第1章2節 はじめての友人
目を覚ますと、青空が見えた。異世界に来たのか…?街道らしき道から少し外れた場所で座り、覚えていること、変わったことを確認していた。姿はジャケット無しのスーツ姿、持ち物はビジネスバッグと携帯、日本円しか入っていない財布…
「マジか、役に立つ物が一切入ってない…いや、あったかな…?」
バッグの中を手探りで探し続ける。すると固い瓶がいくつか出てくる。
「風邪薬、頭痛薬、栄養ドリンクが3本、飲みかけの紅茶…無いよりマシか?それで、ここはどこなんだろうな…大欠片探せって言われても…ヒントは全く無し。言葉は通じるのかな…文字は多分書けないぞ?」
街道はそこそこに人通りがある。近くに町があるんだろう。次に人が通ったら聞いてみよう。
「言葉通じるのかよ…不安しかないな。」
『どうしました?』
愚痴った瞬間、近くの林から出てきた少女から知らない言語で話しかけられた。しかし、なぜか意味は解る。どういう仕掛けかわからないが、何とかなりそうだ。
「俺の言葉、解るの?」
『言葉は解らないけど、言いたいことや意味は解るりますよ?私、翻訳能力の持ち主だから。』
なんだそれは、つまり知らない言語でも、言葉じゃなくて、直接意味を伝えられるってことか?
「そうなんですね、…この近くに村や町ってありますか?」
『あなた、別世界からの異邦人よね?すぐそこの林に馬車があるから。街まで送りますよ』
異邦人?なんだそれは。意味合い的には他国の人間のことだが、少女は異世界という単語を出した。つまり、異世界から来る人間は極端に珍しくないのか?
「お言葉に甘えさせてもらいます。氷室重晴です、お世話になります。」
『困ったときはお互い様でしょ?頼って頼って♪私はエッダ、エッダ・ゴールドアイ。同い年くらいなんだから、そんなに敬語使わなくていいわよ。調度、街に戻るのに話し相手が欲しかったの。すぐに戻るから、少し待ってて?馬車を連れてくるから。』
そういってエッダは林へ戻った。
俺は女性が苦手だ、嫌いではない。むしろ好きだ。ただ…見るのも見られるのも恥ずかしいのだ。
『お待たせ、少し高いけど、乗れる?』
手を差し伸べるエッダを見る。しっかり姿を見てみると、腰まである長い赤毛を三つ編みにしてるだけ。服装もブラウンを基調にした服装、いわゆる村娘。しかし目を見た瞬間、目を離せなくなった。黄色…いや、金色の眼が美しく、つい見とれてしまった。
『あの…じろじろ見られると恥ずかしいんだけど…顔に何か付いてるかな…?』
眼をそらし、ごまかした。俺も恥ずかしい。初めて異性に見とれた。
「あ、いや…何でもない。ごめんね?綺麗な眼だなと思ってさ。」
『ああ、そういうことね?うちの家系は全員この色なの。珍しいでしょ?』
差し伸べてくれた手を掴み、馬車に乗り込む。つい、隣に座っている事を意識してしまう。
「何で異世界の人間ってわかったの?」
『独り言と、服装、持ち物かな。』
そりゃ、スーツは目立つだろう。こっちの生活に必要なもの、全て揃えないといけないな…馬車は走り出し、細く長い道を進み始める。周りは草原ばかりでのどかなものだ。
「これから行く街は大きいの?」
『街は大きいけど、今色々あって人が少ないの。』
色々?この世界もなにか悩みを抱えているのか?
