表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

1:プロローグ

「済まない、リリー」

 好き。


「婚約を破棄してくれないか」

 貴方が好きよ。


「どうして?」

 私は笑顔を浮かべる。上手く笑えているだろうか。


 長い長い沈黙の後、彼は口を開いた。


「………実は、好きな人が出来たんだ」


 頭を強く殴られたかのような衝撃を受けた。


 貴方の好きな所を挙げてと言われたら、一体どれだけ出てくるだろう。


 サラサラの金髪、澄みきった空色をした切れ長の目。精悍な顔つきをしているけど、笑うと幼く見える所。それから、騎士服を着ている時も格好良くて素敵。

 見た目に反して甘党な所。実直で、不器用な性格で、時々頭が固い所。思ったことがすぐ顔に出てしまう所。


 挙げていったらきりがない。それでも「好き」と伝えたことは一度もなかった。


 もし、一度でも口に出していたら。

 そうしたら、こんな結末は迎えなかったのだろうか。


 でも、“もし”や“だろうか”などの仮定の話をしても意味がない。

 過去は変えられない。


 泣いてしまいたい。でも、泣けない。

 泣いたら彼を哀しませてしまう。貴方は優しい人だから。

 最後は笑顔で別れたい。私の笑顔を少しでも覚えていてほしい。

 私は、精一杯の笑顔を作る。


「……そうなの。だったら、仕方がないわね」

「本当に済まない。慰謝料は幾らでも払う」

「そんな、気にしないで」


 お金じゃなくて、貴方の心が欲しかった。


「婚約破棄の手続きは俺がしておくよ」

「そう。今までありがとう、ロビン。……ああ、もう婚約者じゃないんだから“ロベルト様”って呼ばないといけないわね」

「……そうだな。今までありがとう、リリアナ」


 そう言って、彼はまた深く頭を下げた。


 好き、好き、好き。

 今まで貴方に言わずに留めてきたこの言葉。降り積もって、私の心は貴方への思いでいっぱいになってしまった。

 この気持ちを、私は何処に捨てればいいの?

この気持ちを捨てたら、私の空っぽになった心には何を埋めたらいいの?


 ロベルトには、最後まで笑顔を見せられた、と思う。彼は、最後まで申し訳なさそうな顔をしていた。


 固辞したのに、律儀に家まで送ってくれた。そう言う紳士なところも、好き。“元”婚約者のことなんて放っておいて、好きな人の所に行けばいいのに。これ以上、“好き”を増やさないでほしい。


 彼の家を訪れるのはこれでもう最後だろうから、目に焼き付けておいた。

 家に帰ると、執事が出迎えてくれる。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま。今日は夕食は要らないわ」

「……かしこまりました」


 幼い頃から家に仕えている執事は、詮索しないでくれた。私の性格を熟知しているからだろう。

 自室にいたメイド達も下がらせて、同様のことを告げる。彼女達も詮索しないでくれた。どうせその内知られてしまうことだ。だけど今はありがたい。



「……っ……っく」

 一人になると、涙が溢れ出てきた。止めようと思っても止まらない。


 分かっていたことだ。どうせいつかは婚約破棄されるだろうと。彼と婚約出来たのは奇跡に近い。いや、本当に奇跡だった。

 それなのに。私はいつから求めてしまったんだろう、彼の心を。傍にさえ居てくれれば、それでよかったはずなのに。


『浮気してもいいから、傍にいて。貴方が好きなの』


 あの時、その言葉を必死で呑み込んだ。

 なりふり構わず縋れば、彼はきっと私の傍に留まってくれただろう。優しい人だから。

 だけど、心は好きな人にしか向けられない。それに彼は素直だから、そんな器用なこと出来るはずがない。

 そしていつか、そんな歪な関係は破綻する。だから、これで良かったんだ。

 でも、やっぱり悲しい。

 どうせなら、「私が嫌いになった」とか言ってくれたら良かったのに。そんなこと言われても、結局は泣いていたと思うけど。


 私、リリアナ・ソーントンは本日好きな人に婚約破棄をされてしまいました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