11:舞踏会(裏)
誤字報告してくださった方、ありがとうございます!
誤字脱字いっぱいで恥ずかしい……
今回もたくさんあるかもしれません。お詫び申し上げます。
リリーが、舞踏会に参加する?
俺はどういうことだとニコラスに詰め寄ろうとして、ぐっと堪えた。そして自分を落ち着かせるために深呼吸をする。落ち着け、前みたいに騒ぎになったら、また殿下が来る。
数回吸って吐いてを繰り返し、ニコラスの顔を見る。浮かない顔をしていて、こいつが勧めた訳じゃないことが分かった。
「どういうことだ?」
「リリーの友達にマリエッタって子がいるでしょ?その子が誘ったみたいなんだ」
マリエッタ嬢のことはリリーからも良く話を聞いていた。友人で、すごく優しい子だと。リリーを元気にしてくれたと言うニコラスから聞いた話でも、そのことが分かる。リリーを慰めにすら行かなかった俺が、文句を言える立場じゃないことは分かっている。だが言わせてくれ。どうして誘ったんだよ!?
深呼吸、深呼吸をしよう。
「それで、お前は止めなかったのか?」
「そんな訳ないだろう? 止めたさ、父上も母上も。だけど駄目だ。ああなったリリーはもう手が付けられない」
俺は頭を抱えた。こいつがこう言ってるってことは、リリーの頑固な所が出てしまったのだろう。リリーは自分が納得するまで追求する部分がある。社交界は嫌いだから絶対に来ないと思ったのに、なんてことだ。そしてマリエッタ嬢、なんて言ってリリーを社交界まで引きずり出したんだ。それはニコラスも聞かされていないらしい。
ニコラスは気を取り直すように言った。
「とにかく、これは僕たちにとって好機でもある」
「はあ?」
リリーが来るのが好機?最悪の間違いだろう?
俺が怪訝な表情を浮かべると、ニコラスは「良いかい」と説明し始めた。
「今、僕たちの捜査は行き詰まっている。犯人が巧妙に姿を見せないからだ。でも、もしリリーが外に出たら、どうすると思う。犯人は多分だけど、リリーのことが好きだ。話しかけて来ると思わない?」
「リリーを囮にするって言うのか?」
「うーん、まあそんなところかな」
出た、こいつの合理主義。
こいつは確かにリリーのことを大切に思っている。だけど、自分の傍にいたら何があっても絶対に大丈夫だと思っている節がある。
「僕が一緒に行くから大丈夫だよ」って言うけど、それって何の保証があるんだ?
舞踏会の日、俺は同僚のエスコート役を務めた。出来ればこいつのパートナーになりたくなかった。本当はリリーのエスコートをしたい。とはいえ、今回は同伴が必須だ。それに、こいつにそれを言って、じゃあ他の女を連れて行けと言われるのも嫌だから、賢明にも俺は黙っていた。
大広間に着くと、俺と同僚は直ぐに仕事仲間のいる方へ向かった。
彼等は、犯人を捜す手伝いを引き受けてくれたのだ。リリーに近づく男達の中に不審な奴はいないか、観察して貰う。そして要注意かどうか見極めるのだ。俺はリリーからかなり離れた位置に配置された。今は、彼女の傍にいられないしな……
残念なことにニコラスの予想と違い、リリーを囮にしても、捜査は難航した。話しかける男が多過ぎたのだ。
リリーは人山を築いていた。おまけに沢山の男に踊りを誘われていた。俺はリリーに話しかけている奴の間に、割って入りたい気持ちでいっぱいだった。ああ、忌ま忌ましい……
久しぶりに見たリリーは、やはり神秘的だった。そして、ドレスがよく似合っていた。彼女の好きな空のよう。俺が贈ってあげたかった。
だけど、以前より痩せてしまって、作り笑顔が儚げで。遠くからで手の触れられる距離にいないせいか、それともドレスが空のようだからか、ずっと月に近づいているように見えた。胸が張り裂けそうだった。もっと近くに行きたい、話したい、心から笑った顔が見たい。
何人かとダンスをすると、リリーは友人のマリエッタ嬢の方へ向かった。横にいる男性はユリウス・ギルフォード。メッシーナ家の遠縁だ。彼はリリーと少し会話をして去ってしまった。彼から近付いた訳ではないけど、俺は一応この男も要注意に入れておいた。
今回の舞踏会でジークムント殿下が妃をお決めになるのは、公然の秘密だ。だから、殿下が動き出した時は会場がざわめいた。誰もが注目する中、殿下がダンスに誘ったのは……リリー?
