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9:讃歌

ロベルト視点です。

 リリーと出会ったあの日のことは、今でも昨日のことのように覚えている。


 リリーは森の中のかなり奥深くに迷い込んでいた。あの森はちょっとした観光で訪れる人は多いけど、奥まで行く人はそういないので、人の気配を感じた時は驚いた。そして、近づいたらもっと驚いた。

 そこにいたのは小さな女の子だった。柔らかそうな白金髪(プラチナブロンド)はそよ風に揺れていて、トロリとした大きな金色の瞳からはぽろぽろと涙が零れている。肌は雪のように白かった。今まで会った令嬢達とは、何もかもが違って見えた。

 神聖で、神秘的な美しさで、触れたら消えてしまいそうな儚さがあった。雪や月が人になったら、こんな感じなのかなと思った。月の女神、天使。どっちかわからないけど間違って空から落ちてしまったのかもしれない。だから泣いているんだ。

 でもよく見ると、泣いて目元を擦っていたのか少し赤くなっていて、そこだけが人間味を帯びていた。


「あなたはだあれ?」


 澄みきった、よく通る声で俺はそう聞かれた時、咄嗟にロビンと名乗ってしまった。彼女には“ロベルト様”とかそういった呼び方をされたくなかったのだ。その綺麗な声で、“ロビン”と呼んでほしかった。


 女の子はリリーと名乗り、自分が迷子であることを告げた。俺は森の入り口まで出たら家族に会えるだろうと思って、案内することにした。俺の服の裾をきゅっと掴む感触があることに、ひどくホッとした。良かった、人間だ。

 それにしてもリリーとは、何てぴったりな名前なんだろう。リリーはまるで白百合のようだ。清らかで、穢れなんて一つもない。まさかリリーは、白百合の生まれ変わりなのか?

 俺がそんな馬鹿なことを考えながら歩いていると、リリーは俺が森の妖精なのかと聞いてきた。俺は思わず笑ってしまった。だってリリーの方が、明らかに妖精みたいな容姿をしている。俺もリリーは白百合の生まれ変わりなのか聞こうとしたけど、気恥ずかしくなってやめた。

 それから歩いている間、俺はずっとリリーと関わりを持つためにはどうしたらいいか考えた。ブルック家は貴族の中でもまあまあ高い地位だ。リリーは家名を名乗らなかった。平民なんだろうか?いや、俺が名乗らなかったから真似したのかもしれない。それに、リリーの着ている服は仕立てが良い。もしかしたら貴族、最低でも商家の娘だろう。


 リリーの家族は思った通り森の入り口にいた。リリーは母親に抱きしめられて、泣いていた。リリーの兄らしき人物は、お茶会が何かで見たことがあった。リリーの父親が俺に話しかけてきた。


「君はもしかして、ブルック家の……」

「はい、ロベルト・ブルックです」


 父親はソーントン家の当主だと名乗り、娘を助けてくれてありがとう、必ず今度お礼をすると言った。

 ソーントン家。知ってる。丁度真ん中くらいの貴族だ。家よりは低かった。それに以前父上が教えてくれた。ソーントン家当主は野心家で、かなりのやり手だと。

 俺は、ご息女と是非家に来てくださいと言った。野心家なら食いつくはずだ。予想通り、ソーントン家当主は喜んでと返した。


 リリーは帰る時、笑顔で俺に「ありがとう」と言ってくれた。花が咲いたような笑みだった。


 家に帰ると俺は早速父上と交渉に向かった。貴族同士で繋がりを持つのに一番手っ取り早い方法。それは婚約だ。父上は俺の提案に難しい顔をしていたけど、あちらと話し合ってから決めると言われた。

 それから、リリーのことを少し調べた。リリーはお茶会などには参加せず、殆ど貴族の家と関わりを持っていないようだった。婚約者はいない。そう知って俺は安堵した。


 リリーとリリーの父が家に来て、無事に婚約することになった。俺は嬉しかったけど、同時に後ろめたくなった。だって、リリーの父に許可は取ったけどリリー本人には聞いていない。これって騙し討ちじゃないか。

 婚約者になった日、俺は「嫌だったらごめん」と謝った。だけどリリーはきょとんとして「どうしていやなの?」と言ったのだ。少なくとも嫌ではないことが分かって、嬉しかった。


 リリーは神秘的な外見とは裏腹に、活発で好奇心旺盛な性格をしていた。俺は徐々にそのことを知ると、幻滅するどころか益々リリーのことを好きになった。なんと言うのだろうか。こう、手の届かない相手が身近な存在になっていく感じだ。リリーが俺に気を許している証でもある。


 リリーの表情はコロコロ変わる。むっと唇を尖らせたり、ぱあっと花のような笑みを浮かべたり、ぷくっと頬を膨らませたり。俺は特にケーキを食べている時の顔が好きだ。普段は綺麗と表現するのに相応しい顔が、ふにゃっと金色の瞳を柔らかく細めて笑う。その顔が見たいがために俺はよく一緒にお菓子を食べた。


