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7:追憶(後編)

 私とロビンは婚約者となってから、お互いの家を行き来するようになった。それから、手紙を送り合うようにもなった。


 ロビンの家は好きだった。ロビンの両親は私に優しくしてくれたし、私の家にはない美術品などがあって面白かった。時々、ロビンが勉強を教えてくれるのも嬉しかった。


 私の家にロビンが来た時は私、ロビン、お兄様の3人で遊ぶこともあった。2人とも、年が近いので直ぐに仲良くなっていた。私に隠れて内緒話をしていた時は、何だかずるいと思ったっけ。今もあの2人は同僚だな……



 あれは確か、私が7歳か8歳くらいの出来事だった。私はお星様が欲しくてたまらなかった。私には届かなかったけど、お兄様かロビンなら届くはず。そう思って、ロビンが遊びに来ている時に2人にお願いしたら苦笑されてしまった。


『星は、どんなに手を伸ばしても届かないんだよ』


 私はその言葉を認められなかった。その日の夜、私は家の屋根に登って、何処からか入手した棒を天に向かって伸ばした。本当にあの棒、何処から手に入れたんだろう……。今思うと謎だ。

 だけど、屋根に登っても、どんなに背伸びをしても、星は手に入らなかった。

 こうやって光り輝いているのは見えているのに、手で掴むことは出来ない。

 あの時の私の感情に名前を付けるとすると、強いて言うなら“切ない”だろう。


 それから、私が屋根に登ったことは露見して大変怒られた。もう屋根には登りませんと約束させられた。

 私は事の顛末を手紙に書いて、ロビンに送った。そういえばあの手紙、まだ残っているのだろうか……。捨てられていることを願おう。

 ロビンは次に遊びに来た時、花束を持ってきてくれた。ブルースターとかすみ草の。すごく嬉しかった。それからは誕生日プレゼントに、ロビンは毎年あの花束と一緒に何かをくれたっけ。

 私はブルースターの咲き始めが一番好きだ。だってロビンの目と同じ空色をしている。そんなことを言うと、ロビンは照れ臭そうにしていた。

 ロビンは絵が上手だった。私が空が好きだというと、空の絵を描いてくれた。夜空、夕焼け空、曇り空……様々な種類の空を描いてくれた。そのお陰で、より一層空が好きになった。そう言えば、人物画も描いていたけど、見せてくれなかったな。



 初めて街に行ったのは、10歳の時だった。ロビンと一緒だったのでよく覚えている。ロビンはもう直ぐ入団式だった。

 私は初めての市街に興奮して、きょろきょろと忙しなく目を動かした。その様子を見て、ロビンは苦笑を浮かべていた。


「リリー、あんまりはしゃぐなよ。また迷子になったら困るだろう?」


 私はむっと唇を尖らせた。ロビンは時々あの初めて会った時のことを掘り返してくる。いい加減忘れて欲しい。

 そう思っていたけど、ロビンが離れないようにと私の手を繋いできて、それどころじゃ無くなった。その時から、ロビンは私と街に行く度、必ず手を繋いでいた。


 私達はカフェに入った。そう、ユリウス様と行ったあのカフェだ。あの頃はまだ開店したばかりだったなあ。

 メニューを見ていると、どのケーキも美味しそうに見える。私はつい、全部注文してしまった。ロベルトが席を外したタイミングを狙って、私は決行した。


「……なんか、ケーキ来すぎじゃないか? 絶対に間違ってるよな」


 まあ、結局はバレてしまう訳で。私は正直に話した。ロベルトは呆れた顔をして、だけど直ぐに笑った。


「はあ? 全部頼んだ? まったく……そんなに沢山頼んでも、食べ切れないだろう? まあ、俺も食べるからいいけど。今度からはほどほどにな」

「……はい、ごめんなさい」


 ケーキはどれも美味しかった。私達は全部半分こして食べた。ロビンは甘いものが好きだから、終始幸せそうに食べてくれた。

 私は家に帰ってから、胃もたれになった。あんな馬鹿なことはもうしないと反省した。


 ロビンとお兄様の入団式は見に行った。騎士服が似合っていて、凄く格好良かった。何だかいつもよりロビンが遠くなったように感じた。ロビンに言ったら笑われたけど。



 13歳の頃、私はマリエッタと友達になった。街で具合が悪そうにしていたマリエッタに話しかけたのがきっかけだ。私達は性格は似ていないけど、不思議と馬が合った。

 私は社交が苦手で、あまりお茶会に参加しなかったので、友達が少なかった。というかゼロだった。

 友達が出来たと手紙を送ると、ロビンは我がことのように喜んでくれた。それは家族もだ。私に友達がいないのを心配してくれていたらしい。心配かけてごめんなさい、皆さん。



 この国では、15歳で成人となる。

 15歳。私のデビュタントがあった。ロビンは白いドレスと小物を送ってきて、エスコート役を務めてくれた。

 あの日は凄く緊張していて、笑顔を作るのに精一杯だった。色んな人に話しかけられたけど、あまり覚えていない。

 ただ、ロビンと踊ったのは楽しかった。ロビンはダンスが上手で、いつまでも踊っていたいくらいだった。

 帰りの馬車で、私がちゃんと出来たか不安にしていると「堂々として、立派だったよ。それに、そのドレスも似合っている」と言ってくれた。お世辞でも何であれ嬉しかった。


 どんなに社交が苦手でも、最低限はこなさないといけないし、どうしても行かないといけない時がある。そういう時、毎回ロビンはエスコートしてくれて、ドレスなどを送ってくれた。本当に、私にはもったいないくらい優しい婚約者だった。


 ロビンの違和感に気付いたのは、いつからだっけ。

 最初は些細なことだった。あれ? 何だか元気がないな、とかいつもより笑顔が少ないな、とかそれくらい。本当に本当に小さなこと。

 それが段々、じわじわと大きくなっていった。

 街に行っても上の空。家に来ても私の話は聞いていない。夜会や舞踏会に行っても周囲ばかり気にしている。声を掛けると、慌てて取り繕うけどまた直ぐに元どおり。

 何か、嫌なことが起こりそうだなと思った。


 ――そうだよ、楽しい時間はもう終わり。今までが幸せ過ぎたんだ。夢は覚めるものなんだから、仕方がない。


 そうもう1人の自分が囁いていたけど、必死に聞こえないフリをした。だけどどんなに足掻いても、容赦無く終わりは忍び寄るもので。やっぱり、夢から覚める時間がやって来た。


「済まない、リリー。婚約を破棄してくれないか。好きな人が出来たんだ」


 これが私とロビン、もといロベルトの約10年間だ。

 そして話は今に戻る。

 私は時々考えてしまう。私はいつからロベルトを好きになっていたんだろうと。

 そして、いつも辿り着くのはあの時。森の中で迷子の私を助けてくれた妖精のような男の子。容姿は妖精のようでも、物語の王子様に見えたのだ。

 つまり、私は最初からロベルトが好きだった。そしてどんどん想いが雪のようにしんしんと降り積もっていって、簡単に消せないくらいになってしまった。


 多分、私は10年も一緒にいたせいで自惚れていた。ロベルトが王子様なら、私は彼のお姫様だろうと。

 だけど、彼のお姫様は私じゃない。彼の好きな人は私じゃない。


 ふと、にわか雨が降って来た。止んだらきっと虹が出る。私の心の雨は、止んでも何も変わらない。むしろ空っぽになった気がする。私の心にも、いつか虹は出るのだろうか。

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