慌てて近くにいた仲間に聞くと「あれ? そういう作戦なんじゃ?」と返された。はあ? なんの作戦だよ? 聞いてないんだが。
軽く事情を説明してもらうと、殿下の仕業だということが分かった。
「私と一緒に踊っているのを見たら、犯人がボロを出すかもしれないでしょう?」
殿下はそう言っていたらしい。確かに一理ある。妃になると思って慌てるかもしれない。だけど、リリーを殿下に近づけさせたくなかった。
俺は心配になって踊っているのが見える、だけど目立たない場所から観察した。
リリーと殿下は、お互い同じ人とは思えない、美しい容姿をしている。そんな2人が踊っているのは、荘厳にさえ感じられた。
この2人は、俺の知っている中で作り笑顔が誰より上手だ。リリーは儚げで清廉な笑みを、殿下はしっとりとした魔性の笑みを浮かべていた。
天使と悪魔が下界に降りて踊っている。白金髪と黒髪のコントラストが美しかった。
何かを話していたが、俺には聞こえなかった。でも、リリーの顔を見る限り大丈夫だろう。それに、もうすぐダンスが終わる。そう思い、胸をなでおろした時だった。
突然、リリーの笑顔の仮面が崩れ落ちた。周囲には気付かれていない。口角は辛うじて上がっている。でも、身体が微かに震えていて、金色の目には動揺と恐怖が浮かんでいる。
ほんの一瞬、リリーの顔から感情が抜け落ちた。俺はそれを見逃さなかった。
何を言われたんだ。思わず駆け寄りそうになった。自制心を保つのに必死だった。
ダンスを終えると、殿下は俺の方を見た。俺の視線に気付いたのか、それとも最初から知っていたのか。殿下は悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべた。くそっ、だから嫌だったんだ。
ニコラスは、リリーの異常に気付いたのか駆け寄った。良かった、ニコラスが来ればきっと大丈夫だ。俺はそう思い、持ち場に戻った。
持ち場には、さっきまでいた奴じゃなくて俺がエスコートした同僚がいた。交代したらしい。
同僚は、しばらくの間もぐもぐと何かを食べていたけれど、退屈になったのか俺に話しかけて来た。
「ねえ、殿下と踊っていたあの子。あの子がそうなんでしょ? 凄く綺麗だった」
「そうだろう?」
俺は嬉しくなって笑顔になった。だが、次に笑いながらかけられた言葉に、今度は眉を吊り上げた。
「何自慢げにしちゃってんの。もう、“元”婚約者なんでしょ?」
「違う! “現”婚約者だ」
そうやって話していると、突然会場がわあっと大きな歓声に包まれた。何事かと思ったら、殿下がプロポーズしたらしい。
殿下は跪いてその女性に愛を囁いていた。どんな人か見てみると、小動物みたいな令嬢だった。……うん、如何にも好きそうだ。
令嬢は承諾して、大広間は大騒ぎになった。歓声が上がったり、さめざめと泣いたりと様々だ。愛する人に、殿下はどんな顔をするのか気になって人混みを掻き分けて見てみた。捕食者の目をしていた。
その後、俺はリリーが早く帰ったことを知った。ダンスの後接触を持ったのは、意外にもユリウス・ギルフォードだった。彼がリリーを送ったらしい。
それからしばらくして、俺はニコラスに「また妹がおかしなことをしている……。絶対にお前のせいだ」と責められた。意味が分からない。
俺はリリーが何をしたのか尋ねた。ニコラスは教えてくれなかった。ただ「お前のせいだ……」とだけ言ってきた。ますます意味が分からなかった。