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6:追憶(前編)

 私とロベルトが初めて出会ったのは、私が6歳、ロベルトが10歳の頃だった。


 あの頃の私は自分でも少々、いやかなりお転婆だったと思う。

 木に登る。怪我した。怒られた。

 厨房に忍び込む。味見をする。怒られた。

 そういったことばかり繰り返していた。

 だが、少し言い訳をさせて欲しい。私がやったことには全部理由があったのだ。

 木に登ったのには木の上にいる動物はどうやって生活したいのかな、とか厨房に忍び込んだのも料理ってどうやって出来るのか気になったからである。私は好奇心旺盛な子どもだったのだ。

 まあそうやって言い訳しても、忘れてしまいたい過去には変わりない。だが、どんなに忘れてしまえ! と思っても無理だった。何故なら、ロベルトと関わるきっかけになったのも、その好奇心が原因だから。


 あの日、私は家族と馬で遠乗りをしていた。ピクニックをするためだ。その頃、私はまだ一人で馬に乗れなくて、確か行きはお父様、帰りはお兄様と乗った気がする。

 到着した野原には、沢山の種類の花が咲き乱れていた。私はそれに興奮して、あれは? これは? とお兄様に花の名前を聞いていたっけ。それと、すぐ近くに森があった。

 食事を終えたあと、私は森の中を探検したくなった。それを両親に告げると、お兄様も一緒ならと言われたので、あまり乗り気ではないお兄様も連れて行った。

 森の中には、見たことがない植物が沢山生えていた。土や植物の不思議な匂いがした。それと、どの木も自分より遥かに背が高かったから、お兄様にこの森の木は何歳なのか尋ねた。そしたら、多分どの木も僕たちよりずっと長く生きているんだよと教えてくれた。

 その日は初夏だったと思う。だって、木々の葉が青々と茂っていたもの。そして天気は雲一つない、気持ちのいい快晴だった。


 歩いている時、私は凄く目立つキノコを見つけた。赤くて白い斑点が所々にあって何だか可愛かったのだ。後で聞いたらそれは幸福をもたらすキノコと有名だったらしいけど、その頃の私は知らなかった。そして、持ち前の好奇心が発揮されてしまった。


 私はお兄様の後ろをついていたのだけど、フラフラとそのキノコに引き寄せられた。どんなにしっかりしていても、その時のお兄様はまだ子どもである。だから、私がいつのまにか消えていたことに気が付かなかった。私がいないことに気づいて、慌てて両親の元に戻ったお兄様は顔面蒼白だったらしい。

 私はそのまま興味の赴くままに色々な植物を観察した。しばらくして、ようやくお兄様がいないことに気づいた。私は元来た道に戻ろうと思ったけれど、何処を見ても同じ景色のように感じて、どっちに行ったらいいか分からなくなった。迷った末、自分の勘を信じて進んだ。


 家族やロベルト曰く、私は方向音痴らしい。自分の家への帰り道が分からないし、道を説明されても理解が出来なかったりする。ここを真っ直ぐとか、どこどこを目印に曲がるとか言われても、全然分からない。というか先ず、自分の現在地が分からないのだ。だからなのか、私は一人で出かけた経験が、片手で数えられるくらいしかない。


 その時も、私はめちゃくちゃに歩き回って、余計帰り道が分からなくなった。そして、突然怖くなった。私はもう、一生家族に会えないんだろうか。これから、この森で暮らすのだろうか、たった一人で。そういった悪い想像ばかり広がった。そう思うと、今度はこの森が急に怖く感じた。暗くなったらどうしようとか、冬になったらどうやって生きようとか、考えはどんどん悪い方向へ転がった。目から涙が出てきた。それでも、私の足は止まらなかった。

 あの時の私は冷静さを失っていた。まあ、6歳児が迷子になって、冷静になれと言われても無理だろう。いや、お兄様なら出来そうな気がするな……


 とにかくそうやって彷徨っていたら、不意に自分以外の足音が聞こえた。私はお兄様かもしれないと思い、足音がする方へ近づいた。だけど、それはお兄様じゃなく、知らない男の子だった。

 その男の子は私よりも、お兄様よりも身長が高くて、綺麗な顔立ちをしていた。髪の毛は、木々の隙間から漏れる光に反射して輝いていた。そして目は、今日の空みたいで綺麗だな、と思ったのを覚えている。

 私は泣きながら男の子に「あなたはだあれ?」と尋ねた。


「俺はロビン。君は?」


 私は男の子の質問に「リリー」とだけ答えた。初対面の人には正式な名前を名乗らなくてはいけないのは知っていたけれど、泣いていて上手く言える自信がなかったのだ。それに、家族のことを考えていたからというのもある。

