけたが、すぐに体勢を立て直して地面を蹴った。


「やだ、やめてください」

「そんな、僕はただ君に協力して欲しいだけなんだ。お礼に気持ちよくさせてあげるからさ」


 女の子の声だ!

 演習場の裏側、不要になった資材が放置されている場所に、彼らはいた。


 壁を背に怯えた表情をしているのは、気弱そうな少女だ。いや、クラスメイトの長瀬(ながせ)春里(はるり)という子だったと思う。あまり話したことはないが、俺のジョブを知っても蔑みも慰めもせず、変わらぬ態度で接してくれた。


 対するのは見知らぬ優男。長瀬を壁際に押しやっておいて、張り付けたような笑みを浮かべている。


 彼はゆっくりと長瀬に近づいて、彼女の手首を強く握った。

 よく見ると、ブラウスのボタンがいくつか外れ髪が乱れている。


「おい、その手を止めろ!」


 男の動きがぴたりと止まる。長瀬はぱっと顔を上げて、瞠目した。


「えっ、ぁぁ西君!」

「ぜったい名前うろ覚えなやつじゃん」


 俺は一方的にフルネームまで覚えていたというのに。

 唐西颯太です。ちゃんと覚えてね。


「あは、君はこの子のクラスメイトかな? いやー元気だね。大丈夫だよ、僕はこの子にお願いがあるだけなんだ」

「こんな人気(ひとけ)のないところに連れてきて、か?」

「静かに話せるじゃないか。僕なりの気遣いだよ」


 口角だけ上がって目が笑っていない。敵意はありませんよ、とばかりに腕を広げているが、胡散臭いことこの上ない。

 古屋敷先生の穏やかな笑顔とは違う、詐欺師の目だ。


「それに君は一年生だろう? 口の聞き方がなってないんじゃないか?」

「先輩が一年生の女の子に何の用だっていうんだ?」

「彼女は少々特殊なジョブを持っていてね。今度の試験の時に協力してもらいたいだけなんだよ。まあちょっとだけ、断りづらい雰囲気を作らせてもらったけどね」

「長瀬のジョブ……? たしか『吟遊詩人』だったか」

「そうだよ。味方を強化するジョブは貴重なんだ」


 へらへらしているが、それは不正行為である。当然だ、ジョブの試験は己の能力だけでやらなければならない。

 一年生なら与しやすいと思ったのか? 気の弱い女の子なら、少し脅せば口封じできると?


 涙目で縮こまる長瀬を見て、俺のはらわたが煮えくり返る。


「痛い目見たくなかったら大人しく帰りなよ」

「断る。クラスメイトが脅されているのを黙って見過ごすわけにはいかない。いいからその手を離せ」

「なにそれ? そういうの今時流行らないよ。正義漢気取りはやめなよ、偽善者くん」


 先輩はポケットからナイフを取り出して、指先で器用に回した。

 俺は拳を握りしめて、一歩踏み出す。


「正義なんかじゃねえ」

「あはっ、ヤル気? まだダンジョンに潜ったこともない一年生が、二年生の僕と?」

「唐西君! 私は大丈夫だから、やめてください」


 探索者の強さを決定づけるものはジョブだけではない。モンスターを倒すことで上がる、レベルも大切だ。一年間の戦闘経験を積んだ彼は、それなりにレベルが高いのだろう。

 ダンジョンマスターのレベル3がどの程度の強さなのか、俺にはわからない。もしかしたら勝てないかもしれない。


 だが、関係ない。

 やっと名前を思い出してくれた長瀬に静止されようと、俺はこいつを止める。


「これは正義じゃない。ただ、俺が許せないだけだ」

「君の許しは必要ない。それ以上進んだら切るよ?」

「俺の憧れた探索者は、仲間を見捨てたりしねえ! ここで逃げ帰ったら、俺が俺を許せない!」


 俺はステータス任せに飛び出して、先輩に殴りかかった。

 予想外のスピードに驚いたのか、彼は目を丸くして飛び退いた。反動で突き飛ばされた長瀬を正面から受け止める。


「へえ、速いじゃん」

「長瀬ッ」


 まずい、彼女を背に庇う瞬間、隙を作ってしまった。

 ナイフを逆手に握る先輩は回避後すぐに切り返してくる。回避が間に合わない!