 リリーは空が好きだ。俺の目も青空みたいで綺麗とよく褒めてくれた。俺はいつもそれに対して、リリーの金色の目の方が綺麗だと返していた。そう言うと、大抵リリーはこれは金色じゃなくて蜂蜜色だと言ってきたけど、俺には金色にしか見えなかった。


 俺は絵を描くのが好きで、時々リリーにも描いたのを見せていた。リリーはいつも凄く綺麗と言ってくれて、俺はもっと絵が好きになった。リリーのこともこっそり描いていたけど、恥ずかしくて見せなかったな。でも、一番自信があるのは“白百合に囲まれたリリー”だ。これだけは、どの画家よりも上手くリリーを描けたと断言出来る。


 ニコラスと仲良くなれたのも、リリーのお陰だ。最初はお互い堅苦しかったが、リリーが間に入ることで打ち解け合うことが出来た。リリーの先の読めない行動に振り回されて、協力し合うことになったからと言うのもあるが。

 ニコラスは髪の色が違ったり、目尻が垂れ下がっていたりするが、何処と無くリリーに似ている。だけど性格は、天真爛漫なリリーと全然似ていなかった。最初は結構優しかったのに、気を許すと野心や合理的な本性などを見せてくるようになった。あいつは父親に良く似ている。だけど、家族のことは大事に思っているようで、特にリリーのことは可愛がっていた。あいつはいつも優しい面しか見せていなかった。


 ここまで来たらもう分かると思うが、俺はリリーのことが好きだ。だが、俺はその気持ちを伝えることがいつまで経っても出来なかった。

 ニコラスは良く俺の相談に乗ってくれた。結構厳しい言葉を投げられたけど、色々とアドバイスしてくれた。俺はそれを実行しようと思っても、中々行動に移せなかった。


 デビュタント。

 あの日のリリーは本当に美しかった。美しすぎて怖いくらいだ。

 リリーは笑顔を作るのが上手で、会場にいる間もほぼ作り笑顔を見せていた。

 リリーの作り笑顔はいつもこの世のものとは思えない儚さがある。その笑顔に心を奪われ沢山の虫が引き寄せられた。追っ払うのが大変だった。それに俺はリリーの作り笑顔が怖い。確かに綺麗だけど、綺麗すぎていつか月に帰ってしまうように感じるから。水面に映る月は、少しでも触れると波紋が広がり壊れてしまう。

 俺とのダンスの間は心からの笑みを浮かべていて、凄くホッとした。


 この日が来る前から、俺はニコラスに今日こそリリーに告げるよう発破をかけられていた。しかも、帰りの馬車は気を遣って2人きりにまでしてくれたのだ! これはもう言うしかない。

 確かに、今日はリリーの成人と言う大切な節目だ。リリーの記憶に残ってくれるかもしれない。だけど、どうやって言いだせばいいんだ? 何の脈絡も無く「好きだ」なんて言われても困るよな?

 俺がうだうだ悩んでいると、リリーが話しかけてきた。不安げな表情を見せている。


「ねえロビン、今日の私、上手く振舞えてた?」


 この頃になるとリリーは、家族の前でも令嬢らしい言葉遣いを崩さなかった。だけど俺の前で尚且つ人目が気にならない場所や気が抜けている場合、口調は素に戻ってくれた。それは俺にとっての密かな自慢だった。


「上手くどころかそれ以上だ。リリーの振る舞いは完璧だった」


 俺の言葉にリリーは安心したのかふにゃんと笑った。ああ、可愛い。よし言おう。今度こそ言ってしまおう。


「それから……」

「それから?」

「……そのドレスも似合っている。綺麗だ」


 俺は自分に呆れた。何で直前になって怖気付くんだよ、この意気地なし。

 やり直そうと思ってリリーを見たら、真っ赤になった頬を手でおさえていた。何だか俺も照れてしまって、景色を見る。

 今夜は満月。仄かな月光が、リリーの白金髪(プラチナブロンド)を輝かせる。だけど今のリリーは、月に帰りそうには見えなかった。


 あの後、ニコラスに結果を報告すると散々詰られた。「何で言わなかったんだよ」「あんなチャンス、そうそう無いだろ」「あそこで言わなきゃいつ言う気なんだ、お前は」どれも耳に痛い言葉だった。

そこで俺は結婚する時に言うことにした。ニコラスから「まだ引き延ばすのか」と呆れられたけど、一番良い機会だと思う。

 幸い、結婚までまだ一年以上時間がある。俺はその時が来るまで、どんなシチュエーションにするか、何て言おうかなどと練習していた。




 その頃からだった、問題が起きたのは。

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