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13:求婚

 リリーが来なくなると、ユリウス・ギルフォードも来なくなった。あの男は確実にリリーを狙っている。そして、ここしばらくリリーにずっと接触している男性は、ユリウス・ギルフォードだけだ。だけど、証拠が無い。

 俺が歯噛みしている姿を見て、殿下はクスクスと笑った。


「まるで、“待て”をさせられている犬のようですね」


 健気に“良し”の合図を待っている俺に、更に自制心を試されるような内容が届いた。


 ユリウス・ギルフォードがリリーに求婚するかもしれない。


 これは“良し”ということだろうか。もう、あいつの喉を食い破ってやろうか。そう考える俺は、よっぽど獰猛な顔付きをしていたのか、ニコラスは若干青ざめながら、落ち着けと言った。

 ニコラスは、この話をリリーから聞いたわけでは無いそうだ。ソーントン家の優秀な執事が、()()マリエッタ嬢との会話を聞いてしまったらしい。

 ニコラスはニヤリと笑った。


「多分、あの男はリリーが靡かないことに焦っている。だから、こんな暴挙に出ようとしているんだろうね。証拠が無いなら作ればいい。これで終わりだ」


 こいつは本当に騎士なのかと、俺は呆れた。今浮かべているニコラスの表情の方が、ユリウス・ギルフォードより余程犯人らしく見える。いや、待て。さっきこいつは、なんて言ったんだ?


「まさか、またリリーを使うつもりなのか!?」

「騒がないで。これ以上、良い方法が無いんだ。僕の家で起こる出来事だから、大丈夫だよ。リリーを危険な目には遭わせない」


 ニコラスの『大丈夫』という言葉に、俺はずっと思っていたことをぶちまけてしまった。


「お前はいつも『大丈夫』って言うけどな、それは、何の保証があっての言葉なんだよ!」


 俺の言葉に、ニコラスは眉を上げた。失敗した。こんなこと言うつもりは無かったのに。

 俺は知っていた。ニコラスが『大丈夫』と言う時は、本当は不安に思っている自分に言い聞かせているんだと。知っていたはずなのに、言ってしまった。


「じゃあ、他にもっと良い方法があるの?」


 ニコラスは、冷ややかな声音だった。

 無い。それが答えだ。

 ニコラスは、それからまた話し出した。その日はソーントン家にやって来ること。リリーたちが会話をする部屋の隣で待機していること。リリーが断って逆上したら、直ぐに駆けつけること。

 俺は神妙に頷く。ただ、少し気になる点があった。


「なあ、何でリリーが断る前提なんだ? リリーが求婚を受ける可能性だってあるだろ?」

「ああ、そうだね。じゃあ、もしリリーが了承して、父上の元に向かい反対されたら直ぐに駆けつけること」


 だけど、とニコラスは付け足す。


「リリーは絶対に困ると思うよ」


 そう言って、意味深な笑みを浮かべた。




 教えられた日時に、俺はソーントン家の邸宅にやって来た。此処に来るのは久しぶりだな。最後に見た時とは、咲いている花の種類が違っていた。季節がとっくに変わっていたことに、気付いていなかった。

 少しして、数人の騎士も到着した。ニコラスは渋ったが、俺は人員を増やそうと提案したのだ。念には念を入れなくては。


 全員揃ってから屋敷の中に入ると、リリーが使う部屋の隣の部屋を案内された。入室するのは、俺、ニコラス、そして何故かジークムント殿下。それ以外の人たちは、俺たちが連絡できる距離にいてもらう。他はともかく、殿下は絶対面白がるために来ているな。


 リリーとユリウス・ギルフォードの会話は、かなり良く聞こえた。こちらの声は聞こえないが、あちらの声は良く聞こえるようになっているらしい。知らなかった。俺はこの家で大切な話をする時は、絶対あちらの部屋を使わないことに決めた。盗み聞きされていたらと考えると、たまったもんじゃ無い。現に今、この部屋で盗聴している人がいる。俺もだけど。

 あの男はリンドウの花束なんてものを持って来たらしい。リリーはお礼を言っていた。腹が立つ。

 殿下がポツリと呟いた。


「リンドウ、ですか……」

「殿下、どうしましたか?」

「貴方達、リンドウの花言葉を知っていますか?」


 俺たちは2人揃って首を横に振った。殿下が説明してくれる。


「リンドウの花言葉は『悲しんでいるあなたを愛する』なんです。何だか……意味深長ですよね」


 俺はぞっとした。意味を知っていて、贈ったのだろうか。もしそうだとしたら、どんな意味が込められているのだろう。


 ユリウス・ギルフォードは人払いをして、単刀直入に求婚した。俺は気が気じゃない。リリーはなんて答えるのか。


「返事は今じゃなくて結構です」

「いえ、今させてください」


 お願いだ、断ってくれ。時間が経つのが遅く感じた。


「ごめんなさい。私はユリウス様と結婚できません」


 一瞬俺の耳が、リリーの言葉を都合良く変換したのかと思った。だけど、嘘じゃない。ニコラスがほら見ろと言うふうに笑っている。何故か殿下も黒い笑みを浮かべていた。

 その後、俺の耳はもっと信じ難いことを聞いた。


「私には、他に好きな人がいるからです」

「以前話していた、あの元婚約者のことですか?」

「はい」


 リリーの元婚約者。つまり、俺のことだ。

 リリーが、俺を好き? 夢じゃないのか?

