~奴隷少女レイルゥ~
その村は、それこそ絵に描いたような村だった。
なんていうのかな、ログハウスっていうんだっけ? 丸太で作られた家が並んでいて、煙突からゆらゆらと煙が出ている。
人の気配はあんまりなくて、静かな雰囲気がただよっていた。
まさに、のどか~って感じ。
田舎ってこういう所なんだろうな。
「ところでアユム様。普段はどのように剣をお持ちで?」
村の中を見ながら歩いていくとルイルが後ろから話しかけてきた。ずっと俺の背中を押し続けているので、いい加減にして欲しいところだ。
「おっと」
そう言えば剣を持ったままだった。
使い終わったからといってクリエイトで呼び出した物は消えるわけではないようだ。
自動盾のほうは相変わらずフヨフヨと浮いてる感じがして重さを感じない。
でも、自動剣はさすがに重い。
だから鞘をクリエイトすることにした。
「クリエイト・鞘」
思い願うのは、腰に装備できる鞘だ。ベルトに通して固定できるようなデザインにしておいた。
「こ、この力は!? も、もしかして魔導師、いや召喚士……いやいや」
俺のクリエイトの能力を見てルイルが、うむむ、と考え込む。
なるほど。
どうやらこの能力は珍しい能力っぽい。こっちの世界では出来る人もいるのかと思ったけど、そうではないみたいだな。
しかし、魔導師や召喚士という名前があるのなら、やっぱり魔法がある世界のようだ。
このクリエイトもちょっと魔法みたいな感じはあるけど、やっぱり本物の魔法も使ってみたいよな。炎とか氷の魔法とか、簡単に使えるのかなぁ。誰にでも覚えられる魔法とかあればいいけど。
「ところで、どこへ向かってるの?」
「ハッ! これは失礼しました、アユム様。ぜひ村長に会ってください。私もお世話になっておりまして、御礼ができると思います」
「お礼なんて、いらないけど……」
「いえいえ! ぜひお願いします!」
そう言うとルイルはまた俺の背中を押し始めた。
別に逃げないし、自分の力で歩くのに。
そんなこんなでルイルに押されて歩いていくこと数分。
「着きました。ここが村長の家です」
「おぉ」
ルイルに案内されたのは、他の家よりも一回り大きな家だった。丸太で作られているのは変わりないが、そのひとつひとつが立派な大きさであり、ちょっとした古さも感じられる。
一番大きな家、というより、一番古い家、って感じかなぁ。
「ただいま戻りました」
ルイルが先に入っていく。
どうやら土足の文化みたいで、玄関で靴を脱ぐとかそんなのは無いっぽい。ので、俺もそのまま上がらせてもらう。
「え~っと? おぉ~」
家の中はそれこそ思い描いたとおり、な感じだった。
暖炉があったり、丸太で作ったテーブルがあったり、壁に角の生えた動物の剥製があったり。なんか鹿っぽいけど、鹿じゃないな。なんだあの動物は。
木を切り倒すためなのか、それとも護身用なのか。いくつかの斧が壁に掛けられたりもしていた。
「おー、無事だったか。なによりなにより。どうだったルイル君。その様子だとモンスターは倒せたようだな」
男の声がしたので、俺はそちらを見る。
そこには、ちょっと太ったおじさんがいた。たっぷりとヒゲを生やしたおじさんで、にこにことした笑顔でルイルを迎え入れている。
「いえ、村長。それがですね。危ないところをアユム様に助けていただきました」
「アユム様?」
と、村長の視線が俺に向く。
「あ、どうも……須磨歩夢です」
「ほうほう。これはこれはルイル君を助けていただいてありがとう。見かけない顔だが……もしかして旅の人かい?」
「はぁ。いえ、まぁ……」
別の世界から来ました、なんて言ったら妙な顔で見られるかもしれない。というか、普通に考えて異世界から来ましたなんて、頭のおかしいヤツだよな。
文化というか、常識みたいなものは日本と似ているところもあるし。
旅人、ということにしておこうか。
「あまりこの辺というか、こっちというか、慣れてなくて」
「はっはっは。そうかいそうかい。ただでさえ何も無い平原ですからな。無事にたどり着けてなによりです」
どうぞ、と村長は椅子に座るようにうながしてくれる。
「はぁ、どうも」
俺は遠慮なく座らせてもらう。木で出来た椅子だが、動物の皮が敷いてあり多少のクッションっぽくはなっている。それでもソファみたいな柔らかさはない。
それでも、ようやく一息つけた気分で、俺はふぅと息をはいた。
「お疲れのようですな。良ければ泊まっていきますかな?」
俺の様子を見て村長が笑いながら声をかけてくる。
「泊まっていいんですか?」
「なぁに、ルイル君を助けてくれたお礼ですよ。ぜひ泊まっていってください」
と、村長はにこやかに言う。
いい人っぽいな。
せっかくだし泊まっていくか。
色々とこの周囲のことを聞けそうだ。優しい人っぽいし、良かった。
なんて、そう思ったんだけど、次の瞬間に俺はギョっとした。
「おい! 遅いぞ! さっさと客人にお茶を出したらどうなんだ!」
そう声を大きく怒るように言った。
思わず、村長を見てしまう。
もしかして奥さんかな~、と思っていたのだが違った。
「お、おまたせ、しました」
お盆を持って現れたのは……褐色肌の女の子だった。
なにより、その衣服はボロボロで胸と下半身を隠す程度。装飾なんてない、ただの薄汚れた白い布を巻いているようなものだ。
そして目立つようにある首輪。
さすがに鎖とかは繋がっていなかったけど、太く丈夫そうな首輪が女の子の首にしっかりと巻かれていた。
「え……」
と、思わず俺は声を漏らしてしまうのだが、そんな俺の声にかぶせるように村長の声が重なる。
「おまえはいつも遅いな。愚鈍め! お客様の声が聞こえたらすぐにお茶を用意するのは当たり前じゃないか。どうせ隠れて休んでいたんだろう。安物の奴隷はこれだから困る。おまえのような奴隷は人様の役に立つために生きているんだろうが」
まるでひったくるようにお盆を女の子から取り上げると、村長はまたニコニコした顔で俺の前にお茶を置いた。
「どうぞ。村で作っているお茶です。アユム様の口に合うとよろしいのですが。ほれ、ルイル君も座って休みなさい。君も村を守ってくれたひとりなのだから」
「これはこれは、ありがとうございます」
呆然と見るしかない俺だが、ルイルは当たり前のようにお茶を飲み始めた。
「ふぅ、ふぅ」
息を吹きかけて冷ましてるルイル。その仕草はかわいいけど、この状況だと異様に思えた。
なにせルイルは褐色肌の女の子には見向きもしない。
それが当たり前のように、お茶を飲み始めた。
「あ、あの村長……あの子って」
「あぁ、我が家の奴隷です。安物で申し訳ない。前の奴隷がつい最近に死にましてな。その繋ぎとして安物を買ってみたんですが、これがまた役立たずで。旅人であるアユム様からすればうっとうしいとは思いますが、どうか目をつぶってくだされ」
村長が頭を下げる。
「おら、お前も頭を下げないか、レイルゥ!」
レイルゥと呼ばれた奴隷少女。
褐色肌で金色の髪。ルイルと同じくらいの年齢で、ルイルと同じくらいに可愛い。
そんな少女が、首輪をつけられて。
そして奴隷だなんて。
「……もうしわけありません、アユムさま」
そんな風に。
たどたどしい言葉で、俺に謝るのだった。