~ナード・ロゥ・ハンター~
「終わりました、レイルゥ様」
洞窟の少し開けた場所で、ふたりの少女は落ち合う。
剣士を思わせる少女の名はルイル。甘い顔は一切として無く、その瞳は澄んだように前を見ていた。
ひとつの仕事を終え、安堵しているようにも思える表情だが……少し物足りなさも感じているようだ。
美少女然とした顔は、それでも緊張感を保っており、油断のならない表情で待っていた少女を見つめた。
褐色の肌にボロ布をまとっただけの少女は、そんなルイルの頭を撫でる。
「よしよし、今回も見事であったぞルイル」
「ありがとうございますレイルゥ様」
レイルゥは首に巻かれた首輪然とした装飾品を引きちぎる。奴隷のような姿である彼女だが、その威風堂々たる姿を見て、奴隷と思う者なぞ居ない。
むしろ、どこかの王族か皇族かを思わせる雰囲気であり、彼女が奴隷のフリをしているなんて、欠片も想像ができそうになかった。
それもそのはず。
肌は愚か、髪の一本に至るまで痛んだ場所はない。
ルイルと同じく、美しさに陰りがない程に完璧なのだ。いくら彼女が首輪をはめられていても、それは囚われの姫を想像するほうが、まだ分かりやすい。それくらいに、レイルゥは美しかった。
「今回のは割りと簡単じゃったのぅ」
「そうですね。下の下、というところでしょうか」
ルイルの言葉にレイルゥはかかかと笑う。
「全ての転生者が、あのような愚か者ならば簡単なのじゃがなぁ。奴隷のフリをするのは楽しいし愉快なのじゃが……馬鹿の相手は疲れる。なんの楽しみも生まれないのは、退屈を通り越して絶望じゃな」
「楽でいいじゃないですか、楽で」
ルイルもケラケラと笑いながら、先を歩き出す。その後ろをレイルゥが付いて行った。
その関係性は従者でもあり、友人でもある。
ふたりにしか分からない、理解できない、不思議な関係。一見すれば、貴族であるレイルゥとその従者であるルイルに見えるのがだ、そうではないようだ。
ふたりはそのまま歩き、洞窟を出た。
洞窟の前に置いてあった動物の骨。それをレイルゥは足でころんと蹴る。
「しかし、疑わぬヤツじゃったのぅ。においで追いかけてきたというのに、洞窟前で何もにおわぬと。こんな骨を置くだけで騙されるとは、ニホンジンとはまこと情けない種族じゃ」
においがする、と嘘をついて洞窟まで移動した。
その先で、また別の策を用意していたのだが……使う必要がなく洞窟に入っていったのでレイルゥとしては苦笑するしかない。
「レイルゥ様みたいな肌だと、高確率で騙せますものね」
そうじゃのぅ、とレイルゥは笑う。
「奴隷なのにこの綺麗な肌はどういう事じゃろうな。まったく。肌の色と着ている物だけで判断するし、首輪がしてあったら一撃じゃ」
かかかと笑いながらふたりは洞窟を後にして、村へと戻る。
途中にコボルトが襲ってくるがルイルは一刀で切り伏せた。もとより森の中ではコボルトが住み着いており、適当に歩いているだけで襲い掛かってくる。
そう。
襲い掛かってくるから殺す。
その言葉になにひとつ問題はない。そうしないと自分が殺されるのだから、間違っていない。
しかし、転生者だと条件が違う。
平和な世界、モンスターがいない世界から来た転生者は、生き物を殺せない。
それが普通なのだ。
〝と殺〟の経験があろうと無かろうと、それは変わらない。殺せるほうがおかしいのだ。平気で動物を殺すことができる異常性。それが動物ならまだマシだ。まだ可能性はある。
しかし、コボルトは人型をしている。
人型なのだ。四足歩行ではなく、二本足で歩いている。
限りなく子どもに近い大きさで、顔が犬なだけ。言語が違うが、知性はある。道具を使う手と肌を隠す服を着る文化。
少なくとも知性がある。
それがコボルトにはあるのだ。
それでも平気で彼らを殺す転生者。
躊躇することなく、みずからの手でコボルトを殺す転生者は――生かしてはいけない。
狂っている。
転生する前から倫理が狂っている。
平気で生き物を殺せる人間が、転生者としてやってくるのだ。
「ふん」
レイルゥは鼻を鳴らして思い出す。
「モンスターを平気で殺す人間を信用してはいけない」
それを教えてくれたのは、遥か昔に転生してきた青年だった。
優しき転生者は言う。
「平気で殺せるヤツは、普通じゃない」
だから殺せ。
世界をムチャクチャに、ルールなんて無いに等しいくらいに無茶苦茶な能力を使って、その有り方は愚か文化でさえ破壊していく転生者。
彼女たちは――
そう。
転生者を狩る者である。
これは異世界転生から世界を守る物語。
チートスキルから常識を守る物語。
血も涙も無い人間を産み落とす、悪魔に対抗する物語である!