「ソータ!」


 馬鹿、静かにしてろ!

 シーちゃんが思わず声を上げたので、目で訴える。


 俺は左腕を前に出し、防御の構えを取った。ナイフは俺の左腕を深く切りつける。

 痛いが、我慢できないほどじゃない。俺は歯を食いしばって、右拳を放つ。


 振るったばかりのナイフはすぐには戻ってこない。


「あはっ、一本だけだと思った?」

「なに?」


 彼の左手には何も握られていなかったはず。

 しかし戦闘経験においては先輩に一日の長がある。スキルの効果なのか、純粋な技術によるものか分からないが、いつの間に現れたもう一本のナイフが俺の右腕を迎え撃つ。


『ニードルナックル』


 コアさんの声が脳内に響いた。


 俺の右拳を貫くはずだったナイフは、接触した瞬間ぽきりと折れた。


「なんだと!?」

「はぁあああ」


 勢いの止まらない右拳は、先輩の腹に突き刺さった。


「ぐっ」


 やったか!?

 なんて言葉を思いついた時には、やれていないものだ。


 先輩は空中で一回転して体勢を立て直し、綺麗に着地した。


「瞬歩」


 スキルだ! 察して身構えた時には、先輩の姿はなかった。


「残念だったね」


 声がしたのは――後ろだ。


 俺は慌てて振り向く。

 今度こそ完全に間に合わない。横目で先輩の姿を捉えた時には、既に攻撃体勢に入っていた。


「BANG」


 俺の首を狙ってナイフを突き出した先輩は、突如飛来した火の玉によって吹っ飛ばされた。


「アギト!」

「アギト様!」


 あるぇ? なんか俺の時と反応ちがくない?


 指鉄砲を撃った体勢のまま肩を上下させるのは、アギトだ。汗だくの状態でも、妙に絵になる。ずるい。


「どうしてここが分かったんだ?」

「お前がいきなり走り出すから追ってきてやったんだろうが。ったく、足が早すぎる」


 鍛え方が足りないよ。


「そうか。助かった」

「ふっ。俺は最強の探索者になる男。弱者を守るのが探索者だ」

「何がムカつくって、俺もさっき似たようなセリフ言ったことだよな」


 言い回しは違うけど、言いたいことは同じだ。


 探索者とは、この先輩のように弱者を虐げる存在ではない。

 仲間のため、モンスター被害に合う人を減らすため、命を張って戦うものだ。


「びっくりしたけど、君も一年生かな? 次から次へと、暑苦しい新入生だ」


 炎天下だからね。


「二人になったところで、僕には勝てないよ。レベルが違う」

「三人ならどうかしら?」

「っ!?」


 彼の首筋に、白い輝きを放つ剣が添えられた。

 こうして見ると、ただのナイフとの違いに驚かされる。演武の天使(ミカエル)によって生み出された、聖なる長剣だ。


「雪華様……」

「私のルームメイトを随分可愛がってくれたみたいね」

「日下部さん、それはヤクザの言い方だよ」


 先輩の背後に立つのは、日下部さんだ。彼女も追ってきてくれたのか。

 これで三対一。最高に頼もしい味方が二人も来てくれた。


「あなたの行動はしっかりと報告させてもらうわ」

「は、ははは、君たち新入生の言葉が信用されるかな?」

「先生からの覚えの良い一年生のトップ2が揃って証言するんだもの。あなたは終わりね」


 首席入学の秀才からトップ2と言われたアギトが、ふんと鼻を鳴らした。口元の緩みを抑えられていない。


 俺一人相手でも拮抗していたのだ。三人を同時に倒そうとは考えなかったのか、先輩はがっくりと肩を落とした。


え?先輩の名前はないのかって?

二度と出てこないので覚えなくて大丈夫です。笑


最後の仲間の加入イベントでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 服の様子からしたら、勧誘では無くて強姦未遂だわな。 被害者からの主人公の扱いが酷い(笑)
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