『魔王の支配下だった土地を今は人間同士で取り合って、戦争を始めちゃって…この辺りは平和特区だっていうのに、王様が変わってからは普通の街同様に徴兵してるの…』
聞いちゃいけないことを聞いたかもしれない。そう思って話題を変える。
「そうなんだ…争いは嫌だね。そういえばエッダって…何してる人なの?馬車を持ってたりさ。俺はこっちに来たばかりだから詳しくないけど、普通の家には馬車なんて無いんじゃないの?」
『馬車はお祖父様のを借りてるの。私はまだ働いてないの。』
お祖父様?普通、庶民は祖父の事をお祖父様なんて呼ぶだろうか?もしかすると、見た目に反してとても良い生い立ちなのかもしれない。
「そうなんだ…ところで、平和特区って何?」
『平和特区は何代前かの聖者様と魔王の娘と勇者が協力して作り上げた国…だったの。人間も魔族も妖精も神族も…あらゆる多種族が平和に共存できる国。今は規模縮小しちゃったけど、そんな理想を形にした場所のことよ』
何故だろう。エッダともっと喋っていたい。理想の女性像とは全く似ていないのに、他のどの女性よりも魅力を感じた。
「勇者なんているんだ…確かに魔王と勇者って敵対してるイメージが強い。俺の世界の常識と違うんでしょ?実際にはどうなの?」
『よく異世界から来た人で勘違いされるんだけど…聖者と魔王は元は人間なの。この世界は主に三つの界層に別れてて、上から神界、人間界、魔界があるの。ここは、人間界ね?大昔に神族と魔族が人間界を自分の領土にしようとして戦争したの。でも、人間界はどちらの領土にもならなかったの。守護竜を恐れて両軍とも退却したからね~。今も人間界にちょくちょく手を出そうとしててね。人間の中で少しでも神族や魔族の血が混ざっていたら、聖者、魔王って選定して、自分達の領土を広げさせようとしてるのよ。ちなみに勇者は守護竜に選定せれた人ね。』
それって、勇者も聖者も魔王も少しでも血が混ざってる子孫なら誰でもいいってことか?可哀想な被害者もいたものだ。
「同じ人間なら争いたくないよな…例え先祖に神族や魔族がいてもさ。今は…選ばれるまでは人間として生きてきたんだろ?可哀想すぎるよ。」
『うんうん、そうだよね?それで、平和特区が作られたの。亜人や混血の問題もあったからね、平和に過ごせるようにね。詳しくは屋敷に着いたら話すよ。この話しは、子供でも知ってる話だから。それに、私とは会話ができてるけど他の人とは話せないでしょ?文字と言葉を覚えるまでは一緒にいるよ♪』
今、屋敷って言ったよな?やっぱりいいとこのお嬢様なのか。そうは見えない格好だけど。というか、一緒?嬉しいような恥ずかしいような不安なような…
「俺がこっちに来て最初に会えたのが君でよかったよ。」
『なにそれ、口説き文句?ヒムロ君格好いいんだから、そんなこと言わなくても可愛い子寄ってくるでしょ?そういう子に言ってあげなよ。私にはもったいないからさ。』
口説くつもりはなかったが、かなり本気で言ったのに…まともに取り合ってもらえなかった。
「それより、エッダって何者なの?馬車を持ってるってことは商家なのかとも思ったけど、その割にはシンプルな服装だし、さっきお屋敷って言葉が出たから貴族なのかと思ったけど、らしくない服装だし…言葉遣いも庶民な感じじゃないしね。」
『鋭いねえ、ばれない様にしてたんだけどなあ…さっきも話したでしょ?平和特区は元は国だったの。その名残なんだけどね?その…見えないと思うけど、一応王族の末裔…って言って信じるかな?もう街だから町長程度なんだけど…』
一家に一台馬車があるような世界じゃなくてよかった、俺の常識は比較的まともなのか。というか、バレないと思ってたのか?エッダは天然というか常識知らずなのかもしれない。それにしても王族にあたるって事で間違いないんだよな?こんなにフランクに話していていいのだろうか?…エッダの希望?だし、気にせず話すことにした。
「十分すごいと俺は思うけどねえ…でもさ、そういう家って大変なんじゃないの?庶民は庶民で悩みがあるんだから、また別の悩みとかあるんじゃないの?今は街だけど元は国だったんでしょ?何で街になったとか聞いてないけど、そのあたりも大変そう…」
『わかってもらえる!?そう、そうなの。すっごく大変なの!領民を守る立場にあるけど国からはプレッシャーかけられるし、政略結婚も持ちかけられるし!王族ってだけで街の人と距離ができちゃうし…』
悩みのレベルが全然違う、普通に考えて青少年の悩みではない。
「俺には大したことできないけどさ、相談に乗ったり愚痴聞くぐらいはできるからさ、気軽に話してよ。」
この感情を俺はいまいち理解できていない。それでもわかっているのは彼女のために力になりたい。エッダの笑顔が見ていたい。その想いだけは間違っていない。
『ありがとう!私ね、さっきも言ったけど街の人と距離ができちゃっててね、友達がいなかったの。だから初めて友達ができたみたいで凄く嬉しいの!言葉遣いもそのままだし、一緒にいると…落ち着く?これが友達なのかな?』
「俺も友人は少なかったから詳しくないんだけどさ、落ち着いてもらえたならよかったよ。じゃあ、エッダと俺は歳の近い友人だね、改めてよろしく!こっちの世界は握手でいいのかな?」
わからない事だらけだったが、エッダと出会えたことが幸いに俺はこの世界でも生きていけることを確信したのだった。