 ロビンはまた「リリーはどうして泣いてるんだ?」と質問してきた。私はしゃくりあげながらお兄様とはぐれてしまったことを告げた。

 ロビンは少し考えて「リリーの家族の所まで、案内するからついてきて」と言った。私はまたはぐれるのが怖いので、ロビンの服の裾を掴んだ。

 家族にまた会えると希望を持った私は、徐々に泣き止んだ。落ち着くと、お母様が教えてくれたことを思い出した。


 森には、いろんな妖精や精霊が住んでいる。


 凄く長い髪と髭のお爺さんのような妖精とか、綺麗な女の人の容姿をした精霊などが住んでいるそうだ。そして妖精の中には、人を迷子にさせたりするのもいる。あの日迷ったのは、妖精じゃなくて確実に私のせいだけど。

 森の妖精には、綺麗な顔をしていて、人間と同じような姿をしたのもいる。ロビンは凄く綺麗だ。だから、私はそうだと思って「あなたは森のようせいさんなの?」と聞いてしまった。ロビンからは「俺が妖精? まさか」と笑われた。今思い出すと恥ずかしい。


 ロビンのお陰で、私は無事家族の元に帰れた。お母様に抱きしめられると安心して、私はまたぶわっと泣き出してしまった。お母様も泣いていた。

 お父様は、ロビンと話していた。私は何を話していたのか、殆ど聞いていなかった。ただ、帰りにロビンにありがとうとお礼を言うと、笑顔を返してくれた。

 私とお母様が落ち着くと、家に帰ることになった。私はお兄様の馬に乗せてもらった。お兄様から「ちゃんと見ていなくてごめんね」と謝られた。私の方が確実に悪いので逆に何度も何度も謝ると、お兄様は許してくれた。怒られたり、責められたりするよりも反省した。

 家に帰るとお父様にはこっぴどく叱られた。私の前では厳しい顔を崩さなかったけど、ブルック家との繋がりが出来たと喜んでいたらしい。しばらくしてから、こっそりお兄様が教えてくれた。お父様にはそういう利己的? 合理的? なところがある。



 それからしばらくして、私はお父様と共にお礼とお詫びの品を持ってロビンの家を訪れた。

 ロビンの家は、私の家よりずっと大きくて綺麗だった。だが、私はそれに驚く前に安心した。良かった、本当に人だったんだ、と。到着するまで私はずっと、やっぱりロビンは妖精で、私達が今向かっている家というのはあの森なんじゃないか……と考えていたのだ。

 ロビンとその父は、私達を笑顔で歓待してくれた。

 私とロビンは自己紹介のやり直しをした。その時私は初めて、ロビンはロベルト・ブルックと言うのだと知った。お父様、どうして教えてくれなかったの。

 お父様とブルック家当主は、大人の話があるからと私達子どもを追い出した。


「おいで、庭を案内するよ」


 笑顔でそう言って、ロビンは私を庭に連れて行ってくれた。ブルック家の庭は、凄く綺麗だった。私達は花を見ながら会話をした。


「ねえ、ほんとうはロベルトって言うんでしょ? そう呼んだほうがいい?」

「いや、ロビンで良いよ。君こそ、リリアナって呼んだ方が良い?」

「いいえ、リリーって呼んで」

「分かった」


 それからはお互いに自分のことを話し始めた。

 ロビンは10歳だそうだ。好きなことは剣の練習や絵を描くこと。将来の夢は騎士。それから一人っ子で、ずっと弟妹が欲しかったらしい。

 私も色々話した。6歳で、お兄様は優しくて、本を読むのが好きだとか、色々。

 ロビンは聞き上手で、私は日常の、本当にくだらないことまで話した。今の私にとっては、忘れたい失敗とかも。


「ロビンはどうしてあの日、森のなかにいたの?」

「あそこは此処から結構近くて、時々散歩をしたり、一人で乗馬をしたりするんだ。あの日も散歩をしていた。そうしたらリリーが泣いていたんだ。本当に驚いたよ」


 ああ、恥ずかしい。もうそのことは忘れてください。私が羞恥で顔を赤くすると、ロビンは面白そうに笑った。笑うと何だか幼く見えて、可愛くなった。


「ロビンの目ってきれい。お空の色といっしょ」

「そうか? リリーの目の方が綺麗だぞ。何て言うんだろう、金色?」

「ううん、はちみつ色って言うんだって。お母さまが教えてくれたの」

「へえー」


 しばらくすると、私達はまた呼ばれた。お父様とロビンのお父様は、私達が婚約することになったと教えた。私もロビンも特に反対しなかった。

 お父様は、数年に一度見るか見ないかの大変満足そうな表情をしていた。どんな話をしたんだろう。そう思って帰りの馬車で聞いてみても、教えてくれなかった。


 こうして、私達は婚約者になったのだ。

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