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3:舞踏会(後編)

 ジークムント殿下は、ダンスの腕前も素晴らしかった。さすが王子様。

 殿下は大変美しい容姿をしている。腰まである艶めく濡れ羽色の髪は一つに括られていて、長い睫毛に縁取られた瞳はとろりとした翡翠のよう。陶器のように滑らかな肌は、彼の容姿をより儚げに、中性的に見せるのに拍車をかけている。彼の笑顔を見たらきっと、老若男女問わず魅了されてしまうだろう。

 だけど、今の私は周りからの視線がチクチクと刺さっていてそれどころじゃない。凄く注目を浴びている。


「……何だか、上の空ですね」


 その言葉でハッとなって殿下を見ると、苦笑を浮かべていた。これはいけない! 私は慌てて笑顔を見せる。


「そんなことございませんわ。殿下のリードが余りにも素晴らしくて、感激しておりましたの」


 そう言うと、殿下はまた麗しい笑みを浮かべた。

 その笑顔、さっきも浮かべていたけど何だか怖いな。確かに綺麗だけれど、何だか作り物みたい。

 それからは、他愛のない話をしながら踊っていた。最近の流行とか、そういうのだ。マリエッタのお陰で、話についていけた。ありがとう、マリエッタ。

 ダンスも終盤に差し掛かった頃、殿下は急に爆弾をぶん投げてきた。


「どうして私が貴女を最初のダンスに誘ったか、知りたいですか?」

「は?」


 殿下が私を選んだ理由? そりゃあ、知れるもんならそうしたいけど……


 私はちらりと周囲を見回した。私達を見ている人は沢山いる。


 それは衆人環視の中、言っちゃっていい内容なの?


 殿下は笑顔のままだ。何を考えているのか全く分からない。


 うーん……私なりに殿下と踊りながら考えていたのはこんな感じだ。

 仮定その1。殿下が私を好き。

 これは正直言って無いと思う。

 だって私と殿下はそれ程関わったことがない。デビュタントの時に挨拶はしたけど、そのくらいだ。何なら今が一番喋っている。

 それに、殿下の私を見る瞳には、好意とかそう言ったものが一切映ってない。良くて興味くらいだろう。


 それにしても、この人が誰かを恋愛的な意味で好きになることってあるのかな? 愛を囁いてるところとか、全然想像出来ないんだけど……。本当に今日、お妃様が決まるの?



 閑話休題。


 仮定その2。殿下は私の家、ソーントン家と繋がりを持ちたい。

 これも正直言って有り得ない。

 だってソーントン家は貴族の中でも可もなく不可もなしと言った、まさに中の中に位置しているのだ。王族なら、もっと位の高い家の方が利点があるだろう。

 いやでも、ジークムント殿下は王位争いに参加しないと公言している。だったら私の家は都合がいいかもしれない。

 でもなあ、うーん……

 やっぱり、ただ気まぐれに踊ってみただけなのかな? でも、周囲がどう思っているかとか分からないような人じゃなさそうだけど……


 とにかく殿下の質問に答えないと。もう答えは決めている。私はきっぱりと言った。


「いえ、大丈夫です」

「いいんですか?」

「ええ」


 どんな答えが返ってくるか想像つかないしね。それに、殿下が言った言葉をそのまま鵜呑みにするほどの信頼関係を私たちの間に築いていない。しかもこの人、何だか黒そうだし。

 殿下はますます笑みを深めた。だからその笑顔が怖いんだって!


「……なかなか、思慮分別があるようですね」

「え?」


 殿下の声は小さくて、何と言ったのか聞き取れなかった。


「いえ、なんでも。あ、そうでした。実は私、貴女の兄君と同僚なんですよ」

「まあ、そうなんですの!」


 知らなかったよお兄様。どうして教えてくれなかったの。

 いや、言っていたのかもしれない。お兄様の仕事の話は何時も聞き流していたから。

 あれ、お兄様と同僚ってことは――


「ロベルトとも同僚なんです。彼とは仲良くやっていますか?」

「……」


 王子様は麗しい、だけど食えない笑みを浮かべている。

 私は……どうだろう。上手く笑えているのだろうか。

 早く、早く答えないと。ロベルトと私は――


 周囲のざわめきが、急に遠くなった。目の前の殿下の顔が、何故か金髪に空色の目をした男に見える。何処も似ているところなんてないのに。

 ロベルトの幻が、口を開く。


『済まない、リリー。婚約を――』


 私は息を呑んだ。その途端、ざわめきが戻り、目の前の男性は殿下に見えるようになった。


「おや、まだ癒えていないのですね。失礼、苛めすぎたようです」

「いえ……」


 正直、殿下が何について謝罪しているのか分からない。というか殆ど聞いてなかった。さっきから此方こそごめんなさい。

 そこで、丁度曲が終わったようだ。今日の中で一番長く感じるダンスだった気がする。私は笑顔の仮面を被りなおした。


「踊っていただき、ありがとうございました」

「こちらこそ、楽しいひと時をありがとうございます。番犬に噛みつかれたくはないので、私はこれで」


 番犬? 何のことを言ってるんだろう?