 頬をつねってみた。痛かった。現実だ。

 ニコラスは、今度はやってしまったと言う顔をしていた。殿下は相変わらず笑顔のままだ。

 こうなっては仕方がないといったように、ニコラスは苦笑を浮かべた。


「まあ、そういうことなんだ。僕としては、こんな風に知って欲しくなかったんだけどね。お前がリリーにさっさと気持ちを伝えていれば良かったんだ」

「そんな、まさか……」

「そうは言っても、少しくらいはリリーの想いに気付いていたんだろう?」

「いや……」

「本当に? 一片も、一度もそう感じたことはなかったのか?」


 本当は、少しだけ思っていた。リリーは俺のことが好きなんじゃないかって。

 だけど、肝心なところで臆病になってしまう俺は、確信がなかったから。いつまでも想いを伝えられなかったんだ。

 そして、婚約破棄を告げた時の反応、恋がしたいと言う話を聞いて、俺は恥ずかしくなった。自分は、自惚れていたんだと。

 そう思っていたのに。

 俺の心臓は、急に早鐘を打ったようになった。落ち着け。こういう時は、いつものように深呼吸だ。


 心を落ち着かせていると、急に「痛っ」と言う声が聞こえた。聞き間違えるはずがない、リリーの声だ。

 リリーに何かあったのか。俺はすぐさま隣の部屋に向かった。


「リリー! 大丈夫か!」

「ロビン!」

 ゴンっ!!

「〜〜っ」


 俺が叫んだと同時に低い呻き声、何か固いものがぶつかる音がした。それから、俺の名を呼ぶ透き通った声も。

 部屋に入ると、リリーは床にへたり込んでいた。ユリウス・ギルフォードは額を押さえていた。リリーの額は赤くなっている。まさか、リリーが頭突きを……? いや、とにかく無事で良かった。

 リリーは、ぼんやりとした目で俺を見ていた。怪我がないか確認した。手首が赤くなっていた。


「ニコラスめ……だからあれ程言ったのに」


 そう文句を言ったけど、俺も同罪だ。ニコラスの提案を結局、承諾したのだから。

 ニコラスがリリーの傍に寄ってきた。いつのまに来ていたのか。後ろを見ると、殿下や他の騎士達もいた。

 リリーの頭をそっと撫でると、ニコラスは謝った。その途端、張りつめていた糸が切れたかのようにリリーが泣き出した。傷付いて、小さく震える彼女がもうこれ以上傷付かないよう、そうっと優しく抱きしめた。


 その間に、ユリウス・ギルフォードは連行された。気を遣ってか、ニコラスも部屋から出て行った。


 泣き止んだリリーは真っ赤になって俺から離れた。俺たちは部屋を移動した。


 そして話は、現在に戻る。



 ◆◇◆◇◆



 リリーにせがまれた俺は、事件のあらましを説明した。

 リリーは何度も驚いたが、一番驚いていたのは俺との婚約が破棄されていないことだった。

 その時のリリーは、無意識に笑みを浮かべていた。喜んでいる。そう思ってしまって良いのだろうか。

 そしてリリーが一番気にしていたのは、舞踏会で俺がエスコートしていた奴のことだった。俺は正直に同僚だと伝えた。それでもリリーは不服そうな顔をしていた。


「あんなに綺麗な女性が、同僚なの?」


 その言葉で、俺は彼女の勘違いに気づいた。


「ああ、あいつは女性じゃない。男だ」

「えっ、男性なの!?」


 夜会の中には、同伴者が必要な場合がある。あの舞踏会がまさにそれだ。

 捜査しなくてはいけない。でも、リリー以外の女性とは行きたくない。もし行ったら、俺は「リリーと違って〜」とか「こういう時リリーは〜」と比較してしまう。それは、リリーにも同伴者にも失礼なことだ。

 どうしようかと悩んでいた時、俺は同僚に変装のプロがいたことを思い出した。老若男女問わず、どんな姿にもなれるあいつを連れていけば良い。そういう理由だ。

 リリーは俺の話を聞いて、ぽかんと口を開けてしまった。


「さっき来ていた奴らの中にいたぞ? どうせなら紹介しておけば良かったな」

「え、そうなの!? ……でも、胸……あの胸の大きさは!?」


 ああ、あれは――

「詰め物だ」

 世の中には、胸を実際より大きく見せる便利な道具がある。


「嘘……」

「俺が嘘をついているように見えるか?」


 俺はじっとリリーの金色の目を見つめた。リリーは緩く頭を振る。良かった、信じてくれた。


 そうして俺はリリーに一頻り事情を説明した後、ソーントン家を後にした。職場に戻るためだ。

 後から考えれば、今この時こそリリーに気持ちを伝えるべきだった。



 後日。俺はまたソーントン家の屋敷に訪れた。

 ユリウス・ギルフォードに関する処理は粗方終えた。そのため、俺は今日こそリリーに想いを伝えるのだ。

 リリーは何だか機嫌が悪そうだった。冷ややかな笑みを浮かべている。だけど俺は、構わずに言った。


「リリー、好きだ。結婚してくれ」

「いや」


 俺とリリーの結婚は、もうしばらく先になる。

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