デスアニバーサリー
病院関係者じゃなくても病院に入る方法はいくらでもある。見つかった時に、問題ない恰好をしていなくてはいけない。
知らない顔がいても、知らない人でなくてはいけない。
大きい病院なんてものは、このド田舎に1つしかない。家から車で15分。スーツショップやファストフード店、レンタルDVDショップが立ち並ぶ、それなりの大きい道路に、その病院もある。お金があるらしく、最近綺麗に建て替えられている。
その病院にナースとして勤めていた祖母から、ある噂を聞いた。
病院には変わった部屋がある。深夜10時~0時の間だけ、故人に会える部屋。その部屋で故人に会うにはルールが2つ。1つは、故人の命日であること。もう1つは、故人の写真を持参すること。
その条件がそろえば、会いたい人に会える部屋。それが9階905号室にあるらしい。
俺が会いたいのは、母。俺が生まれたと同時に、亡くなったらしく会ったことが無い。20歳になった時、祖母から話を聞いてなぜだかどうしても会いたくなった。
取ったばかりの免許を確認して、祖母の軽自動車に乗り込む。準備は万端だ。病院には深夜も業者が入ることがあるらしい。作業着を着て、名簿に適当に名前を書けば、いい。後は堂々としていれば、疑われることはないだろう。
念のため空のアタッシュケースと名刺も持参している。それっぽく見えるだろう。
準備に時間をかけたせいで、22時を回ってしまっている。軽自動車で、出来るだけスピードを出す。急がなくては、母と話す時間が短くなってしまう。
病院の駐車場に、前進駐車し時計を見ると22時半。駆け足で、夜間通用口に向かう。名簿を見て、上の欄に書いてある内容と同じようなことを記入する。
思ったよりも簡単に入室できた。しかし、普段利用しない夜間通用口だけあって、少し迷ってしまった。
中央棟のエレベータに乗り、9のボタンを押す。俺自身、幽霊なんて信じてないけどテレビの降霊術みたいに、母と話せるなら話してみたい。汗ばんだ手を、腰におしつけて拭う。もうすぐ母に会える。
905号室というプレートをみて、扉を開ける。誰も居ないことに安心しながら、時計を見てまだ命日であることを確認する。
母の写真を取り出す。父と海に行った時の物らしく、母はパレオ型の赤い水着で、はしゃいでいる。20代後半らしいが、物凄く可愛らしい。この若さの母に会えるかと思うとドキドキしてくる。
しーんというコメントでも付けたくなるほど、何も起きない。1時間以上経過しているが、何も起きない。
やはり噂は噂か。廃病院でもないし、幽霊が出る部屋がこんなところにあるわけないよな。諦めて帰ろう。
エレベータに乗り、1階のボタンを押す。夜間出口に何食わぬ顔で向かう。
え? 出られない。入ってこられたのに出られない。扉は開いているのに出ることが出来ない。何か透明な壁みたいなものに塞がれている。
全く訳が分からない。
「ちょっと! 警備員さん! 開かないんですけど!」
声をかけても警備員は、反応しない。渋々、警備員室に入る。制服を着たお爺さんはどう見ても寝ているようには見えない。
「おーい! 聞こえてますか?」
肩を強めに叩いたが、全く反応がない。無視しているとは思えない。何とも言いずらい違和感に襲われる。
仕方ない。他の出口を探そう。こうなったら正面玄関の鍵を内側から開けても、文句を言われる筋合いはない。
しかし正面玄関の鍵を開けようとしても、びくともしない。トイレの窓から出ようともしてみるが、また透明な壁が邪魔をする。
「誰かいないのか? おーーーーい!」
叫んでみるものの、こだまするだけで返事がない。
窓ガラスに向かってアタッシュケースを投げつける。何故か何の音もせずに戻ってくる。一体どうなってしまったんだ。
うろうろと歩きまわるものの、人には会えない。職員専用と書かれた鉄の扉が目に入る。今患者がいるはずがないのだから、ここを通れば誰かに会えるのではないのか?
扉を開けてみると、階段しかない。2階へあがって、また鉄の扉をあける。グレーの廊下が続いているだけで何もなさそうだが、そのまま右手へ進んでいく。
すると赤いライトが壁に反射しているのが、角から見える。何だろう……ライトの方へ曲がってみると、手術中と書かれている。
いやいや、流石に出られないからって、そこに居る人に言うのは違うな。迷惑すぎるだろ。誰か手術中なのか。引き返すのも嫌だったのでそのまま正面まで行ってみる。部屋のなかまでは見えないか……先程の階段の逆側へ行くため右手側を見る。
え? どうして? 何故ここに祖母がいるのか。父も居る。ソファーで頭を抱えるようにして座っている。
「え……父さん、何でここにいるの? 誰かに何かあったの? 何で?」
絞り出すように聞いたが、父も祖母も反応はない。警備員と同じように。まるで、俺なんてここに居ないかのように。
まさか……まさか……。
「勇介のお馬鹿。一般道で初心者が100kmも出したら、いけんでしょ……」
祖母は泣きながら、言う。俺のことだ。
手術室から運ばれてきたのは、紛れもない俺自身の亡骸だった。
スピードを出し過ぎていた俺は、飛び出してきた犬に気づき、ハンドルをきってそのままガードレールを超えて、谷へ落ちたんだった。
意識だけが病院に来たのか。今日は俺の命日になったんだ。