 殿下は最後に、今までで一番人間味のある表情をして去っていった。何かを面白がっているようだった。何だろう?

 私から離れた途端、殿下はあっという間に令嬢達に囲まれていた。流石。

 後ろから「リリー」と呼ばれて振り向くと、お兄様がいた。何だか久しぶりに感じます、お兄様。

踊り疲れてしまったので、壁際に移動する。軽食は、と聞かれたが断った。

 マリエッタも殿下の元に行ってしまったので、私はお兄様と会話をすることにした。


「お兄様がジークムント殿下のご同僚だなんて、知りませんでしたわ」

「そう? 前に教えたような気がするんだけど……」


 あ、やっぱり言ってたみたいだ。責任転嫁は良くない。


 お兄様は妹の私から見てもモテる。甘い顔立ちをしていて妻帯者じゃないため、優良物件なんだとか。そういう訳で、あっという間に令嬢が群がってきた。お兄様は忙しくなる。まさに百花繚乱。花のようなご令嬢達が来てくださって良かったですね、お兄様。

 私は退屈になってしまった。


 それにしても、さっきの王子様の言葉が気になって仕方がない。他のことに気を取られている間は平気なのに、頭から離れなくて何度も思い出してしまう。

殿下は同僚だと言うのに、ロベルトから聞かされなかったのかな。


 ――…私と彼は、もう婚約者じゃないんです


 あの時そう告げていたら、私は踊りながら泣いていたかもしれない。そうしたら、殿下はきっと困っただろう。それに周りに醜態を晒すことになる。良かった、そんなことにならなくて。

 何だかまた泣きそうになる。あれはもう1ヶ月以上も前のことなのに。私にとってはつい数日前の出来事に感じるようだ。


 気分をリフレッシュするために、飲み物を取りに行くと言ってお兄様から離れた。お兄様は制止するようなことを言っていたような気がしたけど、聞こえなかったフリをした。

 普段はお酒は飲まないけど、何だか今日は飲みたい気分だ。一杯、二杯と飲んでいると頭がふわふわしてきた。

 あ、ユリウス様だ。


「また会いましたね、リリアナ嬢。お酒を飲んでいるのですか?」

「ええ、何だか飲みたくなっちゃって」


 もう一杯頼もうとすると、「飲み過ぎは体に良くないですよ」とやんわり止められた。いいじゃないか、たまにはたくさん飲んだって。

 ユリウス様は水を取りに行ってくれた。


 ………あ。

 今、この世で一番見たくないものを見てしまった。

 見間違いであってほしいけれど、見間違えるはずがない。また幻覚であって欲しいけど、違う。

 金髪はシャンデリアの光で反射して輝いている。空色の瞳は、私を見ていない。

 ロベルトは、女性と楽しげに話していた。パートナーなのだろうか。笑顔になったり、ちょっと眉を釣り上げたりところころと表情が変わっている。

 彼の隣にいるのは、スタイルが良くて、艶然としていて、魅惑的な女性だ。まるで、真紅の薔薇のような。


 その女性(ひと)が、貴方の好きな人なのね。


 酔いが一気に醒めた。私は、バルコニーに向かった。


「はあ……」


 我慢していた涙が一粒、ポロリと零れた。

 私にとってあれは数日前の出来事のようでも、彼にとってはもう1ヶ月前のことなんだ。

 ロベルトの好みがああいう方なら、勝ち目なんて毛頭ない。ツルペタで色気の“い”の字もない私には元々ロベルトを困らせる気は無いから、邪魔しようとは思ってなかったけど。

 空を見上げると、月と星が輝いていた。見ることは出来ても、どんなに手を伸ばしても届かない。

 ロベルトも同じだ。ロベルトは、私にとって空のような人だった。太陽のような、月のような、星のような、青空のような。


 やっぱり、今日は来なければ良かった。お兄様は、彼が此処に来ることを知っていたのだろうか。

 そんなことを考えていたら、誰かに呼ばれた。


「リリアナ嬢」


 私を呼んだのはユリウス様だった。水を持ってきてくれたみたいだ。容姿に違わず優しい人だな。でも今は泣いているのがバレてしまうから、来ないで欲しかった。


「何故、泣いているのですか」

 ああ、やっぱりバレちゃった。

「聞いてくださいますか?」


 私の口はお酒を飲んだからだろうか、するすると言葉を紡いでいた。普段だったらこんなこと、初対面の人に絶対話さないのに。


「私には、10年近く婚約者だった方がいましたの。ところが、約1ヶ月前、彼に好きな人が出来たという理由で破棄することになったんです。私はそのショックで、しばらくの間家にこもりきりで……。つい最近、立ち直ることが出来たんです。

 それなのに……さっき、彼が他の女性と話しているのを見てしまって……」


 ユリウス様は、何も言わずにただ話を聞いてくれた。話し終わるとハンカチを取り出して、渡してくれた。どうやら私はまた泣いていたようだ。

 私が涙を止めようとしている最中、ユリウス様は何処かに行ってしまった。戻ってくると、こう告げた。


「迎えを呼んでおきました。貴女はきっと、もう少し家で休んだ方がいいと思います」


 何も言わずに優しい気遣いをしてくれるのが、ありがたかった。

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